第82話 やだ、恥ずかしい
「エリカさん、昼食の後はマナ維持のためのモンスター退治をする予定となっています」
シバー少尉にそう言われてエリカはモンスター退治に出かけ、オーク6匹を倒して町へ戻ってきた。
(モンスター退治もずいぶん久しぶりだったわね)
モンスターを倒すと、その死体からマナ輸送体が放出されてハンターの体内に取り込まれるが、取り込まれたマナ輸送体は時間経過により徐々にハンターの体内から失われる。
したがって、長期間にわたりモンスター退治から遠ざかっていると、ベテラン・ハンターであっても常人と変わらぬ身体能力に戻り、魔法も使えなくなる。 よって、モンスター退治は軍の訓練メニューの一部となっている。
(オーク一匹で、いくらだっけ? 2万ゴールド? なら12万ゴールドね)
軍人となった今も、モンスター退治で稼いだ金額はエリカの収入となる。 軍の給料と併せれば、エリカは立派な高額所得者だ。
モンスター退治から戻ったエリカは、南門から真っ直ぐに北上してハンター協会を目指す。 寄り道はシバー少尉に禁止されているが、何を寄り道とみなすかはエリカの判断に任されており、換金のためハンター協会に行くのは寄り道ではないとエリカは判断している。
エリカから少し離れて2人の軍人が続く。 護衛というより監視役の性質が強い。 彼らがエリカの後を付いて来れるのは、エリカが指輪《発信器》を持たされているからだ。 以前エリカは指輪の携帯を拒んだが、《支配》される今では拒めるはずもなかった。
◇❖◇
協会ビルに入ったエリカは、窓口の向こうにマロン君の頭髪のブロンド色を認めて、近づきながらベルを鳴らした。
チーン。
座って書類仕事をしていたマロン君は、エリカのベルの音を聞いて顔を上げる。
「やあ、エリカさん」
いつも微笑みを絶やさないマロン君だが、いま彼の表情は堅かった。 その表情でエリカは悟った。 自分が《支配》されたことをマロン君が知っていると。
(やだ、恥ずかしい......)
自分が他人に支配される奴隷のような身に落ちたことをマロン君に知られて恥ずかしい。 エリカは居たたまれなくなり、うつむいて自分の足元を眺める。
早いところ換金を済ませて、この場を去ろう。 エリカはマロン君に換金を頼もうとベルを鳴らす。
チン。
その音を聞いたマロン君は驚いたように目を見開いた。 ベルの音にほとんど表れもしないエリカの羞恥を読み取ったのだ。
「エリカさん、自分を恥じちゃいけない。 恥じるべきはエリカさんを《支配》した軍のやつらです!」
マロン君の言葉にエリカの心は支えられた。
(......そう言われればそんな気がしてきた!)
エリカの瞳が力強さを取り戻す。
(マロン君、ありがとう)
マロン君の言葉は一階フロアに居合わせた他の職員やハンターたちにも聞こえていた。 マロン君の言葉の意味を理解した人々はしばし静まり返り、やがてざわめき始める。
「軍がエリカさんを《支配》だって?」「ファントムさんを?」「犯罪者扱いしてしまうとは」「なんてことを」「あたしにとばっちりが来たらどうすんのよ」「くそっ、オレも狙ってたのに」「軍やばいんじゃねーの?」「ミザル市がやばいよ」「軍を辞めたほうがいいかな」
エリカに向かって声を掛けて来る者もいる。
「私は悪くないので勘弁してください」「オレも無実です!」「わたしも悪くないですー」「鎮まりたまえー」「オレの靴を舐めてみろ」「軍が勝手にしでかしたことなんで」「ザルス共和国を代表して謝ります。 ごめんなさい」
エリカの監視役2人は協会ビルの入口近くにて、ケータイでお話し中。 上司にこの騒ぎを報告している。
通話を終えた2人はツカツカとエリカのほうへやって来た。 マロン君やハンターたちが彼らに向ける視線は厳しい。
監視役は緊張した面持ちで言う。
「サワラジリ中尉、要件が済んだなら速やかに帰宅を」
チン(分かってるわよ)
マロン君から報酬を受け取ったエリカは建物の出口へと向かい、その後に監視役2人が続く。 フロアにいる人たちは、まだエリカに訴え続けている。
「くれぐれも祟らないでくださいね」「お願い、堪忍してッ」「我々人類はファントムさんの友人です。 一部の愚か者だけが――」
人々の訴えを背に受けて、エリカは協会ビルを後にした。




