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7. 夜会 後編

長くなってしまいました...。

お時間ある時にぜひ。

「まさか・・・」

「ええ」


 震える声で呟いたケヴィンに、確信に満ちたアリシアの声が答える。


婚約破棄劇(ショータイム)の始まりよ!」


「最悪だ」


 わくわくと今すぐにでも、人だかりのところまで飛んでいきたいと願っていそうなアリシア。

 ケヴィンは彼女を見て、げんなりと呟いた。


「今すぐに陛下にご連絡を。あとはこちらで……」

「あとは、アリシアにお任せをと言ってちょうだい」


 近くにいた部下を呼び寄せ、指示を出すケヴィンを遮り、アリシアがにっこにこで言った。


「駄目です!」

「ケヴィンは黙ってみてなさい。わたくしが全てを上手くおさめてみせるわ」

「貴女が行くと荒波が立つんですよ!」


 もうっ、と言いながらもケヴィンは部下に新たに指示を出した。


「殿下が仰った通りに伝えろ。それから陛下のご入場が遅れることを音楽隊にも。皇后陛下にも事のあらましを伝えておけ。ーーーーそれから、殿下に全権を下さるよう、陛下に頼んどけ」


 最後の一言に、ぱああっとアリシアが顔を輝かせる。それを見てケヴィンがぼやいた。


「どうせ止めても貴女は行くでしょ。全く、後始末は楽にしてくださいよ」

「分かってるわ。ありがとう、ケヴィン」

「どーいたしまして。今度、僕の好きなお酒をくださいね」

「約束するわ」


 アリシアは嬉々として返事をすると、即座に人だかりに向かった。

 アリシアを見て、何かを取り囲むようにいた貴族たちは、そっと道を開けていく。


「……お前との婚約を破棄する!」


 中央にいるのは、金髪に栗色の瞳の男性。あれは確か、ミロネ子爵令息。

 その横に勝ち誇ったように笑んでいる小柄な女性は確か、マーラー男爵令嬢だ。


 そして、二人に対峙するように凛とした態度で立っているのは、リーマナ侯爵令嬢。


 ミロネ子爵令息がリーマナ侯爵令嬢との婚約を破棄したいようだ。


「……理由をお聞かせ願えますか?」


 リーマナ侯爵令嬢の冷静な声が響いた。

 アリシアは一旦傍観を決める。


「ふん、お前は馬鹿だからだ」


(……は? お前何言ってんの? って、あらいけないわ。つい暴言が口をついて出そうになってしまったわ)


 リーマナ侯爵令嬢は、貴族たちが通う学園でも相当優秀なはずだ。

 詳しくは知らないが、生徒会にも入っているはず。優秀な人材であることは間違いなかった。


「わたくしが、馬鹿だから?」


 震える声でぽつりと呟くリーマナ侯爵令嬢。

 アリシアは、そろそろ介入しようと一歩踏み出した。


「失礼しますわ。あら、この集まりはなんですの? まるで、余興のようね」


 涼しげな声を出しながら、真ん中へ踏み出していくアリシア。

 突如現れた第一皇女に、リーマナ侯爵令嬢は落ち着いてカーテシーをした。


「アリシア第一皇女殿下にご挨拶を申し上げます。マリア・リーマナでございます。殿下に祝福があらんことを」

「ありがとう、マリア様。楽になさって結構よ。ところで、こちらでは一体何を? えーと、そちらは一体どなたでしたかしら?」


 本当は憶えているが、挨拶をしてこないため、無礼とみなしたアリシアはそっと可憐に首を傾げてみせた。

 馬鹿にされたことを恥じつつも、アリシアの美しさに、はっと息をのんでしまった自分がいることに気づき、複雑そうな表情をしたミロネ子爵令息。


「……ヴィオ=ミロネです」

「ミロネ子爵令息だったのね。初めてお会いするから、お顔を存じ上げていなくてごめんなさいね」

「……いえ、お気になさらず」


 ひきつった笑みで首を振る彼に、アリシアはとびっきりの笑顔で問うた。


「それで、貴方は一体何をなさっていたのかしら?」

「……婚約破棄を」

「わざわざ皇帝陛下が開催なさったパーティーで、それをやろうと思ったのはなぜかしら?」


 アリシアの言葉は、あくまで疑問を投げかけているだけだ。

 

 冷たくも温かくもない声。

 怒った顔でもない。単純に笑顔を浮かべているだけだ。


 しかし、男はさーっと顔を青ざめさせた。

 アリシアは笑顔のまま、重ねて問いかけた。


「なぜかしら? 聞いているのだけれど、言葉がわからない?」

「ひっ......」

「答えてくださる? わたくしも暇ではないのよ。皇帝陛下もご入場なさるわ」

「っ......」


「お前、聞こえないの?」


 ついにアリシアの言葉は乱れた。


 いつもは貴方と呼ぶ彼女が、誰かをお前と呼ぶのは怒ったときだけだ。


 声音はひんやりと冷たく、怒りを内包していた。はっきりと凛とした美しい声に包まれた怒りを、しっかりと感じ取った男は、ビクッと震えて後ずさった。


「そ、そ、そんなことは......!」

「なら、なぜ答えないのかしら。お前には口がない? それなら仕方ないわね。誰か、別室へ案内して差し上げて。陛下にもご報告を」


 アリシアがテキパキと指示を下していくと、男が慌てたように口を開いた。


「ち、違うんです!」

「あら、何が違うと言うのかしら?」


 お前は皇女の言うことを否定するのか?


