第84話 戻ってきたガブリュー大佐
ガブリュー大佐はキカザル市から舞い戻ってきた。 査問会で要人たちの糾弾をことごとく跳ね除けて自らの地位を保ったのだ。 当然、エリカの《支配》は続行である。
大佐はちょっとした復讐心に燃えていた。 彼は自分が査問されることになった理由を査問委員会のメンバーから聞き出していた。
「若造めが。 思い知らせてやろう」
キカザル市から乗ってきた軍用馬車を降りた大佐は、2人の随員を引き連れてハンター協会に乗り込んだ。
協会ビルに入って来たガブリュー大佐を、白髪交じりの初老の男性が出迎える。 ミザル市ハンター協会の理事長である。 さっきテレホンで大佐の来意を告げられてから、理事長は一階フロアで大佐の到着をずっと待ち構えていた。
「お待ちしておりました、大佐。 さあさあ、こちらへどうぞ」
そう言って建物の奥のほうへ大佐たちを案内してゆく。
フロアに居合わせたハンターたちは奇異の目で理事長と大佐を眺める。 ガブリュー大佐はもとより理事長も、ハンターたちに顔を知られていない。 理事長はいつも協会ビルの奥のほうで何かの仕事をしているのだ。
マロン君もガブリュー大佐の顔は知らなかったが、理事長の発した「大佐」という言葉からエリカを《支配》したというガブリュー大佐を連想して不穏なものを感じた。 ザルス共和国軍に大佐はそう何人もいないし、前線から遠く離れたミザル市にいる大佐となるとガブリュー大佐ぐらいではないだろうか?
◇❖◇❖◇
その日の夕刻、マロン君は理事長室に呼び出された。 嫌な予感が胸中に沸き起こるのを必死で押さえつけるマロン君に、理事長は宣告する。
「マロン君、すまんがキミはクビだ」
突然の宣告にもマロン君は驚かなかった。 やはり「大佐」とはガブリュー大佐のことだったのだ。 解雇はガブリュー大佐による意趣返しである。 マロン君が知人の知人の父親にガブリュー大佐の処分を働きかけた仕返しとして、大佐はマロン君の解雇をハンター協会に迫った。 ここしばらく知人から連絡が無かったが、大佐はまんまと査問会を切り抜けていたらしい。
マロン君に退職金として与えられるのは、たったの300万ゴールド。 さらに理事長は、不当解雇を裁判所に訴えても無駄であることをほのめかした。
「ガブリュー大佐のような大物と事を構えるとはキミも馬鹿な真似をしたもんだな。 裁判所に訴えるのはキミの自由だが、訴えるだけ無駄だと思うよ」
ザルス共和国も他国と同様、公正な裁判など期待できない。 社会的に強い者が裁判でも強いのだ。
「裁判は費用もかかるしね。 キミはこれから収入が無いわけだし...... まあそういうことで、キミ明日から来なくていいから」
そう言って理事長は、これで話は終わりだと言わんばかりにクルリとマロン君に背を向けた。
◇❖◇
理事長室を出たマロン君は仮眠室に足を向けた。 ここ1ヶ月ほど彼は協会ビルの仮眠室にアリスを匿っていた。 だが、ハンター協会をクビになった以上もうアリスを匿っていられない。
仮眠室は二段ベッドが4つ置かれていて8人が同時に泊まれる。 しかし利用するハンターは滅多におらず、この一ヶ月の間ほぼアリスが部屋を独占していた。
マロン君は人目を忍んで仮眠室に入り室内を見渡す。 右隅にあるベッドの下の段にだけ私物が置かれているから、あれがアリスのベッドに違いない。 しかし寝具が姿を消していないところを見ると、アリスは外出中だろうか?
マロン君は明日から協会ビルに自由に出入りできない身。 今日のうちにアリスに伝えておかねば。 マロン君が困っていると、何もない壁際からチンとベルの音が聞こえてきた。 アリスのベルの音だ。
「アリスちゃん、そこにいるのかい?」
なんとなく小声でマロン君は声を掛けた。
チン(いてます)
アリスはベッドで寝ていたのだが、仮眠室のドアが開く音を聞き、侵入者を警戒してベッドから出た。 侵入者がマロン君だと分かってベルを鳴らしたわけだ。
「僕は協会をクビになった。 だからアリスちゃんも、もうこの仮眠室には住めない。 むろん、こっそり住むことはできるけれど......」
突然もたらされた凶報にアリスは半ば恐慌状態だ。
チンちんチン!?(もうここに住まれへんの!?)
「済まない」
マロン君はそれだけ言うと部屋を出ていった。 マロン君の言葉にも行動にも普段の余裕が窺えない。 クビを宣告されて動揺していた。
(あたし、どうしよう......)
エリカに続いてマロン君という味方まで失い、アリスは仮眠室でひとり途方に暮れた。




