第81話 煮物
大佐に解放されて帰宅したエリカが台所に入ると煮物の匂いがした。 シバー少尉が昼食を用意すると言っていたが、昼食らしからぬ匂いである。
( 昼間っから煮物? わたし煮物の匂い好きじゃないのよね)
チンと鳴らしてシバー少尉に帰宅を告げると、エプロン姿のシバー少尉が振り返る。
「おかえりなさい、エリカさん。 買い食いとかしてないですよね?」
シバー少尉は、エリカの外食を禁じたものの買い食いを禁じ忘れていたことを気に病んでいた。
チンチン。チンちんッチ、ンチ?(心配ないわ。 それより、この匂いは何?)
「煮物を作ったんです。エリカさんのために」
チンチンチンチン(煮物なんて食べたくないけど)
エリカの抗議をよそにシバー少尉はテキパキと食卓の準備を整えると言った。
「それでは昼食を頂きましょう」
テーブルの上には、ゴハンと味噌汁、それに煮物の盛られた器が用意されている。
(どうして昼間っから煮物なのよ。 煮物なんて食べるにしても夜でしょ?)
献立に納得がいかないエリカが突っ立っていると、シバー少尉が急かす。
「エリカさん、早く席についてください。 お料理が冷めちゃいます」
シバーに指示されたからには逆らえない。 エリカは仕方なく椅子に腰掛けた。
エリカの目前には、ゴハンと味噌汁そして煮物が並んでいる。 ゴハンと味噌汁はまあいい。 普通の食べ物だ。 問題は煮物である。 エリカは煮物が全般的にあまり好きではないのだが、今日の煮物はこともあろうにカボチャとシイタケと高野豆腐の盛り合わせなのだ。 ピンポイントでエリカが嫌いな食べ物ばかりである。 味付けが全体的に甘いうえ、カボチャは食感が柔らかいし、シイタケは妙な風味があるし、高野豆腐は甘い汁をたっぷり含みとても不味い。
エリカは両手を膝の上に置いて思索にふける。
(いちばん許せないのは高野豆腐よね。 甘ったるくて不味い汁を何故あんなに大量に含ませるような真似をするのかしら? 汁を絞きってから食卓に出すべきだわ。 高野豆腐の次に食用に適さないのはカボチャの煮物。 カボチャ自体に甘味があるから甘味を加える必要なんてこれっぽっちもない。 ミリンならまだしも砂糖など言語道断。 そして、もともと果肉が柔らかいカボチャは煮込み料理に適さない。 カボチャに適した調理法は天ぷらあるいは干――)
エリカの思索を、シバー少尉の声が中断する。
「どうしましたエリカさん? ちっとも食べていないようですけど」
仕方なくエリカは食事をし始めた。 味噌汁をすすり、ゴハンを食べる。 シバー少尉の料理の腕前は普通なので、味は普通である。
(今日の昼食はゴハンと味噌汁だけでいいか)
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「エリカさん、煮物は食べてくれてます?」
エリカは箸を置いてベルを鳴らす。
チンチン(ご覧の通りよ)
ご覧の通り手つかずだ。
「食べる予定はあります?」
チンチン(ない)
エリカの返事を聞いたシバー少尉は、ここぞとばかりに言い放つ。
「好き嫌いはいけません!」
その言葉でエリカは悟った。 少尉はわざとエリカが嫌いな素材でエリカが嫌がる料理を作ったのだ。 しかし、その動機が分からない。
チンチン?(どうしてこんなことするの?)
その質問もシバー少尉は待ち構えていた。
「エリカさんに人嫌いを直してもらうためです!」
(食べ物の好き嫌いが激しいと人の好き嫌いも激しいとかいうやつ? こっちの世界も同じなのか。 それにしても――)
チンチン(余計なお世話よ)
「余計なお世話なんかじゃないです。 家族なんですから、エリカさんに嫌われてるって思うと辛いですから......」
シバー少尉の認識は間違いだらけだ。 まず、食べ物の好き嫌いと人の好き嫌いは関係が無い。 さらに、エリカは人類全般との交流が苦手なわけだから、人の好き嫌いとは話が違う。 そしてエリカとシバー少尉は家族ではない。
煮物を食べろと「命令」されると大変なので、エリカはその辺のことをシバー少尉に必死でチンチンと説いて聞かせる。
――チチチ、チン? チンチンチン(――だから、ね? 私の人嫌いは社交活動が苦手ということであって、シバー少尉が嫌いというわけじゃないの)
「そう... だったんですか。 じゃあ無理に食べることないですよね、こんな不味い物」
(あら? シバー少尉も?)
チチチン?(あんたも煮物が嫌いだったの?)
「はい。 特に高野豆腐は許せません。 あんなに甘くて不味いお汁を、あんなにたっぷりと含ませちゃうから、噛みしめると甘マズい汁がお口いっぱいに溢れてくるんですよね。 あれって、どうやって食べるんでしょーか? 器の中で、高野豆腐をお箸で押さえつけて不味い汁をなるべく絞り出してから、高野豆腐が再び汁を吸い込む前に手早く口の中に放り込むんでしょうか?」
チチ、チチチチん(でもそれだと、ガスガスしてて不味いわよね?)
「そうなんです。 どっちみち不味いんですよね」
我が意を得たり、とばかりにエリカは鋭くベルを鳴らす。
チチン!(そうなんだよね!)
「ホント、高野豆腐って食べ方がわかりませんよね」
チン!(そうだよね!)
高野豆腐に対する見解で大いに一致したことで、エリカのシバー少尉に対する好感度が少し上がった。
◇❖◇
せっかく作った煮物を捨てるのも勿体ないので、シバー少尉は大佐にケータイで問い合わせてみた。
「もしもし大佐ですか? お昼に煮物を作りすぎちゃったんですけど、どうですか?」
「煮物か。 何の煮物だ?」
「カボチャと、シイタケと...」
「ほうほう」
「高野豆腐です」
「じゃあ、いらん」
「そうですよね」
「そもそも、どうして高野豆腐なんぞを... ん? ちょっと待て」
そういって大佐は通話を一時中断し、再開した。
「メカジキ少尉がシバー少尉の煮物を食べてくれるそうだ」
「無駄にならずにすんで良かったですー」
シバー少尉は煮物を鍋ごと軍庁舎に持っていった。




