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PHASE II-05|接触

北棟中央区画

武装勢力指導者 潜伏想定区域

旧物流倉庫【FRINGE-07/FAC-03】


「久世、見えてるか」


『はい。可視、赤外線(サーマル)ともに確保』


 遠距離狙撃部隊・副班長の久世了司(くぜりょうじ)中尉は、外壁沿いの高所で伏せ、照準を維持したままインカム越しに蓮へ返答した。


 久世は倍率を落とし、射線の先に広がる人影をなぞる。後方配置の六班、その隊列に例の副官が混じっていた。

 前線には、似つかわしくない。

 そういう違和感だけが、ファインダー越しに伝わる。


「久世、射線は」


『確保しています。露出すれば、即応可能です』


「命令があるまで待機。こちらは距離を詰める」


『了解しました』 


 久世は照準を戻す。


 蓮の号令が走る。


「二班、五班、左右に散れ。中央は俺が行く、一班、四班続け」


 隊員たちが即座に散開し、交差する火線が倉庫の空間を切り裂いた。 

 遮蔽物の向こうから応射が返る。弾丸が支柱を叩き、金属音が鋭く響いた。


 蓮は腰を落とし、中央の通路へ踏み込み、銃口を向ける。


「中央、前進」


 中央班の隊員たちが応じ、遮蔽物を渡り、間合いを詰めていく。


『隊長、奥に追加反応あり』


 久世からの報告の直後、遮蔽物の陰で重なっていた影が、ばらけるように散った。

 一つ、また一つ。奥で動きが増える。

 奥の床──露出した昇降路の開口部から、人影が這い上がってくるのが見えた。

 蓮はその位置を確かめてから、後方へ視線を流した。


「後ろ、保てるか」


 突破線の後方、六班の動きの中に、冴木の姿。

 その隣。ひときわ体格のいい兵士が、半歩ずれて並んでいた。

 昨夜、士官区画で見た顔。

 素肌のまま煙草をくわえ、冴木を見送っていた隊員。


 蓮は短く息を吐き、正面へ目を戻す。


 瞬間、中央奥から、何かが転がり出る。


「投擲!炸裂弾!」


 爆音が視界を切断した。

 床に衝撃が走り、粉塵が一気に吹き上がる。目の前が白く弾け、正面の射線が潰された。


 煙の向こうから、人影が流れ込んでくる。想定していた数の、倍以上。


 速い。


 銃を構え直すより先に、間合いが詰まる。

 蓮は銃を下げ、腰に手を伸ばす。 抜いた刃が、敵の頸動脈を切り裂いた。


 インカム越しに久世の声が入る。


『上からも追加反応、新規です』


 キャットウォークの手すりの陰から銃口が突き出される。


『熱源、まだ増えます。複数』


 伏せていた敵兵が一斉に身を起こし、下の通路へ向けて構えた。

 正面だけでなく、左右からも人影が詰めてくる。瓦礫の隙間から、新しい影が途切れずに現れる。


「まだまだ来る!」


 敵を押し倒していた隊員が、敵兵の胸を撃ち抜き、体勢を崩しながら叫ぶ。


「くそ、想定してた数と違う!」


 直後、背後から乾いた銃声が響いた。


 蓮の右側へ踏み込もうとした敵兵の頭部が弾け、そのまま崩れ落ちた。

 咄嗟に振り返った蓮の視線が、銃声の主を捉える。


「冴木……」


 後方六班の位置で、冴木が軽量ライフルを構えたまま、次の侵入口へ銃口を向けていた。

 続けざまに、もう一発。

 左の侵入口から現れた敵兵が、喉を撃ち抜かれる。


 動揺した隊員が、後方を確認する。


「今の、撃ったの、例の副官か?」


 冴木の銃口が、別の侵入口へ静かに滑る。


「この距離で、味方の間抜いて撃ってんのかよ」


「マジか」


 冴木は照準を維持したまま、インカムへ短く告げた。


「侵入経路、制圧します」


 後方で発砲音が続く。


「前方に集中してください」


 冴木は構えを崩さず、侵入してくる敵だけを正確に撃ち抜き、動線だけを削る。


「中央、抜ける。続け」


 蓮はナイフを構え直し、刃を正面へ据えたまま前へ踏み込む。

 冴木の弾が切り開いたわずかな空隙へ、そのまま体を滑り込ませた。


