第32話 これからどうなる
小早川と都築に呑みに誘われているので行ってくるという話をしたところ、諏訪が自分も行くと言い出した。高遠も行くと言ったのだが、諏訪は厩務員たちと一緒にいて欲しいとお願いした。
いざ出かけようという段階で保科がやってきて、厩務員たちを誘って呑みに行こうと思っていると相談。それに諏訪は、高遠と相談するようにと指示した。
こうして諏訪と雑賀は一旦宿舎に戻り、ひと風呂浴びて、着替えてから小早川、都築、荻と合流した。諏訪からしたら全員ほぼ初対面。逆も然り。まずは自己紹介から入る事に。
岡山で発生したとんでもない事態の、渦中のど真ん中にいる自覚が彼らにはあるらしい。雑賀の調教師が来たという事で、小早川たちは嫌でも感じてしまった。
「まずは、いつもうちの雑賀に目をかけてくれてありがとうございます。そして、こうして心配してくれて、こういう会を開いてくれた事に感謝いたします」
そう言って諏訪が深々と頭を下げた。小早川も都築も恐縮してしまって、「まずは呑みましょう」と言って焼酎の瓶の蓋を開けた。
「話は雑賀からある程度聞いたんですけど、諏訪先生はこの先どうなると思うてるんですか? 中継では音は入ってへんかったんですけど、あの感じやと、あのヤクザども、雑賀の名とか叫んどったんちゃうかって思うんですよね」
「さすがだね。先ほど大熊さんから連絡があって、ヤクザが『雑賀を出せ!』って叫んでたって言ってたよ。その雑賀がこの雑賀だという事はすぐに発覚するだろう。そしてここにいる事も」
諏訪たちが一斉に雑賀を見る。雑賀はコップを両手で握りしめ、中の麦酒をじっと見つめたまま。顔も蒼白。手も震えているように見える。その麦酒が奈落の入口なら、飛び込んでしまいそうな思いつめた態度。そんな雑賀の肩に諏訪が手を置いた。雑賀が諏訪の方を見るが、諏訪は小早川の方を向いたまま。
「雑賀の話がどこまで真実かわからへんので、何とも言えへんとこはありますけども、単なる逆恨みやないかって俺は感じたんですよね。そう説明したったらええだけの話やったりしないんでしょうか」
「あの競竜場の惨状を見て、ヤクザの逆恨みなら仕方がないと、果たして協会と場長が納得してくれるだろうか?」
その諏訪の言葉が、諏訪厩舎が置かれた状況を端的に物語っていただろう。ここに来る前、小早川だけでなく都築も荻も自分の調教師から情報を貰っている。とんでもない事をしでかした騎手がいるらしいという情報を。
すると小さく荻が手を挙げた。
「数日前、厩舎棟に爆竹が投げ込まれたいう話も聞いたんですけど、諏訪先生の耳には入ってますか?」
「その件も鮎川さんから聞いたよ。その時点では、ただ単に嫌がらせを受けたという事になってたんだそうだ。郡警察に通報はしたそうだけど、警察は被害届を受理しただけで、何も動いてくれなかったそうだよ」
「それって……吉備郡警がヤクザとズブズブいう事ですか?」
荻の質問は、この国の治安維持はもう壊れてしまっているのかと聞いているようなものだった。もちろんその裏には、そうでないと思いたいという願望が込められている。諏訪も腕を組み、荻の顔をじっと見て思案を巡らせた。
「それはどうなんだろうね。単にヤクザの報復が怖いってだけじゃないかな。制服を着てる時は良いけど、それを脱いだら警察官だって一市民だからね。それに、警察官にも家族はいるだろうし」
「長いもんには巻かれろ」そう言って都築が憤った。小早川もやるせいないという顔をする。荻は呆れてため息をついた。
「……俺が騎手を辞めたら、それで済むんでしょうか?」
ここまでじっと黙っていた雑賀が、ぼそっと呟くように言った。そんな雑賀を都築がギロリと睨む。
「お前、それ本気で言うとんのか? もし本気で言うとるんやとしたらガッカリやな。それとも、お前、ここまでの話を何も聞いてへんかったんか? 誰がどうのいう話やないて、最初に諏訪先生も言うたやないけ」
「でも! 俺のせいで……」
「だから! 事故や言うとるやろが! どこの世界に事故起こされた側を責めるアホがおんねん。ところがや、今回あまりにも被害が大きすぎて、そんなアホな話になるかもしれへんって諏訪先生は言うたんやろが。よう聞いとけや!」
今にも雑賀に掴みかからん都築を、荻が必死になだめる。小早川も「落ち着け」と言って都築をなだめた。
「都築も少しは雑賀の気持ちになったれよ。確かにこの件は事故や。そやけどその事故の要因を作ったんは紛れもなく雑賀や。雑賀がヤクザに関わらへんかったら、こんな事にはならへんかったんやろうからな」
「そやけどもやな、道歩いとったってヤクザと絡んでまう事なんあるやろ。『何見とんねん!』って因縁付けられる事かてあるやろ。それも絡まれた奴が悪い言うんか?」
「だ・か・ら! 俺かて事故や言うてるやろがい! 問題はや、その事故をどうやって主張してくかや。ヤクザが雑賀の名を口にしてもうた以上、雑賀の処分は免れへん気がすんねん。下手したら諏訪厩舎もろとも」
小早川の予測に諏訪と都築が頷いた。だが、荻は意味がわからなかったらしい。「どうして諏訪厩舎が?」と首を傾げた。
「まず、管理責任やな。騎手は厩舎の専属なんやから、連座処分を課されるいうんは十分ありえるやろ」
「そやけど、コバさん。事故やないですか。ちょっと話聞いたら、雑賀さんも諏訪厩舎も関係あらへん事くらいすぐにわかるやないですか」
「ああ、そうや。話聞いたらな。はたして、話を聞く耳を持ってくれるやろうか?」
「えっ!? それって、有無を言わさず……」
荻は途中で口籠り、諏訪に視線を移した。誰もその先については触れなかったが、皆が同じ事を思った。この件を収めるために、協会は誰かに責任を押し付けようとするだろう。そしてその誰かは間違いなく諏訪だろう。
「まずは出場停止。次に厩舎の運営停止。そして解散処分ってとこかな。はぁ、岡山に帰りたくないなあ」
思わず漏れてしまった諏訪の心の声に、小早川たちは皆苦笑いを浮かべて焼酎を口にした。
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