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影の記  作者: 水鳥川 陸
序章 影
3/67

第三話

「・・・上か」


忍びの注意が上空に向く。

幅広い首巻を目くらましにして、その上から斬りかかってくる。

そう判断した。

だが次の瞬間、自らの誤りに気づく。


彼は下から回り込んで忍びの足目掛けて飛び込んだ。

斬りつけた相手の左脚から血が噴きだす。

彼は、ひらと舞う首巻を掴み取り立ち上がった。


一方の忍びは、彼の袴に広がる赤黒い染みを目にして低く笑う。


「自我を取り戻すため、敢えて己を傷つけたか。さすがに俺が見込んだだけのことはある」


首巻を外し露わとなった顔は、まだ少年の幼さを残していた。



その時だった。


「・・・”影”!」

「首尾は?」


背後から割り込んだ声。

この場で自分をそう呼ぶのは、同じ護衛の”楓”だけだ。


「問題無い」


敵を退け、依頼主の無事も確認したということだ。

任務中の彼らの会話は、これだけで十分だった。

”影”や”楓”というのも、互いを呼ぶためだけの記号に過ぎない。


「空中の粉を吸うな」

「承知」


だが、忍びは二人の会話に震え、そしてとうとう堪えきれずに笑い出した。

先ほどの含み笑いとは違い、心の底から楽しむような笑い声。


「・・・?」

「お前、”影”というのか」


血を流しながら、さも嬉しそうに言う。

あの出血量は浅手では無いはずなのに。


「因果なものだ。失うには惜しいが、同志にならぬなら潰すまで。お前は必ず我らの脅威となる」

「・・・」

「決めた。・・・お前は俺の全力で潰してやろう」

「やってみろ」


”楓”に目配せをし、忍びをけん制しながら二手に分かれる。

そして同時に踏み込んだ。


一呼吸早く到達したのは”影”の方。

刀を振り下ろす瞬間、互いの視線が真っ向からぶつかった。

忍びの瞳が血のように赤く変わっている。


-まずい。忍術か?-


そう思った時には、既に忍びの口が術の名を告げていた。


「・・・影突(かげづき)!!」


瞬間、強い衝撃で彼の体が地面に飛ばされた。

それはまるで地面に吸い寄せられたような、異様な感覚だった。


忍びはそのまま振り返り、”楓”の刀を数度、事も無げに受け流す。

そして最後に小太刀を楓の腹にまっすぐに突き立てた。

楓がその場に倒れ込む。


「お前はいい。弱い」

「”楓”!」


”楓”は確かに自分より弱い。

二月前に”裏”に入り、まだ実戦に慣れていないから。

だが、それでもそう簡単にと倒される男ではなかった。

助けに行きたいのに体が縫い留められたように重い。

そう思ったが、すぐに気づく。


ー重いのでは無い、これは-。


「気づいたか」


忍びがゆっくりと近づいてくる。

そのはずなのに次第に遠ざかって見えるのは、何故なのか。

辺りを見回し、その異常な事態に狼狽する。


「・・・なんだ、これは」


彼は自分の影の中に徐々に沈み込んでいた。

抜け出そうともがくが、手も足もどこにもかけることができない。

嬉しそうな忍びの顔が、ほぼ顔まで沈み込んだ彼に寄せられた。


「この技は人を影に変えるものだ。俺は刹那(せつな)という。俺を恨み、永遠に地の底で苦しめ」

「・・・っ」

「できるなら、新しい世を共に作りたかったがな」


最後までもがく彼の手指が完全に影に飲み込まれたのを見届け、刹那は次の瞬間には姿を消した。

そして辺りは静寂に包まれた。

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