第七話
少年の名はマースといった。
もともとはライラックの町の住民だったが5年前の魔物の侵攻により両親を失い、幼い妹とともにこの町で生き延びてきたのだという。
幼い子供たちが生きていくには過酷な環境であったろう。
彼らは雨水をすすり、他の大人たちが手に入れた食料を分けてもらい、時には自分たちで町の外に行っては獲物を捕まえたりしながら生きてきた。
5年という長い年月は子供たちをたくましく成長させるには十分な時間だった。
マースは狩りが上手くなり、妹のミーナも動物をさばくのが上手になった。
このまま二人で生きていくのも悪くない。
マースはそう考えるようになっていた。
しかし、ここにきて妹ミーナの様子がおかしくなっていった。
常に高熱にうなされ、めまいを起こしては倒れることが多くなったのである。
どうやら病気らしいとわかったものの、マースにはどうすることもできなかった。
彼らには医者に見せる金もなければ、そこまで行く手段もないのだ。
そうこうするうちに、王都から甲冑を着た兵士たちがやってきた。
剣を携え、物々しい格好をしてはいるものの、マースにとっては王都から救けが来たものだとばかり思っていた。
5年もの間、ほったらかしにしていたこの町の内情を見にきたのだと。
「おーい」
マースは声をかけたが、次の瞬間その表情が凍りついた。
兵士たちはいっせいに剣を抜き放ち、町の住民を追い掛け回し始めたのだ。
「誰でもよい、町の住人を捕えよ」
先頭の男がそう命令する。
たちまち何人もの人々が捕まりそうになったが、彼らはその手をするりと抜け、裏道を使って逃げていった。常に抜け道を確保していた住民たちにとって、町に疎い兵士たちの手を逃れることは簡単だった。
重い甲冑も災いして、兵士たちは誰ひとり町の住民を捕まえることができなかった。
「おい、あの小娘ならいけそうだぞ」
マースが気づいた時には、すでに遅かった。
彼らはフラフラに立って逃げようとしていたミーナに鎖をかけていた。
「こんな小娘でいいのかよ」
「知るかよ。隊長が誰でもいいって言ってたんだから、いいんじゃねえのか?」
そう言って、建物の陰に隠れるマースの目の前で連れて行ってしまったのであった。
マースは、恐ろしくて立ち向かっていく勇気がなかった。
連れ去られていく妹の姿を見ながら、建物の陰で震えるしかなかった。
しかし、今ではそれを後悔していた。
たとえ、捕まってでも妹と一緒にいるべきだった。その先に死が待っていたとしても、一人で生き延びるよりははるかにマシだ。
そう思っていた矢先に、ラングリーフたちが来たのだった。
ラングリーフとロディは、淡々と語る少年の言葉に胸を切り裂かれる思いだった。
ライラックの町が魔物の侵攻によって壊滅したことについては、ガイラス史の中でも重大な出来事として記録されている。
しかし、その後のライラックの町についてはあまり知られていない。王が見捨てた町なのだから当然といえば当然なのだが、今もまだこのような幼い子供たちがこの過酷な環境を生き抜いているという現状は、王宮に仕える二人に衝撃を与えていた。
知らなかったわけではない。
だが、認識が甘かったのも事実だ。
この町の現実を、まるで遠い国の出来事のように捉えていた。
可哀そうに、と同情するも行動に移すことはなかった。
所詮は、対岸の火事なのである。
王都に住む彼らにとって、この町を救おうという気はまったくなかったというのが現状だった。
(これじゃ、まるでこの町を見捨てた王たちと同じだわ)
ラングリーフは、少年マースの真っ黒に汚れた姿に激しい自責の念を感じた。
今からでも、この町に住む人々に何かできないかと模索する。
しかし、特務部隊の隊員である彼女にしてあげられることなどたかが知れていた。
