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竜障害 ~もう一つの競竜~  作者: 敷知遠江守
第二章 離合 地一級編

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第60話 準決勝に向けて

「はあ、奢りで呑む酒は旨いなあ」

「ちょっ! 多米さん! 勝負の結果やから雑賀の分は奢りますけど、多米さんの分は奢りませんよ!」

「あれだけ大きい事言ってて、二人仲良く負けたんだから、素直に奢っとけよ」


 小早川の必死の抵抗もむなしく、多米はガハハと笑いながら聞こえないとばかりに酒を呑んでいる。三着だった都築は半ば諦め顔。雑賀は申し訳なさそうな顔で呑んでいる。隣では檜山が一緒に走った篠原に何やら助言を続けている。

 今回の酒代の支払いからは逃れられないと観念した小早川と都築が、競争を思い出しながら酒を呑み始めた。


「しかし諏訪厩舎、装丁早かったな。俺も気になって見てたんやけど、なんちゅうか、そういう工場を見てるようやったわ」

「わかる、わかる。実は俺も見てたんや。小早川コバのとこはまだ早かったやん。うちの人らはホンマどんくさく見えたわ。どうしたもんやろうな。結局、あの差やもんな。勝ち負けは」

「そうやな。見てた感じやと、あの指示出してたおっちゃんが凄かったよな。うちも、ああいうおっちゃんを用意したら、もしかしたらもっと早やれるんかな」


 都築が「先生に提案してみよう」と真顔で言い出した。


 小早川が言う『おっちゃん』は恐らく保科の事であろう。諏訪厩舎が謹慎処分になっていた時に、毎日厩務員たちで話し合いを行っていた。その中で仁科が、誰かが責任者になって指揮をとったらどうだろうかと提案。誰かとは言ったものの、全員が保科に視線を移してしまい、渋々保科がその役割を担う事になった。

 雑賀たちが諏訪の部屋でああだこうだとやっていた頃、保科たちは寮の外で掃除用具を鞍に見立てて練習を重ねていた。それが今、見事に花開いている。保科たちもそれを実感しているようで非常に士気が高い。


「へえ、そんなに凄いんだ、諏訪厩舎は」

「凄いなんてもんやなかったですよ、多米さん。うちの厩務員に聞いたんですけど、再発走後、みんな諏訪厩舎の方見てたそうですよ」

「そうなんだ。初年度に一勝もできないって言ってた時に伺ったけど、だとすると、そこからずいぶんと成長したんだろうな。なんだか感慨深いものがあるよ」

「初年度の彼らは……岡山でも語り草になるくらい酷いもんでしたからね」


 しみじみという感じで多米と小早川が言い合う。都築も恥ずかしそうにしている雑賀を見て微笑んだ。


 ◇◇◇


 翌日、準決勝進出者が点数と共に発表となった。一位通過は檜山、二位は多米。中盤くらいに小早川、そこから少し離れて都築。一番下、ギリギリに雑賀の名があった。三十二人中三十二位。唯一の地一級。


 数日後に竜柱が発表となった。その竜柱を持って、安見調教師が諏訪厩舎にやってきた。


「初対決だな、諏訪君! 地一級で特三の準決勝進出なんて、やるじゃないか!」

「ふふふ。しかもこれ、特三の初挑戦なんですからね。雑賀と厩務員たちの奮闘に頭が下がりますよ」

「まったく、君たちは大したもんだ。これで秋季から天二級への昇級は確定だな。秋季からは一緒にあちこちの競竜場を飛び回ろうな」

「安見先生のそれは、一緒に回れるんじゃなく、呑み友ができたっていう喜びでしょ。聞いてますよ。こっちに来てから、とっかえひっかえうちの厩務員と呑み屋に繰り出してるって」


 ガハハと豪快に笑う安見を、雑賀と高遠が半ば呆れ顔で見ている。ところが、そんな安見がすんと表情を戻した。


「諏訪君、聞いたか。瑞穂グランプリの話。また呉越が何やら苦情を入れてきたそうだぞ。向こうの協会が会見を開いて、どのような手段を使っても絶対に開催はさせないと宣言したそうだぞ」

「俺も報道で見ました。本当にしつこい奴らですよね。ですけど、どのような手段を使ってもって、何をしてくるつもりなんでしょうね」

「わからん。だが、昨年の君たちの件が簡単に許されたのは、その工作の一環という事が発覚したからだそうだからな。そこからすると、恐らくはまた競竜場で暴漢を暴れさせるんだろうな」

「何かそう考える材料でもあるんですか?」


 諏訪の問いかけに安見は「ある」と力強く答えた。

 あの時に大暴れした『岡田組』の背後には、昔から大金人民共和国が付いていると言われていた。現在その大金国は民衆反乱によって崩壊、分裂してしまっている。だが、その後も分裂した国の一つ、大遼国が支援を続けているらしい。大遼国近辺の人たちは、昔から瑞穂に密入国、不法滞在を繰り返している。そうした不法滞在者たちは工作機関や反社会組織に所属して、市民の安寧を脅かしている。警察も彼らを逮捕しようとするのだが、工作機関の中には人権団体も含まれており、激しい抗議活動を起こされてしまうため、看過するしかなくなっている。

 呉越国がかつての仲間である大遼国に働きかけて、『岡田組』を暴れさせたというのが岡山競竜場襲撃の真相の一つらしい。


「じゃあ、またどこかの競竜場が?」

「わからん。わからんが、もしかしたら何かしら起きるやもしれん。今度は巻き込まれないように十分注意する事だ」


 そう言って安見は雑賀を見てニッと笑った。諏訪と高頭まで雑賀を見る。そんな三人から雑賀はそっと顔を背けた。


 ◇◇◇


 準決勝第一競争、檜山は一着で決勝に進出。第二競争では小早川が二位で決勝進出。残念ながら都築は三着で敗退。


 翌週、雑賀と多米が出走する準決勝第三競争。調整棟では、雑賀と多米が二人で出番を待ちながらお茶をすすっていた。こうして二人で調整棟でお茶を飲むのはいつ以来だろう。少し面長の多米の横顔を見て、雑賀はそんな事を思っていた。

 雑賀が新人の時に、多米は仁級の最終年であった。そこで半年ほぼ、みっちりと指導をしてもらった。会派が違うのに、そんな事は関係なく、ただ気が合うからという理由で。雑賀が八級に上がった後も、こうしてお茶を一緒に飲んだ。だが、多米が安見先生と一緒に竜障害に行ってしまい、それっきりとなっていた。


「懐かしいな、雑賀。見させてもらったけど、ずいぶんと上手くなったじゃねえか。仁級時代は毎回リスみたいに震えてたのにな」

「まだ震えはありますよ。俺、気が小さいから。気の弱さが竜に移るってよく叱られるんですけど、こればっかりはどうにもならなくて」

「そっか。でも、見た感じ緊張はそこまでしないんだな」

「そんなわけないじゃないですか。そっちの方は少しづつ慣れてきただけです。まだ初めての事があればガチガチに緊張しますよ」


 手の震えを必死に押える雑賀の頭に、多米がぽんと手を置いた。


「適度な緊張は良い結果を生む事が多い。緩慢になるより余程良い。お前の場合、逆に悩んで路傍に迷い込んじまう時がある。困ったら周囲に相談しろよ」


 「はい」と良い返事を返すと、多米はにこっと微笑んだ。

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