知り合いから、もう一度
ジャンル:現代恋愛
夜のしじま。
ネオンが遠くに見えていた。
「危ない」
低い声が耳をかすめた。同時に強い力で引っ張られる。
数秒前までわたしのいた場所を、黒い影が横切っていった。
死ぬところだった。
理解した瞬間には、真っ赤な車は遠くの方で豆粒ほどの大きさになっていた。
心臓が遅れてばくばくと鳴り出す。
「先生、ぼーっとしすぎですよ」
車を見送るわたしに、霧島くんが笑いを含みながら呆れたような視線を向けてくる。
街灯に照らされた霧島くんは、まるで知らない男の人みたいだった。
「あ、ありがと。ごめんね」
「いいえ」
身を引けば、掴まれていた腕はあっけなく離される。かつてわたしに向けられていた執着は見る影もない。
偶然の再会に慌てふためくわたしを、霧嶋くんは、どう思っているのだろう。
ついさっきの出来事は、思い出すのも嫌なのにぐるぐるとわたしの中を駆け巡っている。
店内ではワインを零し。
口にはソースがついていると指摘され。
お金を払おうとしたら先を越されていた。
こんなにカッコがつかないことってあるんだろうか。
年上女性として、情けなくて仕方がない。
ひとり自分の世界で嘆くわたしに、霧島くんの低い声が降ってくる。
「先生、そういうところ全然変わってませんよね」
「そうかな」
「そうですよ。危なっかしいっていうか。見てて飽きないっていうか」
「馬鹿にしてる?」
「まさか」
自信たっぷりに言う霧島くんの背中を、軽く叩く。痛くもかゆくもなさそうに笑われただけだった。
なにさ。
昔は話しかけただけでも睨んで来たクセに。
「霧島くんは、変わったね」
「そう?」
「うん、変わったよ。落ち着いた」
「惚れちゃう?」
「惚れはしないけど」
「……やっぱ先生、全然変わってない」
肩を落とし、長いため息をつく霧島くんに、昔の面影がようやくる重なる。
良かった。
やっぱり彼は、霧島くんなのだ。
スマートな店選びも。身体の線に合ったアッシュグレーのスーツも。真っ黒な髪も。わたしの知っている霧島くんとはあまりにかけ離れているけれど。
わたしの知っている霧島くんは、金髪だった。
とても生意気で、反抗的で、突っ張ってて。だけどまっすぐで。
一緒にいた時間は長くはなかったけれど、一生忘れる事はない。わたしを助けてくれた、世界で一番カッコいい男の子。
「先生、怪我した」
「携帯の番号教えて」
「家どこ」
「一緒に帰ろ」
古い記憶と一緒に、切なさが押し寄せてくる。
悪いのはわたしだ。
大人のわたしがきちんと線引きしなきゃいけなかったのに。
だんだんと笑顔を見せるようになってくれたことが嬉しくて、つい近づき過ぎてしまった。
『南雲先生』
『あなたと霧島くんが、教師と生徒以上の関係だという噂があるのですが』
『事実ですか?』
突然呼び出された学年指導室で、動揺したわたしが何か言う前に、霧島くんが口を開いた。
どこからかわたしが呼び出されたことを知った彼が、飛び込んできたのだ。
『バカじゃねえの』
『こんなおばさん、相手にするわけないだろ』
そうせせら笑った霧島くん。
優しい霧島くん。
わたしは別の学校に移され、霧島くんは自主退学をしたと聞いた。あと半年で卒業だったのに。
「あの後、通信制の高校に通って、大学も出たよ」
霧島くんは夜風を浴びながら気持ちよさそうに目を細めた。ピアスの痕が薄ぼんやりと肌に残っていた。
もう、痛くはないのだろうか。
「ねぇ、先生」
教師と生徒。
禁断の恋。
漫画やドラマの中なら、それはロマンチックな題材だったのだろうけれど。
わたしと霧島くんの場合は、ただただ傷つけあうばかりだった。
わたしもまだ子供だったから。上手な別れ方を知らなかった。霧島くんを、助けてあげられなかった。
でも。
「また、好きになってもいい?」
どうしようもなく好きだったことは、確かだった。
また一台、車が猛スピードで通り過ぎていく。
ライトに照らされた霧島くんの綺麗な顔に、胸が張り裂けそうになる。
あの頃は手すら繋げなかったけれど。
何度も告白されて、その度に誤魔化してきたけれど。今夜は。
恐る恐る彼を見つめ返す。
「知り合いから、なら」
霧島くんが一瞬キョトンとして、「何それ」と吹き出す。
「わかった、いいよ。それで」
じゃあ二軒目はどこにしましょうか、と歩き出される。
偶然の再会を運命と呼べるほどわたしは乙女でも能天気でもない。それでも。
もう一度会えたことが、嬉しかった。
読んでくださってありがとうございました**
◇登場人物メモ
南雲 悠
元高校教師。初めて配属された高校で問題児・霧島くんに遭遇。
指導するうちに懐かれ、嫉妬した女子生徒に密告される。
現在は実家の古書店を手伝っている。
霧島くん
それなりに裕福な家の息子。不倫ばかりする親に嫌気がさし高2でグレる。
高3の春、悠と出会い初恋に落ちる。
現在は大手企業でそれなりの地位。