 アリシアの後ろでケヴィンがじろり、と男を睨むが、男は震えつつも続ける。

 ある意味、かなり肝がすわっているかもしれない。


「お、俺は! マリアを正しい道に導こうとしただけであって!」


「正しい道? それはお前と婚約破棄をして、彼女の誇りと名誉に瑕をつけ、今後まともな婚約をできないようにすることが?」


 アリシアは笑みを浮かべて、おっとりと問うた。


 怒ったとき、こうしておっとりとした声で笑みを浮かべ、相手を責めるのは彼女の母、皇后譲りだろう。


 アリシアの言うことは正論だ。しかし、男は皇女であるアリシアのことを睨むと、まだ反駁しようと口を開く。


「でも、マリアはアデラを虐めた馬鹿だから・・・!」

「アデラ? どちら様かしら」


 アリシアが不思議そうに言った途端に、今まで放置プレーしていた、子爵令息の隣にいた令嬢が一歩前に踏み出した。


「初めまして! わたし、アデラ・マーラーと申します! マーラー男爵の次女なんですけど、ご存知ありません?」

「おまっ、!」


 誰かが人混みの中をかき分け、出てこようとしたがそれをアリシアは手で制した。


「そう。初めまして、ね。アデラと言ったかしら」

「はい」

「貴女は一体、子爵令息と何の関係がおありなの?」


 アリシアの短い問いに、アデラは何故か胸を張って答えた。


「恋人なんです!」

「恋人? 本当なのね?」

「疑うんですか? でも、本当ですよ! いつも、あの家で会ってて・・・!」

「アデラ! 喋りすぎだ!」


 慌てて子爵令息が止めようとするが、もう遅い。彼女と子爵令息の不貞関係が分かった。


 周りの貴族たちがざわめき始めるのがわかる。


(いつもは鬱陶しいだけの貴族の囁き。だけれど、こういう時には役に立つのよね)


 アリシアは内心、自嘲気味に笑いながらも、顔には公明正大な笑みをはりつけたまま。


「そう、()()()で、ね。分かったわ。では、そろそろ皇帝陛下もいらっしゃる時間ですね」

「はい、もうあと五分もすればご入場ですよ」


 ケヴィンの注釈に、アリシアは頬を緩める。


「では、ここではわたくしが一番身分が高いと言うことで、代表して裁かせていただいてもよろしいかしら」


 アリシアが尋ねると、リーマナ侯爵令嬢はこくん、と頷いた。

 周りの貴族たちも一斉に頷く。

 子爵令息だけが真っ青な顔で周りを見ていた。


「では、まず二人の婚約はわたくし、アリシア・フィランツィア・ナターシャ・フィクタールの名において、破棄を認めます」


 アリシアの宣言に、リーマナ侯爵令嬢はほっとしたように首肯いた。子爵令息も、逆らえないために不承不承頷く。


「理由としては、ミロネ子爵令息の不貞及び、リーマナ侯爵令嬢に対する罵倒。そのため、ミロネ子爵令息とマーラー男爵令嬢は、リーマナ侯爵令嬢に対して慰謝料、婚約破棄に基づく契約不履行料を払いなさい」


 子爵令息は、ぎょっと目を剥いた。男爵令嬢もえっ! と叫んでいる。


「そんな! 困ります、あたしそんなの払えないわ!」

「ならば、恋人のミロネ子爵令息に払って貰えば良いのでは無いかしら」


 男爵令嬢の悲痛な叫びに、アリシアはごく冷静に伝えた。

 それを聞いた子爵令息は、はっ!? と戸惑いの声を上げた。


「ふざけるな! 俺が払うわけないだろ!」

「でも、あたしたち恋人でしょ!?」

「もうこの時点で恋人じゃないに決まってるだろ!?」

「何言ってんのよ、あたしを見捨てるの!?」

「当たり前だろ、俺は子爵令息だぞ!? 男爵令嬢なんと付き合ってたまるかよ!」


 どんどんと二人の口論がエスカレートしていく。


「なっ、なんですって!?」

「文句があるなら言ってみろ、これまで払ってたドレス代なんかも全部返してもらうからな!」

「ふざけないでよ!」


 ぱんっ!!!


 突然の乾いた音に、はっと二人がアリシアを見つめた。

 二人の視線を受けてアリシアは、そっと微笑む。まるで慈悲を授ける女神のように、いや巫女のように。


「それから、不貞行為をしたと言うのに、お金を払うことしか罰を与えられないというのは、あまりにも被害者であるリーマナ侯爵令嬢が報われないわね」


 そこまで言うと、リーマナ侯爵令嬢に目を向ける。


「二人に、なんの罰を与えたいかしら。出来るだけ、汲み取るわよ」


 アリシアの言葉を予想していたかのように、リーマナ侯爵令嬢は、つと目を伏せた。


「罰なんて・・・。わたくしにはそのような大層なものを彼らに与えるほどの立場を持ち合わせておりません。ですから、わたくしが彼らに差し上げるのは祝福ですわ、殿下」


 それから、囁くように小さな声で付け加えた。


「彼らのこれからの人生に対し、祝福を」


 その意図をおそらく正確に読み取ったアリシアは、分かったわ、と笑って見せた。


「では、二人には結婚を命じます。離婚は許されないわ。二人の念願でしょう、叶って良かったわね」


「お二人に、心から祝福を。もう二度と、他の方を巻き込まれないことを願って」


 アリシアの宣言に、リーマナ侯爵令嬢が笑顔で告げた。少し、影のある美しい笑み。


 それを見てから、アリシアはえっ、と青ざめている二人に目を向けた。


「皇帝陛下主催の夜会を冒涜した件については、皇帝陛下直々の裁きが下されるでしょう。それまでは、夫婦共に地下牢で沙汰を待っていなさい」

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