この現状を打開するには、町そのものを再建するしかない。そして、それは個人の力では何もできないのだ。
国が介入しなければどうしようもないことだが、今の王政では期待できそうもない。
ラングリーフが悲しい表情を浮かべて隣を歩くマースを見つめていると、突然彼は動きを止めた。
「……?」
その目は前方を見つめ、固まっている。
ラングリーフも少年の目線を追って前を見据えた。
薄暗い路地裏に一人の男がいる。
「ラングリーフさん」
ロディが後ろで剣の柄に手をかけながら言う。
「ええ、わかってるわ」
ラングリーフも頷いて懐に手を忍ばせた。
目の前にたたずむ男は、明らかに場違いな雰囲気を醸し出している。
この町の住民ではなさそうだ。
若い男のようだった。
暗がりで顔はよく見えないが青い衣に赤いマントを羽織った旅人のような恰好をしている。
二人が緊迫した顔を見せたのは、彼の手に怪しげに光る剣が握られていたからである。
男は一人の少女をもう片方の腕で胸に抱きかかえていた。
「あ……」
しかし、最初に男に気付いたマースは、彼の胸に顔をうずめて眠る少女の姿を見てぶるぶると震えだした。
「マース?」
ラングリーフが異変に気づき、マースに声をかける。
「ミ、ミーナ!」
マースは男に向かって走り出した。制止するラングリーフの言葉など聞こえていなかった。
彼は男のもとに駆け寄ると、その腕から奪うように少女を抱き寄せた。
「ミーナ!」
抱き寄せてから、はたと気づく。
眠るように目を閉じてはいるが、寝ているわけではなかった。
すでに少女の呼吸は止まっている。
「そんな……」
マースは震える手で少女の頬を撫でた。
ぬくもりの感じられない冷たい感触だった。眠っているように目を閉じる妹の亡骸を目の当たりにして、少年は絶望と悲しみの渦に飲みこまれていった。
生きていると信じていた唯一の希望が、一瞬にしてかき消された。
彼女の閉じた瞳は、二度と開くことはないのだ。
「ミーナ……そんな……うそだろ……」
マースは妹の亡骸を抱きかかえながらぶるぶると打ち震えていた。
少女を抱いていた男は、そのマースの姿に黙ってうつむくだけだった。
「お前が、やったのか……!?」
絶望に打ちひしがれる少年の怒りは、男へと向けられた。
ギュッと廃材を持つ手に力を込める。
その目は、相手を殺しても殺し足りないほど、強い眼光を放っていた。
(いけない!)
とラングリーフは思った。
男の剣が少年の殺意に反応している。まるで男の意志とは関係なしに、彼の持つ剣が今にも飛び出しそうなほど小刻みに震えていた。
「ロディ、マースをおさえて!」
言うなり、懐からナイフを取り出し男に向かって投げつける。
もちろん、殺すつもりのない牽制攻撃である。運が悪くても肩をかすめる程度だろう。
同時にロディが今にも殴りかからんとしていたマースの身体をとっさに抑え込む。
男に向かって投げられたナイフは、彼の握る剣によって叩き落とされた。無意識なのか、剣自体が意志を持っているのか、男はうつむいたまま飛んできた小さなナイフを真っ二つに斬り裂いた。
カラン、と二つに分断されたナイフが地面に落ちる。
ラングリーフはその凄さにごくりと唾を飲みこんだ。
(なに? この男……)
今まで出会った剣士たちの中でも、最も異質なオーラを感じる。
そして、男はようやく彼女に目を向けた。
うす暗闇でよく見えなかった表情が映し出される。
「……!!」
その顔を見た瞬間、ラングリーフは身体から電気が走ったような衝撃を受けた。
「あ……あなたは……!」
それは、彼女にとって気絶するほどの衝撃といっても過言ではない。
驚愕とともに、足がガクガクと震えだす。
彼女の目に映ったその人物は、まさしく5年前に自分を救ってくれた光の剣士だったからだ。
「ユ、ユーゴ……」
それは、つぶやくような声だった。




