バトル・トゥ・シェイクザアース 7
長らくお待たせしました。
応える者も無い暗闇の中を、クロイは漂っていた。
これまでの多くを振り返る走馬灯の中にいるような心地で、前後不覚の浮遊を味わう。
目の前に現れる映像の数々。
朧げな自我が、徐々にはっきりとしていく。
忘我の中にあるクロイという人格を再定義する作業だ。
集合体に弾き飛ばされたあの瞬間、クロイは死亡した。
人間という規格を限界まで高めた玉体でも、質量にして数十トンはあろうかという集合体の一撃を耐えることは出来なかい。
それは、人間である限り超えられない物理的な限界だ。
どれほど優れた科学技術を持ってしても、人間に巨岩の衝突を耐えさせる方法はない。
その限界も、祝福があれば違ったのだろう。
だが、召喚時の不具合によって、祝福のほとんどを封印している。
神々の祝福なしでは、ここまでがクロイの限界だった。
そうなった原因をクロイは思い出していた。
●
クロイに召喚前の記憶がよぎる。
1500年の修行を終え、絶対に魔王に負けることはないと太鼓判を押されたクロイは、至高神の元へに呼び出されていた。
最後の祝福と心構えを得るために、至高神との謁見を許されたのである。
『クロイ、よくぞ1500年の無茶振りに耐えたな……正直至高神の我もドン引きだぞ……』
『なんか途中からは限界超え続けるのが癖みたいになっちゃいましたよね。壁にぶつかったらちょっと覚醒してぶち破るか、みたいな』
『第二次勇者召喚会議で出た与太話みたいな案だったからな、何だよ超勇者育成計画って……。我の勇者なのに阿保みたいに祝福てんこ盛りにしやがって……』
愚痴る至高神は、クロイにも理解可能な存在として可視化された姿を持っていた。
スラリと華奢な肉体は白く輝き、拗ねた顔は完全なる美を体現し、夜空に星を散りばめたような髪は空間を満たさんばかりだ。
常人ならば呼吸を詰まらせ窒息死しそうな神気を浴びても、クロイは毛ほども動じず返す。
『最後当たりはおすそ分け感覚で祝福のバーゲンセールでしたからね……。ありがたみとかの感覚が麻痺しましたよ……』
『彼等にとってみてもリベンジであろう。神である我等は直接干渉がほぼできない。かの者を起こしてしまうからな』
『〝混沌〟はそれほどですか』
問いかけに、至高神は首肯した。
何もかもを映す星天の瞳はクロイを超え、世界の地殻にて眠る〝混沌〟を見据える。
努めて事実だけを語るように、淡々とした口調で至高神は答えた。
『目覚めれば世界が壊れてしまう。かの者がまどろんでいるところを態々刺激することもあるまい。それも最近は危うくなってきているが』
『魔王とは、言わば〝混沌〟の祝福を受けた人間。神々に祝福された勇者と同じ存在というわけですか』
『どうなのだろう。そもそもがこの世界が創造される前、神々が存在する前から〝混沌〟として在った者だ。意志を持つのかも解らない。もともと神々の権能も全て、元はかの者から簒奪したものであるからな』
修行を成し遂げたクロイに語られるのは、世界にまつわる真実。
異世界に召喚されるに至った経緯とは、神話にも語られない創成期から続く因縁だった。
それは、どの神話体系にも見られる創造の始まり。
『神話の創世記、天地を分かつ前の原初の泥。それが〝混沌〟であると?』
『分からん、かの者より産まれたはずの私でさえな。だが、この滅びの兆しには、間違いなくかの者が関わっている』
『私の使命は魔王を殺すことだけ、と言い聞かされておりましたが』
『〝混沌〟への手出しは無用だ。絶対に接触はするな。神々の祝福があろうと意味が無い。戦うという前提が間違っている。クロイ、お前に、いや、例え神であろうとも、かの者に勝利する手段はない』
