第六話
ライラックの町は予想以上に荒廃していた。
大通りは瓦礫にあふれ、崩壊した家々が左右に建ち並んでいる。
かつて多くの客で賑わっていたであろう酒場の扉がキイキイ音を立てて揺れ、その看板は止め具が片方はずれて傾いていた。
武器屋や防具屋、道具屋が連なる商店街は無人の野のごとく不気味な静けさを漂わせている。
「……まさに壊滅した町といった感じですね」
ロディはラングリーフの後ろを歩きながら辺りを見渡し、そうつぶやいた。
まるで世界の終わりのような、混沌とした景色が広がっている。
本当にこんな場所に人が住んでいるのだろうか。
「ラングリーフさん。ここに伝説のユーゴがいるんですか?」
ロディは前を歩く彼女に尋ねた。
(そんなこと、私に聞いてもわかるわけないじゃない)
ラングリーフはそう思ったが、口には出さなかった。
「さあ。でもこの町は広いから隠れ潜むにはちょうどいい場所ね」
かつて貿易で栄えたこのライラックの町は計画的に作られた町ではなく、商人たちの手によって徐々に大きくなっていった町である。そのため、小さな路地裏や水路が数多く存在し、死角となる場所が山のようにあった。
それが、国から追い出された難民や家を失った貧民たちが集まる理由でもあった。
「も、もしかして、どこかに潜んでこちらの様子を伺ってる可能性も……?」
「ないとは思うけど、用心するに越したことはないわ」
ラングリーフがそう答えながら歩いていく。すでにこの町に来て数刻は経っているが、まだその中心にもたどり着いていない。あまりの町の広さにため息が漏れる。
「……?」
ラングリーフは小さな路地裏に差し掛かるとある気配を感じた。
殺気、と呼ぶにはあまりに弱く、か細い。
「……」
彼女は足を止め、その気配のする方へ視線を向けた。
路地裏にしてはあまりにも狭い細道だった。
建物と建物の間に人が一人通れるかどうかの隙間だ。辺りの薄暗さと相まって、そこの場所だけ真っ暗で何も見えない。
「ラングリーフさん……?」
ロディも足を止め、彼女を見つめる。彼には、ラングリーフの感じるかすかな気配すら気づいていなかった。
「出てきなさい」
ラングリーフはその狭い空間に向かって叫んだ。
「何を言ってるんですか?」
ロディは何が何だかわからない顔をしている。
「出てこないなら……」
ラングリーフは懐にスッと手を差し入れた。
ナイフを投げるのか、とロディが一瞬身構える。
しかし、彼女の懐からナイフが飛び出すことはなかった。
その前に、うす暗闇の空間の中から少年が飛び出してきたからだ。
「うわああああーーっ!!!!」
ボロ衣をまとった、薄汚れた少年だった。手には、木の廃材を持っている。
「ミーナを返せ!」
そう叫びながらラングリーフに殴りかかろうとしていた。
「わっ!?」
ロディが咄嗟に前に出て、木の廃材を振りかぶりながら突進してくる少年の腕をつかみ取り押さえた。
「は、はなせ……!」
手の代わりに足で蹴りあげようとジタバタしている。
ロディは少年の腕を後ろに回してひねり上げた。
「うぎゃあああっ!!!!」
激痛に、少年の顔がゆがんだ。
「やめなさい!」
ラングリーフが少年の腕をひねり上げるロディに言った。
「で、ですが……」
「相手は子供じゃない。こんな少年にヤられる私じゃないわ。いいから、手をどけなさい」
強張った顔を見せるラングリーフに、ロディは不安そうな顔をしながらもそっと手を放した。
「ううう……」
少年は腕を前に持ってくると、うずくまりながら呻いた。
「手荒な真似をしてごめんなさい。あなたは?」
ラングリーフがうずくまる少年の前にしゃがみこむと、顔を突き合わせて尋ねた。
「……」
少年は睨み付けるような目でラングリーフの顔を見つめ返した。
真っ黒な顔をしている。日焼けではない、灰やススがこびりついているのだ。
黄色く薄汚れたシャツはボロボロで、ズボンも裾の部分はちぎれてなくなっていた。靴は履いておらず、傷だらけの素足をさらしている。
「教えてなんかやるもんか! ミーナを連れていったお前たちに……!」
「ミーナって?」
「オレの妹だ! まだ7歳だったんだぞ! 病気だったのに……」
ラングリーフは眉をしかめた。
まるで要領を得ない。
ミーナというこの少年の妹が、何者かに連れて行かれたらしい。
「ちょっと待って。よくわからないわ。私たちは、今朝ここに来たばかりなのよ。ミーナって妹さんが、誰かに連れ去られたの?」
「しらばっくれやがって。お前たち王国軍が連れてったんだろ!」
「王国軍が?」
初耳だった。
少なくとも、ユーゴ暗殺指令は特務部隊の任務のはずだ。王国軍が出向くことなどないはずであった。しかも、自分たちよりも早くこの町に来ている。ということは前もって出された命令ということになる。
「どういうことでしょう?」
ロディが怪訝な顔でラングリーフに尋ねる。
「軍が動くなら、それなりの報告があるはずです」
「極秘に動いていたのかもしれないわね」
ラングリーフは少年に聞いた。
「それは何人ぐらいだった? 彼らはどこに行ったの?」
「大勢さ! どこに行ったかなんか知るか! オレはここで、奴らが戻ってくるのを待ってたんだ!」
子供の見る“大勢”は当てにならない。
おそらくは、一部隊だろう。
大部隊となるとそれなりに知れ渡る。
ここまで来てラングリーフの耳に届いていないということは、ガナフ直属の別動隊ということが考えられる。
「聞いて。私たちは王国軍じゃないわ。この町の実態を調べに来た調査員よ。もし、あなたの言っていることが本当だったら人権問題だわ。妹さんを連れ戻してあげるから、どっちに行ったかだけでも教えて」
ラングリーフは安心させようと、そんなことを言った。
もちろん、まるっきりの嘘ではない。事実、隊長のマイロからはユーゴ暗殺と同時にライラックの町について調べるように言われている。
少年の目を真正面から見つめるラングリーフの姿に、幼い彼の反抗心が徐々に薄らいでいった。
「……」
曲がったことなどしなさそうな真っ直ぐな瞳をしている。
たとえ彼女が王国軍の人間であったとしても、妹を連れ去っていくような人物とはどうしても思えなかった。
少年は、睨み付けていた目を次第に緩ませていった。
「……ほんとうか? ほんとうにミーナを助けてくれるのか?」
少年の問いに、ラングリーフは
「ええ、できるだけ協力するわ」
と答えた。
「……」
少年がうつむきながら何かを思案していると、顔を上げて言った。
「あいつらは、あっちに行った」
少年が、別の路地裏の通りを指し示す。
どうやらラングリーフの言葉を信用したようだ。
「ありがとう」
感謝の言葉を述べラングリーフがロディとともに歩き出すと、少年があとからついてきた。
「オレも行く。妹を連れ戻せるなら」
正直、まだ幼い少年を連れて行くのは憚られたが、もし彼の妹が本当に連れ去られたのだとしたら、助け出した時に警戒されないほうがいい。
「わかったわ。でも、私からあまり離れないでね」
ラングリーフはそう言うと、路地裏の先に向かって歩き出した。




