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竜障害 ~もう一つの競竜~  作者: 敷知遠江守
第二章 離合 地一級編

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第28話 約束の呑み会

 小早川、都築、二人に誘われて、宿舎のある内牧駅から一駅行った阿蘇駅の駅前の居酒屋『よかばい』で呑む事になった。乾杯して最初に都築が嬉しそうに前節の『姫路特別』の話を始めた。「小早川が負けた雑賀に俺は勝った」と言って。それに対し小早川は、「平特で勝った負けた言うててどないする」と冷たくあしらった。


小早川コバ、お前、前節南国に行ってきたんやろ? どうやってん?」

「どうって何が? 成績やったらそこそこやったよ。決勝こそ残れへんかったけど、準決勝には残れたし」

「そうなんや。ほな、お前のとこは、それなりに早装丁に慣れてきたんやな。俺のとこはまだまだや」

「早装丁なん、数こなしてなんぼやろ。お前んとこも、もうちょい準特に出た方がええんとちゃうか?」


 偉そうに説教をかます小早川に、都築は徐々に苛立ってきているらしく、先ほどから肩眉がピクピクひくついている。雑賀はそんな二人の雰囲気にかなり気圧され気味。


「こればっかはなあ。いくら俺が準特に出たい言うても、先生の判断やからな。給料の絡みとかもあるんやろうし。士気とかも考慮せにゃならんやろし」

「それはわかるけども、準特を基準に特三に出ぇへんかったら、天二へは上がれへんねんぞ」


 小早川の指摘が癪にさわったらしく、都築が肩眉を下げ、ゆらりと頭を傾け睨みつけた。雑賀はその態度に肝が潰れそうになるほど恐怖したのだが、小早川は涼しい顔をしている。


「偉そうに言うとるけど、コバ、お前かてちょくちょく平特に顔出しとるやないけ」

「特三に挑戦しとったら地二に落ちそうになってもうたんやから、しゃあないやんけ。けど、お前んとこはちゃうやろが。準特にロクに顔出さんと、平特に出とるやないけ」


 これ以上興奮されると喧嘩に発展しそう。この辺りで少し落ち着いてもらわねば。そう感じて雑賀は話に割って入り、米焼酎はどうかと聞き、焼酎を炭酸で割って二人に差し出した。その間、小早川と都築は同時に腸詰を口に運んだ。豚の良い肉汁が詰まっていて、噛み切ったと同時にパキッと良い音がしている。その雑賀の空気の入れ替えで、二人は自分たちを見つめ直して少し落ち着きを取り戻したらしい。


 一口焼酎を喉に流し込んで、小早川が雑賀のコップに麦酒を注いだ。


「雑賀、篠原と長井がおらんと寂しいやろ」

「そうですね。しかも初めての競竜場ですからね。寂しいというか心細いです。でも、ほら、コバさんたちがいてくれるから」

「そっか。中継で見てたけど篠原はやっと殻を破った気ぃするな。長井もだいぶ経験積んだ。来年、いや、今年の秋季はどっちも準特でやれるんちゃうか」

「俺たちの目下の課題は早装丁ですね」


 『早装丁』という単語が出ると、都築が眉をハの字にしてため息をついた。そんな都築を見て小早川も苦笑い。


「どんだけ平時に練習しても限界いうもんがあんねん。本番の変な緊張感、焦り、それと竜の興奮。こういうもんは本番をこなさな、なかなか慣れへんよ」

「厩務員さんたちの研究だけじゃあ限界があるって事ですか?」

「俺らがやるわけとちゃうからな。あくまで傍から見た感じだけやけど、無理なんとちゃうか」


 「そうなんやで」と言って小早川が都築の肩をぽんと叩く。それに都築が実に嫌そうな顔をした。それを見て雑賀が「仲が良い」と言ってクスクスと笑った。小早川と都築がお互い顔を見合わせ、若干嫌そうな顔をする。その後で同時にふっと鼻を鳴らした。


「うちらな、紀三井寺の競竜場におってな。そん時からの知り合いなんや。お互い開業した時の厩舎は解散になってもうてて、自由騎手やってん。竜障害の開幕に合わせて開業する厩舎の応募で、一緒にこっち来たんや」

「あん時は、まさか岡山競竜場があんなやとは思うてへんかったよな、コバ」

「ほんまやな。いや、俺も田舎やとは聞いてたよ。ただ、限度言うもんがあるやんか。まさか駅前に呑み屋すらないとはなあ」


 三人が一斉にどっと笑い出した。すでにかなり酒が入っており、声の音量調節が全くできていない。


「でもやぞ、都築、開幕から四年もかかったけども、居酒屋が一軒できたんやぞ。このまま徐々に発展してくかもしれへんぞ。どうする、吉永の駅前通りが鈴鹿みたいに繁華街になったら」

「なるか、アホ。現状空き地と駐車場ばっかやんけ」

「おいおい、簡単に諦めんなや。その空き地に一軒一軒呑み屋が立ってくかもしれへんやんけ。そしたらあそこが繁華街になるんも遠い未来の話やないやろ」

「何年かかんねん、そうなるまでに。その頃にはうちらはもう棺桶ん中じゃ!」


 またも三人がどっと笑い出した。さんざん笑った後で酒を喉に流し込んでいく。


 実は最近知ったのだが、岡山競竜場に所属する厩舎は、遠征に家族たちまで帯同してしまっている。寮に残されている多くは学生。ただ、どこもそんな感じなんだろうと雑賀は思っていた。どこの寮もすぐ近くに保育園、小学校、中学校があり、寮で食事と洗濯までやってくれる。なので、家族は安心して子供を置いて遠征に行ける。そうは言っても、他の競竜場の厩務員たちは単身赴任という形で遠征している。でも岡山は違った。あまりにも周囲に何も無さ過ぎて、奥さんたちも付いていってしまっている。


 豚の角煮を頬張った雑賀が、ぽつりと呟いた。


「せめて温泉でも出ればねえ」

「温泉な。隣の和気駅には温泉があるんやから、吉永も掘ったらどこかで出そうなもんやけどな」

「えっ? 和気に温泉があるんですか?」

「ん? 知らんかったんか? あるんよ。駅から結構行ったとこやけどな。怪我に効くいうて、よう怪我した騎手が湯治に行ってるんやで」


 そういえば、篠原が怪我をした時に湯治に行くと言っていたのを思い出した。おそらくその話をどこかかから聞いたのだろう。

 都築が豚の角煮を頬張り、米焼酎をぐいっと呑んだ。


「そんなんよりもや、やっぱ娯楽やろ。あそこは女気が無さ過ぎんねん。だから監獄言われんねん。駅前大通りを一本抜けて路地裏に行ったらよ、こう普通は桃色看板の店の一軒や二軒あるもんやんか」

「娯楽いうからなんやと思うたら風俗のことかいな。都築、お前よう考えてみ。あそこの寮に若いのがどんだけおる思うてんねん。一軒二軒の風俗やと、みんな同じ姉ちゃんの客になってまうんとちゃうか?」

「……い、嫌すぎる。想像してもうたわ。最悪や」


 都築が心底嫌そうな顔をすると、小早川と雑賀が大笑いした。

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