 *


 昇降機の前で、蓮は足を止めた。


「先に降りる。昇降機下を確保したら続け」


「了解」


 蓮と数名が昇降機に乗り込む。

 残りの隊員たちは周囲へ散開し、銃口を外周へ向けたまま警戒線を維持する。


 扉が閉まり、外の音が遮断された。

 昇降機が動き始める。足元から伝わる微かな振動に、誰も言葉を発しない。

 蓮は壁際へ寄り、腕を組んだ。

 視界の端で、階層表示の数字が一つずつ減っていく。


「……増援にしては、早すぎる」


 隣に立っていた隊員が、顔を向けた。


「何か、問題が?」


「中央戦略府の報告と合わない。数が多すぎる」


「捕捉漏れの可能性は」


「ない。この規模を見落とすはずがない」


 それ以上は続けなかった。


 昇降機が減速に入る。

 最下層に達すると、鈍い振動が足元から伝わった。扉が左右に開き、地下の湿った空気が流れ込む。錆と油の混じった匂いが、肺の奥にまとわりつく。


「行くぞ」


 蓮はナイフを手元で反転させ、刃先をわずかに持ち上げたまま外へ出た。靴底の下で、細かな砂粒が擦れる音がする。

 通路は狭く、天井も低い。

 配管がむき出しのまま頭上を走り、奥へ続く暗がりを寸断している。


 背後で隊員の一人が、インカムに指を添えた。


「熱源、前方。距離、近いです」


 その言葉が終わるより早く、右手の曲がり角の奥で影が揺れた。

 先頭の隊員の体が横へ弾き飛ばされる。

 背中から壁に叩きつけられ、鈍い衝撃音が通路に響いた。


「接触!」


 後続の隊員が銃を持ち上げる。

 銃口が定まる前に、暗がりから現れた影が間合いを詰め、腕ごと押さえ込んできた。

 銃身が天井へ逸れ、乾いた発砲音が一発、空転する。


「くそ、速——」


 言葉の途中で、体勢が崩される。


 蓮はすでに動いていた。

 敵の肩口へ体を寄せ、腕の内側へ刃を差し込む。

 筋肉の抵抗を裂きながら刃が進み、喉元へ抜ける。

 切断された気道から空気が漏れ、湿った音が耳元で弾けた。


 それでも敵の腕は緩まない。

 指が蓮の装備を掴み、体重を預けるように押し返してくる。


「……止まらないのか」


 確実に入った。

 気道を裂いた感触がある。 


「痛みを、感じてない」


 蓮は肘で胸部を押し返し、わずかに生まれた隙間へ刃を押し込んだ。

 肋骨の間を探り、さらに奥へねじ込む。

 深く、胸郭の内側まで押し込む。

 刃先が内側の組織を断ち、ようやく敵兵の力が抜ける。体が崩れ、足元へ崩れ落ちた。


 その陰から、別の影がすぐに現れる。


「くっそ、こいつら……効いてないのかよ」 


 後方の隊員の声が飛ぶ。


「慌てるな」


 蓮は倒れた個体から刃を引き抜き、血を払う。


「痛覚遮断された強化兵士だ」


 次の影の動きを捉えながら言う。


「初めてじゃない。同じだ、倒せる」


 前方の隊員が叫ぶ。


「まだまだ来ます——」


 通路の奥で、さらに複数の影が重なっていた。

 仲間の死体を避ける様子もない。ただ一直線に距離を詰めてくる。


「右、寄せるな。正面だけ見ろ」


「了解!」


 隊員が位置をずらし、火線が整理される。


 先頭の敵が腕を伸ばす。

 蓮はその動きに合わせ、体を内側へ滑らせた。

 掴もうとした手が肩をかすめる。

 喉元へ刃を押し当て、そのまま横へ引いた。血が噴き出し、敵の体が崩れる。


 だが、後続は止まらない。

 新たな強化兵士が倒れた体を踏み越え、目の前に次々と現れる。


 また新しい影がうごめいた。


 後方の隊員がインカムへ短く報告する。


「地下、接敵。数、不明」


 返答はない。

 ノイズだけが耳に残る。


 蓮は刃を構え直す。

 足元には崩れた敵、目の前には次の敵。

 その向こうにも無数に動く影がある。


 敵が目前まで迫る。

 蓮はその進行に合わせ、刃を突き入れた。


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