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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
19/21

バトル・トゥ・シェイクザアース 6

「みなさーん! 誘導に従ってお並びくださーい! 毛布もスープも余裕がありますので慌てないでー!」

「家財の預かりは福徳神殿で行いまーす! 目録を作成しますので荷物の把握を御願いしまーす!」

「スペースには限りがあります! 申し訳ございませんがご協力ください!」


 王都中央区の練兵場にて、メアリは非日常の熱気を感じていた。

 青空の元で大鍋をかき回す父、案内役の母、女給の皆も声を張り上げて毛布やスープを配り歩く。

 普段とは違う構図だが、いつも通りの役割だ。


 いつもと違うのは、足下の揺れや、暗い雰囲気が漂う避難所。

 雑踏のやかましさとは違う。人間の領域を超えた大きな力が動く音だ。

 誰もが不安だった。


 突然の避難勧告、魔王出現の知らせ、炊き出しなどの協力要請。

 出来る出来ない、やるやらない。決断しようがしまいが、事態は止まらず選択を迫る。

 選んだ後は、ただがむしゃらにやるしかない。


 周りの事がどう転がっても、メアリに出来るのはこの避難所が少しでも快適になるようにする手伝いだ。

 早朝、事前にクロイに話を聞いても、ちょっとだけ準備を早める程度が関の山。

 結局自分は、王都の下町生まれの宿娘に過ぎない。


 そのことに無力を感じている暇もない。

 やるべきことは力が無くてもやらなねばならないのだから。

 あのとき、クロイが自分達に託したのは、今こうして頑張ることができる時間そのものだ。


「おい! いつまでこうしてりゃいいんだ! ちっとも進まないじゃないか!」

「列を外れないで! 文句を言っても順番は回って来ません!」

「なあ、書くものを持ってないか? 目録を作っておきたいんだ」


「ご協力ありがとうございます! 福徳神殿の方で知啓神の人も控えてますから、口頭で伝えるだけで十分ですよ!」

「小さな女の子を見なかったか!? さっきまでそこにいたはずなんだが……!」

長寿族アールブさーん! 迷子発生ー! この人から話聞いて探してあげてー!」


 あっちで問題が起きたかと思えばこっちで諍いが起こる。

 最初は父達の手伝いをしていたはずが、一度相談を受けてからはだんだん受付役として声をかけられるようになった。

 今では避難所側からも相談役扱いされ始め、呼ばれれば飛んでいき、戻ったかと思えば問題に介入するを繰り返しているのだ。


 投げ出す気はないけれど、正直不本意である。

 どうしてこうなった。

 そんな思いとは裏腹に、再び面倒事が舞い込んできた。


「お嬢ちゃん! 第三練兵場も宗教区の神殿も一杯だ! これ以上は遠回りして貴族街に行ってもらうしかない!」

「交渉できそうな人に心当たりは!?」

「すまん! 礼儀作法に通じてそうな人等は全員駆り出されてる!」


 そんな状況で話を持ってきて私にどうしろというのか。

 宿娘だぞ。私はそこらへんで置物買うのが趣味のただの宿娘だぞ?

 当然の如く支持を仰ぎに来た衛兵に喚き散らしたくなるのを飲み込んで、必死に頭を回転させる。


 正直、貴族という存在についてメアリは明るくない。

 生まれ育った東区は城下町であり、貴族達とは同じ王都に居ても生活圏が重ならないようになっている。

 メアリのイメージは精々、また聞きの噂話によって作られた妄想でしかない。


 実際言葉を交わしたことなどあろうはずもない。

 彼等とは視点や常識が違う。生きてる階級が違うのだ。

 メアリが直接乗り込んだとしても、果たして話になるか判断できない。


 信用して避難民を連れて行くには、余りにも知識が不足していた。

 どうしたものか、とほぞを噛んだときだった。

 避難民の中から、頭一つ背の高い人影がメアリの前に現れた。


 スラリと細長い手足、ところどころが甲殻に覆われ、手槍と民族衣装に身を包んでいる。

 甲虫族スカラベの戦士だ、とメアリは当たりを付けた。

 見かけたことは多くないが、南区付近の通りで時折目撃していた。


 甲虫族の戦士は、膝を折り曲げてメアリと視線を合わせて言う。

 