『真の意味で災厄そのもの、というわけですか』
『私達に解っていることは、魔王が暴れるほどに〝混沌〟は覚醒へと近付いているということだけだ』
だからこそ、クロイは召喚される。
眠れる災厄を起こさぬように、騒ぎ回る魔王を殺す。
『最早猶予はない。クロイ、お前に私から最後の祝福を授ける』
『拝命致します』
『元々は自由奔放な神々に採決を強制する為の権能だが、貴様にも我が決定を与えよう』
それは、この世のあらゆる誓約よりも強力な束縛であると共に、この世のあらゆるものにも破れない強制であった。
『〝魔王を倒すまで、お前は何度でも蘇る〟のだ。クロイ、お前に死の安寧は許されない』
死神すら与えなかった特権中の特権。
クロイの状態に関係なく発動し、外部に干渉されることなく強制され、至高神が在り続ける限り破棄されない決定。
復活の祝福だった。
至高神は眉を歪めて言う。
『本来ならば、このような呪い染みた反則許したくはないが、魔王による騒乱は〝混沌〟覚醒を近づける。最早是非もない』
『限定的であれ死を克服するとは、俺も行き着くところまで行き着いた感ありますね』
『茶化してくれるな。これは保険だ。こと1500年を経て魔王絶殺を体得したお前にさえ、我は信用を置けぬ。万が一を見通すが故にな』
千里眼を収め、再びクロイへと焦点を合わせた至高神が言った。
例え神々の祝福を備えたクロイであっても、万が一があるのだと。
それは、魔王に敗北することにではなく、〝混沌〟の覚醒を示唆してことだ。
ここに至って、最強の勇者を一人送り込めば万全であると高を括るには、世界の傷痕は深過ぎた。
万民の悲鳴が、侵略者の哄笑が、泥濘の安眠を蹴り上げている。
無理を通してでも、混乱を収める必要があるのだと、至高神は語る。
『召喚の後は我々は干渉出来ぬが、召喚の位置であれば裁量がある。最短にて魔王を殺せるよう取り計らおう』
『と、なれば、私の召喚場所は魔王の目の前でしょうか』
『つい先ほど厄介な場所に一体現れたのでな。丁度良い相手だ。前哨戦と心得よ』
『油断も隙も無く、仕留めて御覧に入れましょう』
『良きに計らへ。武運長久を天上にて言祝ごう』
クロイの足元から門が開く。
光を放射し、此方から彼方へと勇者を導くために、神の御業が陣を描いた。
門出の祝言が紡がれる。
『往くがよい、勇者よ――』
目を閉じ、クロイは来たる戦闘に回路を切り替える。
光が最高潮へと達した。
明かりが一体を包み込んで、――そして何も起こらなかった。
『……ん?』
『……あの、まだですか』
『いや、ちょっと待て、お前何故門を潜らぬ。おかしいではないか』
『いやあ、俺に言われましても、ちょっと……』
『もう一回だ、至高神の我が間違うはずもない。お前がおかしいのだ』
言うとクロイの足元が光り輝く。
ついでに神通力で頭をグイグイと押し付け始める。
『くっ……! どういうことだ! 全然通らぬではないか!』
『いだだだだだ! 痛いです痛いです! 無理矢理押し込まないで!?』
『無理矢理? ――そうか! 祝福! このやたらめったらくっついておる祝福が人間の肉体では容量オーバーなのか!?』
『ええええええ!? なんですかそれ! 人間として召喚できないじゃないですか!』
『うるさいわ! ぐぬぬっ……! もうちょっと! もう、ちょっと、でぇ!』
『いだだだだだ! この絶対入らない穴に押し込まれてる感じ無理ですって!』
『森羅万象を司る至高の我に不可能など無いわ……!』
『変なスイッチ入ってないでやめっ……ぎゃあああああああ!?』
絶叫と共にクロイが少しずつ門の中へ沈んでいく。
引くに引けない至高神は反発の抵抗力を押し切って、そのまま最後まで通ったところで門を閉じた。
