騎士様と魔法使い
異世界恋愛風味です
騎士という職は、多分に世俗的な羨望を孕んでいる。
俺がこの道を選んだ動機も、至極単純なものだった。今のところ、その選択に悔いはない。
相応の俸給と、約束された身分。そして何より、騎士の紋章を帯びて街を歩けば、女たちは一様に喜んだ。俺はその、甘やかな称賛を享受することに些かの抵抗も覚えていなかった。
「まぁ、素敵な騎士様」
今日もまた、聞き飽きたはずの賛辞が耳を撫でる。
公務のついでに立ち寄った、古びた魔法具店でのことだ。
カウンターの奥にいたのは、およそ華やぎとは無縁の女だった。
栗色の髪を無造作に束ね、煤けたような丸眼鏡をかけている。装飾を削ぎ落としたような佇まいは、店内の薄暗がりに溶け込んでしまいそうだった。
それなのに。
「……ねぇ、何かいい品はある?」
気づけば、俺は彼女に話しかけていた。
彼女は静かに瞬きをし、それから、色素の薄い唇を開いた。
「たくさんありますよ」
言って、次々と魔道具を薦められる。淡々とけれど丁寧に説明をするその仕草には、媚びるような色気が微塵も見受けられなかった。
俺は思わず、喉の奥で短く笑った。
――変な女。
俺という存在に、一顧だにしない。
その事実が、凪いでいた俺の自尊心に小さなさざ波を立てた。
それからというもの、俺は理由を見つけては彼女の店へ足を運ぶようになった。
職務の余暇に。あるいは、ただの散策の途中に。
そうして迎えた、聖祭の夜。
街は灯火と喧騒に埋め尽くされ、人々は熱に浮かされたように踊り歩いている。
その狂騒に当てられ、酷く摩耗した心地でいた俺は、導かれるように彼女の店の扉を叩いた。
「少し、休ませてくれない」
「どうぞ。お疲れのようですね」
彼女は驚く風もなく、俺を店の奥へと招き入れた。
祭りの喧騒が遠い残響のように響く静謐な部屋で、俺は重い身体を椅子に預ける。
「君は、祭りには行かないの?」
「人混みは苦手なので」
「はは、俺といっしょだ」
俺は改めて、彼女の横顔を眺めた。
やはり、飾り気のない、質素な造作だ。
けれど。
「……化粧とかしないの? 見栄えするだろうに」
「必要を感じませんので」
「俺がやってあげようか?」
彼女が瞬いた。
「騎士様が、ですか?」
「ああ、結構器用なんだよ」
半分は冗談のつもりだった。
しかし、彼女は思案するように小首を傾げた後、さらりと言い放った。
「遠慮しておきます」
「……どうして?」
「飾らずとも、『かわいい』と言ってくださる方はいますので」
胸の奥を、冷たい針で刺されたような感覚が走った。
「……へえ」
遠くで花火の音がした。
「それは誰」
「さあ、誰でしょうね」
彼女は煙に巻くような笑みを浮かべる。
その不透明な態度が、俺の独占欲を酷く逆撫でした。
無言で立ち上がり、囲うように彼女を壁に追い詰める。
「教えてよ」
「嫌です」
どこまでも不遜な女だ。
俺は抗いがたい衝動に突き動かされ、彼女の頬に手を添えた。
驚きに瞠目した瞳が、至近距離で俺を映し出す。
近い。
彼女の纏う、古い紙と薬草の香りが鼻腔をくすぐる。
「……騎士様」
「なに」
「近すぎます」
「そうかな」
くらくらした。
「離れてください」
生まれて初めての経験だった。
与えられる愛に飽き足りていた俺が、自ら誰かを追い求めたいと渇望するのは。
この、捉えどころのない生意気な女を。
俺の手で、その平穏を乱し、屈服させてみたい。
――いや、違う。
ただ、俺だけのものとして、口説き落としたい。
夜の静寂の中で、俺は自身の傲慢な恋情を、確かに自覚した。
読んでくださってありがとうございました☺︎