「頼もう。避難所はここで間違いないかね」

「あっ、すいません、ここはもう一杯です。現在、新しい避難所を用意しているところなんですが……」

「――ふむ、何か問題が起きているようだな。承知した、しばし待たれよ」


「えっ、あのちょっと!」


 立ち上がった甲虫族は、メアリの制止も聞かずに人混みへと消えていく。

 取り残されたメアリと衛兵が顔を見合わせた。

 まあ、今は置いておこうと目で合図し、メアリは取り敢えずの方針を告げた。


「このまま留まらせても意味がありません。貴族街に向かいながら考えるしかありません」

「しかたないか、こっちも班長が捕まらないか探してみるよ」

「まあ、非常時ですし、そこまで警戒する必要もないかもしれませんけど」


「念には念をさ、こういう非常時だからこそ肩書が必要な時もある」

「それ解っててなんで私に相談するんでしょうか」

「いやあ……下手に駐屯所行くより情報集まってるからつい……」


 この野郎、とメアリが呆れていると、聞き覚えのある声がした。


「もし、人間族アースランの娘よ。少しばかりいいか」


 甲虫族の戦士だった。隣には幾分か小柄な年老いた甲虫族も一緒だ。


「我等の長が話を聞きたいそうだ。頼めるか」

「あっ、そうですか。なら、手短に話しますね。ついて来てもらえますか?」

「心得た、他の者達にも伝えよう」


 そう言って、再び呼び止める前に踵を返す甲虫族の戦士。

 後には老齢の甲虫族だけが残された。

 せわしないにもほどがなかろうか、とメアリは思った。


「えっと、手、貸しましょうか?」

「お気遣い申し訳ない、人間族の御嬢さん。儂は甲虫族を統べる長をしておるビジィバ・ベベと申す」

「どうも、いつの間にか相談役になってたメアリといいます、ビジィバさん」


 そう言いながら手を取って、衛兵達が誘導を始めたのに合わせて移動する。

 ビジィバの歩調に合わせながら、メアリは現状を語った。


「実は避難所として使う予定だった練兵場や神殿が既に満員でして、残った区画が貴族街だけなんです」

「ふぅむ、突然押しかけたとて、すんなりと行くか解らんと」

「交渉できそうな人達の手が空いてなくて、何故か宿娘の私が行くハメになってるんです」


「はて、メアリの御嬢さんはこうしたことに慣れているように見えたが」

「とんでもない。流れですよ流れ。さっきも言いましたけど、私はただの宿娘ですって」

「案外、御嬢さんがやってもすんなり行きそうに思えるが、やるべきことは別にありそうじゃな」


「勘弁してください。話を右から左に持っていくだけでも手一杯です」

「であれば、儂等の仕事だろうの。文化は違うが、同じ人の上に立つ者同士じゃ。何とかなるじゃろう」

「ん? あっ、そっか! それなら私が行く必要ないじゃない! 凄いわおじいちゃん!」


「ジジジッ、ここに来た時点で儂の役割は終わったものと思うておったが、老甲を休ませるにはまだ早かったらしい」

「そりゃそうよ! 勇者が頑張ってるんだもの! 今私達が頑張らなきゃ安心して戦えないでしょ!」

「然り、然りじゃ。メアリの御嬢さん、貴女は蜜を探り当てるのが上手いな」


「よくわかんないけど、ありがとう! それじゃ、そっち任せるわよビジィバさん! 後でスープも持って行くわ!」

「気を付けるんじゃぞ。先程から妙な振動が混じり始めておる」

「ビジィバさんもね!」


 メアリは戻ってきた甲虫族の戦士にビジィバを任せると、練兵場の方へと足を進めた。

 貴族との交渉はどうにかなる見込みが出来た。

 さっき出会ったばかりの人物あるが、まあ、色んな人に任せたり任せられたりしている状況だ。信じる他ないだろう。


 複雑な腹の探り合いが必要なコミュニケーションなど鉄火場ではむしろ邪魔である。

 クロイが常に情報で殴りにくるのも切羽詰まってるからだろうか。

 そう思ったとき、南の方から轟音が鳴り響いた。


「ッ!? あっ……!?」


 続いて不快感を煽るような莫大な獣声が、避難所のざわめきを掻き消した。

 空気の振動が肌に伝わり、そこから背筋を凍らせていく。

 本能的に理解した。今聞こえるこれは、悪意そのものだと。


 人が生きる人界にも、弱肉強食の自然界にも、龍の住まう秘境にも、絶対に存在しないであろうものだ。

 己の存在を喧伝する音は、まるで産声であった。