肩で息をする。そのままやり切った顔で一言呟いた。
『頼むぞクロイ……!』
●
一方その頃、クロイは王都地下大水道に召喚された。
目の前には色の魔王がいる。魔物の出産準備に入った直後であった魔王は、いきなり現れた男に混乱した。
幾ら万の魔物を即座に産めるとはいえ、姿を晒すのは得策ではない。
むしろ出産の妨害となる可能性が僅かにでも発生するので悪手だ。
だからこそ、発見まで時間がかかり、かつ邪魔の入らない地下大水道を選んだというのに、いつの間にか謎の男がいる。
全身から血を吹き出しながら。
「ゴボォッ!?」
「ッ!?」
吐血した。思わず身を引いてしまう。
何度か咳き込み、その度に吐血しながらも、クロイは息を整えた。
本能的に警戒し、魔王はクロイを直視する。
「ふぅー! ふぅー! 何とか封印が間に合った……! 死ぬかと思った……! 死ねないけど……!!」
「な、なんなのアナタ……」
思わず話し掛ける。
自分の子供で地表を埋め尽くすという妄念に囚われた魔王であっても、目も前の不審者を無視して出産に臨めるほど狂ってはいなかった。
狂い切れていなかったがために、魔王は反応できなかった。
「すぅ――……しぃッ!!」
「えっ?」
深呼吸の後、クロイが動いた。その直後、色の魔王の胸を何かが貫く。
クロイの手元に残った数少ない祝福の一つ、鍛冶神の聖剣であった。
剣という外付けの祝福であるが故に一部機能を封印するだけで済んだのである。
聖剣は機能封印のせいで優れた不壊と対魔性能持っただけの剣となってしまった。
それでも魔の性質が強い魔王には特攻が乗る。
不測の事態を迎えても、予測された状況の中である。
目の前の魔王を認識したクロイは、復活による意識の断絶ではなく、権能封印による先手必勝を選んだ。
1500年の経験が、魔王の反応から不意を打てると判断していたのだ。
身構えたものの、人間であったころ戦闘者ではなかった魔王は対応が遅れる。
血塗れのクロイと同じく、色の魔王も血を吐いた。
同時に、危険に対する恐怖が、魔胎邪界を発動させる。
聖剣によって権能を制限される直前の、生存本能全開の爆発的出産。
溢れ出す魔物の数に、無手では不足と判断したクロイは封印解除を決断。
収納の祝福を掛けられた藍色のマントから、別の武器を異相空間より抜き放った。
崩壊しかけた肉体が、祝福の負担によって更に傷つき血を流す。
同時に内側から弾けた傷がみるみるうちに塞がっていく。
抜き放ったのは妖王剣。選定と癒しの伝説を持つ剣である。
手にした妖王剣は持主を傷つけ、同時に癒しの権能によって命を繋ぎとめていた。
「――余裕は無いが、このまま仕留める!」
「いぎっ……! ――こいつを、近づけないで!」
出会いと共に始まった突発的な遭遇戦は、その後決着はしなかった。
さらなる祝福の解放を前に魔王は逃走に成功し、クロイは肉体が限界に達した。
クロイは外傷が塞がるのを待ち、人類最高の肉体と藍色のマントを残して祝福を封印する。
その後、情報収集と回復の為に地下水道から脱出。
ズタボロの勇者は、そうして少女の危機に行き当たった。
●
意識が現実へと浮上する。
クロイは自分の策が完成したことを確信する。
思考は必要ない。動作のみを迅速に成した。
遭遇戦時に選ばなかった戦術。意識断絶を前提とした復活の祝福の行使。それに伴う可能となる魔胎邪界の集合体撃破。
勝負は、数瞬の内に決着する。
今この瞬間、それを確信していたのはクロイだけであった。
本当は3月で終わらせる予定だったんですが、PC故障やら就職やらで大幅に予定変更です。
残り数話なので4月中には終わらせるつもりです。




