第75話 侵入
アリスはエリカの家に戻って来た。 さきほどすれ違ったフロスト中尉の姿は見えない。 エリカの家の中に入ったのか、官舎に戻ったのか。
「よし、やるか」
アリスは覚悟を決めてミスリルの剣を鞘から抜き放った。 エリカの家のドアを壊して屋内に踏み込むのだ。
◇❖◇
アリスが玄関のドアを壊せば、軍がアリスに抱く印象は決定的に悪化する。 フロスト中尉でさえアリスの《支配》に同意するかもしれない。 ドアを壊せばもう後戻りはできない。 アリスはもう二度とこの国で安穏と暮らせない。
だが、ガブリュー大佐のように「ファントムさんは支配しておくにしかず」という考えの持ち主が軍の上層部にいる限り、遅かれ早かれアリスはこの国を逃げ出すことになる。 そして、この世界の地理をロクに知らないアリスが他国へ逃亡するにはエリカの協力が必要である。 エリカが《支配》されてしまえば、そのエリカの協力を得られない。
軍への反意が露呈してもエリカを助け出すのが良い。 アリスはそう判断した。
◇❖◇
ミスリルの剣の銀色の刀身が月明かりを反射して美しくきらめく。 アリスにしか見えないきらめきである。 アリスが手にする物はアリスにしか見えないから。
「この剣で最初に切るのが玄関のドアとは思ってへんかったなー」
どこをどう切ればドアが開くかよく分からず、アリスはドアノブの周辺を剣で適当に突き刺した。 ミスリルの剣は木製の扉に簡単に突き刺さり、よくわからないうちにドアノブが周囲の部分ごとポロリと取れて地面に落ちてしまった。
「適当にやっても何とかなるもんやな」
人生の真理を1つ学んだアリスは剣を鞘に戻し、ドアの壊れた部分に手をかけてドアを開く。
「家の中はどんな状況なんやろ?」
大いに興奮しつつ家の中へ。 玄関には数人分の靴がぞろりと並んでいる。 男性用の大きな靴も数足。
「こんなにたくさんの靴がエリカさんの玄関にあるって異常事態や」
アリスが警戒心を高めていると、シバー少尉が廊下を歩いて玄関のほうにやって来た。 さっきドアノブが地面に落ちた音を聞きつけた。 少尉は壊れたドアを見て驚く。
「大変っ、ドアが!」
そう言ってパタパタと廊下を戻って行った。 パタパタと音がするのは、少尉がスリッパを履いているからである。
「やっぱり家の中に人がおるやん。 エリカさんもいるんかな? 靴はあったけど」
アリスは土足のまま家に上がり、少尉の後から廊下を進む。 土足は気が咎めるが、玄関で靴を脱いだり脱いだ靴を抱えたりしていると、とっさの行動が妨げられかねない。 今は非常事態なのだ。
◇❖◇
シバー少尉の行き先は台所だった。 台所から少尉の声が聞こえて来る。
「大佐! 玄関のドアが壊されてます」
アリスは台所の外から中を覗く。 台所にいたのはシバー少尉の他に3人。 1人はガブリュー大佐で、残る2人はアリスの知らない男性だ。 3つの椅子に2人が腰掛け、もう1人は食器棚にもたれるようにして立っている。
テーブルの上にはコーヒーのカップが4つとトランプ。 暇つぶしにトランプをしていた風情である。 フロスト中尉の姿は見当たらなかった。
「ヒロサセ少尉のしわざだな。 ドアを壊すとは思い切ったことをしたもんだ。 おおかたシバー少尉の後に付いて来てるんじゃないか?」
(すごい、どっちも正解。 伊達に大佐やってないな。 要注意人物や)
後ろにいると言われ、シバー少尉はキャっと声を立てて小さく前にジャンプした。
大佐の隣の椅子に座る男性が大佐に問いかける。
「いかがいたしましょうか?」
「うむ。 ドアが壊れたままなのはマズいな」
「いえ、ドアではなくヒロサセ少尉――」
男性の発言を遮って大佐は言葉を重ねる。
「うむ、ドアを壊すとはけしからん。 処分を検討せんとな。 それより玄関が壊れたままなのはマズい。 中尉、玄関のドアをなんとかして直せるか?」
「やってみます」
男性は立ち上がって、玄関の方へと歩いていった。
2人のやり取りを聞きながら、アリスはエリカがどこにいるのかと考える。 エリカとアリスは互いに姿が見えないし声も聞こえない。
(エリカさんはどこ? まだ帰って来てないってことはないはず)
アリスは周囲を見回す。
(檻は別の部屋かな?)
エリカが檻に閉じ込められていると思いこんでいた。