 この世全ての生きとし生ける者への憎しみが伝わってくる。


 メアリは知らず、身体が震えているのが解った。

 恐怖が心に染み込んでいく。

 姿は見えない。それでも存在を疑う余地は無い。未知の脅威が現れたのだと、王都の住民達が理解した。


「おいなんだ今の!? 魔王が現れたのか!? 騎士様は一体何やってんだよ!」

「俺が知るかよ!」

「うわああああ! 殺される! 殺されちまう!」


 混乱が始まる。無作為に拡大する恐怖が、人々の流れを無秩序にした。

 とにかく近くの建物に入ろうと避難民が練兵場へ殺到する。

 許容量の限界を迎えていた練兵場には彼等を受け入れることは出来ない。


 それでも、恐怖に駆られた避難民達は自分の前にいる者を押した。

 メアリもまた流れに捕えられ、人波の圧迫に押し潰されようとしていた。


「ぐっ! 皆、おち……ついて! アイツが、クロイが戦ってる……から!」

「早く入れろよ! 何やってんだ!」

「俺達を殺す気か! 人でなし!」


「ここはもう一杯だ! 貴族街へ! 貴族街へ急げッ!」


 混沌しながらも何処かへと向かおうと暴走する人の群。

 メアリにはどうすることもできなかった。

 悔しさで涙が頬を伝う。


 今だって正体不明の獣声と、クロイが戦っている。

 私達を気遣って、真っ先に避難を伝えてくれたのに、結局こうして避難所にいる。

 避難所以外に行く当てもないというのもあった。それ以上に、クロイの力になりたかったのだ。


 自分達の安全を護りたいなら、自分達を護ってくれる人に協力するのが一番の手だ。

 そうすれば、危険を前に戦う人も背後を気にせず安心して戦える。

 だが、護るべき人々がバラバラに逃げ惑っては、クロイの努力が無駄になる。


 負担が増えれば、魔王との戦いで危険性が増す。もしかすれば、死んでしまうかもしれない。


「止まって……」


 嫌だ。そんなのは嫌だ。


「止まって……!」


 諦めてたまるか。あの馬鹿が、私の好きなアイツが、戦うの邪魔するな。


「止まれえええぇぇぇ――!!」


 叫ぶ声は、人々の悲鳴に埋もれて誰にも届かなかった。


「みなさあああぁぁぁん! ごぉおおおあんしんくださあああぁぁぁっっいぃ!!」


 メアリは、頭上から上擦った大声が落ちてくるのを聞いた。

 叩き付けるような大音量が、人々の耳奥をびりびりと震わせ、動きを止める。

 声の方向へと目を向ければ、数人の人影が宙に浮いていた。


 メアリは、その内の二人に見覚えがあった。

 クロイを様呼びしていた修道女と、その相方だった。

 背の高い方の修道女に肩車された小柄な修道女が再び叫ぶ。


「今っ! 現在ッ!! 勇者様と魔王の戦闘が! 最終段階へと入りましたッ!!」


 はっきりとこれ以上なく簡潔に、小柄な修道女が宣言した。


「みなざぁんは! うっぷッ! 各所の指示にしたがっで避難ぅぅぅッ!?」

「アナ様、もうちょっとです頑張って下さい」

「避難してくだざおぼろろろろろろおおおぉぉぉ」


「!?!????!?!?」


 小柄な方が背の高い方の頭上に嘔吐した。

 真下にいた避難民達から悲鳴が上がってそこだけ空間が出来る。

 呆気を取られたことで冷静さを取り戻した人々は、互いに顔を見合わせると徐々に列を形成していく。


 その様子を見た衛兵達も案内を再開し、暴走は一先ず治まった。

 獣声はまだ止んではいない。それでも、余程のことが無い限りさきほどのような暴動は起こらないだろう。

 メアリは、荒い呼吸を整えながら安堵した。


 クロイを助けようとしているのは、自分や〝小さな羽毛亭〟の面々だけではないらしい。

 ならば後はクロイが勝つのを待つだけだ。

 メアリは興奮で震えた手を胸の前で握り、祈った。


「どうか、至高神様で誰でもいいから、あの馬鹿を助けてください。アイツは結局一人で突っ走っていくだろうから、ついていけない私の分まで見守ってください……」


 事態はまだ終息していない。

 だが、少しの間を得たメアリに出来る助力は、祈りしかなかった。

 その祈りが届くと信じて、メアリは再び動き出した。

アナさん働きすぎ問題

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