第95話 ベルゴン
市庁舎に侵入したアリスは、案内板を頼りにベルタワーへ至る通路を難なく見つけた。 タワーへの入り口は施錠されていたが、アリスはミスリル剣で難なく錠前を壊し、ベルタワーに侵入した。
螺旋階段をぐるぐると登っていき、アリスがたどり着いたのはホコリっぽい小部屋。 小部屋の中ほどに何本かのロープが垂れ下がっている。 ロープは天井に空いた大きなスペースを通って遥か上方に続いており、どこに繋がっているかは見えない。
(このロープを引っ張って鐘を鳴らすんやろな)
試しにアリスは1本のロープを引っ張ってみた。 すると手ごたえがあり、上のほうでカラーンと鐘が鳴る。 金属製のバケツを鳴らしたような頼りない音である。 こんな音ではミザル市内に鐘の音が鳴り響かない。 人々の心に響かない。
(なんか思ってたんとちゃうなあ。 もっと重厚な音が欲しいねんけど。 ゴーンって感じの)
でもロープはまだ何本かある。 次にアリスは、太めのロープを引っ張ってみた。 ずっしりとした手ごたえがあり、しばらく間をおいて趣き深い低めの鐘の音が鳴る。 ゴーン。
(これや! この音が欲しかったんや)
しかし問題は、この大きな鐘を操って卓上ベルと同じようにメッセージを発信できるかどうかである。
(鐘が重いうえに、ロープを引っ張ってから鐘が鳴るまでにタイムラグがある。 この鐘を思い通りに操るのは至難の技やで!)
しかし30分ほどの練習で、アリスは簡単なメッセージならベルタワーでもベルチンできるようになった。 ベルタワーの鐘と卓上ベルは意外に共通点が多く、卓上ベルで培った技術がけっこう通用したのである。 アリスは大鐘でのベルチンを「ベルゴン」と名付けた。
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アリスが鐘の練習をしていると、市役所職員がベルタワーに上がってきた。 鐘が鳴るのを不審に思ったのだ。 ベルタワーの鐘は今ではめったに使われない。
しかし、幸いにもその職員はファントムさんに神秘性を感じるタイプの人間であり、卓上ベルチンによるアリスの説得《脅迫》に応じて素直に階下へと戻っていった。
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ベルタワーでのベルチン ――すなわちベルゴン―― を習得したアリスは軽い休息の後、4つある鐘のうち一番好きな音がする鐘のロープを手に取った。 いよいよミザル市民にメッセージを送るときが来たのだ。
ロープを握りしめ、体重をかけてロープを引っ張る。 すると少し遅れて鐘の音が聞こえる。 ゴーン、リゴーン、リゴーン......
アリスが鐘の音に乗せたメッセージは次の3種類に分類される:
1. ファントムさんが軍に《支配》された。
2. 恐ろしい災いがミザル市にふりかかる。
3. ついては、軍庁舎前に集合して頂きたく。
ベルタワーの鐘は扱いが難しく短いメッセージしか乗せられないから、1回の鐘の音で運べるメッセージは1つだけ。 メッセージのバリエーションは多岐に渡るが、その意味を突き詰めると上記の3種類だ。
アリスの奏でる重厚な鐘の音は建物の中にまで染み渡り、人々は窓や扉を開いては顔を外に出しベルタワーのほうを見やるのだった。
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会議室の外へ出ると、ガブリュー大佐にもベルタワーの鐘の音が聞こえた。
「なるほど、たしかに鐘が鳴っている」
大佐は軍庁舎の外へ出ようと廊下をカツカツと歩いてゆく。 その彼の後を、会議に出席していた直属の部下たちがぞろぞろと付いてゆく。
その間にもベルタワーの鐘は不規則な間隔で鳴り続ける。 ゴーン、リゴーン、リゴーン。 会議室は防音設計なので鐘の音が聞こえなかったが、アリスのメッセージは庁舎内でもおぼろげに伝わってくる。
『ファントムさん《支配》された』『災いを防ぎたければ』『ターゲットは軍庁舎』
軍庁舎のロビーまでやってきた大佐たち。 庁舎入り口のガラス製のドア越しに軍庁舎前の広場を見ると、平素より遥かに人出が多い。 鐘の音に応じて集まった市民である。 数人あるいは10数人といったグループで、鐘が鳴り続けるベルタワーや軍庁舎の様子を窺っている。
状況を把握した大佐は部下の1人に命じた。
「セコイヤ大尉、兵を差し向けて、あの鐘の音を止めさせろ」
そして思いついたように付け加える。
「メッセージから察するに鐘を鳴らしているのはヒロサセだ。 いちおう剣の刃に麻痺薬を塗っておけ。 ファントムは不死身だから殺してしまう心配はいらん。 チャンスがあれば遠慮なく斬りつけろ。 メカジキ少尉も同行せよ」
セコイヤ大尉は軍庁舎の奥へ戻って行った。 兵を集めてアリスを襲撃するチームを編成し、その指揮を執るのだ。 メカジキ少尉が彼の後に続く。
広場の様子を見ていたマベルス中尉は不安そうだ。
「かなり集まってますね。 まだ増えるんじゃないでしょうか」
「うむ... だが鐘の音が止まれば自然に解散するだろう」




