エピローグ
パルメラ国王の死によって、採掘場にいたすべてのパルメラ兵が逃げて行った。
後に残されたのは、ゼノと奴隷として働かされていたグランの民たちであった。
国王の屍の上に立つゼノの姿に、人々からどよめきが巻き起こる。
特に、王宮に仕えていた元騎士たちや家臣たちは、その驚きを隠せずにいた。
「ゼノ!」
密かに採掘場の隅の方で様子を見ていたメルが駆けつけてくる。
終わったのだ、すべて。
グラン国王の約束を守り、この国の危機を救ったのだ。
ゼノの身体に抱きつくメルの言葉を聞き、ようやく人々は勘違いではないことを悟った。
「やはりゼノどの!」
「ゼノどのが我々を救ってくれたのだ!」
感極まって泣く者もいれば、肩を抱き合って喜ぶ者もいた。
疲れ果て、崩れ落ちながらも笑顔を向ける者、ゆっくりと座り込み、数年ぶりの休息を得る者、人々の行動はバラバラであったが、想いはひとつであった。
これでパルメラの支配から解放される──。
「遅れてすまなかった。もう少し早く来ていれば……」
ゼノは、申し訳なさそうに声をかけた。しかし、その言葉を遮るように彼のまわりに人々が集まり、手を取りあって何度も頭を下げた。
メルはそれを見て思った。
自分がついてきてよかった、と──。
※
パルメラ本土は、国王の死により大きく混乱していた。
ゼノがパルメラ国王を倒し、グラン国王の仇を討ったという報はすぐに世界中に知れ渡った。
人々は熱狂し、その活躍に賛辞を送った。
また、グランの騎士は再編され、対パルメラ兵として各地に派遣された。もともと、魔物との戦いにおいて実戦経験豊富な彼らにとって、戦意を失ったパルメラ兵を駆逐することなど雑作もなかった。
彼らの手により、占領されていた村々は徐々に解放されつつあった。
グラン各地に散っていたパルメラ兵も、逆賊の汚名を着せられ、各地で討伐の対象となっている。
今や、人間狩りと称して狩りを楽しんでいたパルメラの兵士たちは、狩られる側として一生追われ続ける身となったのである。
ゼノはグランが安定していくのを見届けると、巨剣を背負いグランファシルをあとにした。
どこへ行こうというのか、誰にも告げぬまま姿をくらました。
王都解放後、しばらく王宮に滞在していたのだが、ある日の朝、侍従が朝食を持っていくとベッドはもぬけの空だったという。
どこへ行ったのか、その詳細は定かではない。
※
「お父さん、こっちこっち!」
ナターシャの森にメルの声が響き渡る。
メルは、父を連れて聖なる泉への道を駆け抜けていた。
「ハア、ハア、こら、待ちなさいメル」
普段は体力のありあまるガジェだが、たった数日、ゼノと旅をしてきたメルは見違えるほどたくましくなっていた。
全力で追いかけても追いつけない。
「お父さーん、もうバテたの?」
遠くからメルが声をかける。
「バテてなどおらん!」
「お父さん、もうすぐだよ」
「先に行ってなさい。あとで追いつくから」
肩で息をしながら、先に行けと促す。
これ以上、ついていけそうにない。
メルは、肩をすくめながら走り去って行った。
その後ろ姿を見ながら、ガジェは思った。
(まったく、なんて体力だ。スタミナだけでいったら、村一番だな)
ため息をつきながらうなだれていると、メルが走って戻ってきた。
手に一輪の花を握っている。
「お父さん、はい」
「なんだ、これは」
目を丸くして手に持つ花を見る。
白く光る、きれいな花だった。
「これは、マルクスの花か……!」
ガジェが目を見開いて、花びらが発光するその魔法のような花を見つめた。
「成人の儀に行く途中で見つけたの。きれいでしょ。これを見せたかったの」
言われるまでもなかった。マルクスの花は世界で一番きれいな花だと言われている。確かに、これほどきれいな花は見たことがない。
「こんなところに、マルクスの花が咲いておるとは……」
「ほんと、奇跡に近いんだから。普段は、もっと人の来ないきれいな水の近くに生えてる花よ」
「“聖なる泉”というのも、あながち間違ってはおらんな」
成人の儀というものをあまり尊重してこなかったガジェも、その考えを改めさせられる思いだった。
「ゼノと初めて会ったのも、この場所なの」
「ゼノ様と?」
あの大きな身体と巨大な剣が頭に浮かぶ。
マルクスの花の咲くこの場所に、あの姿はどうも重ならなかった。
「またまた。ウソをつくなメル。ゼノ様がこんなところに来るわけないじゃないか」
「ほんとだって、お父さん。私がマルクスの花を摘んでたら、そこに立ってたんだから」
「なんだってまた、こんなところに。この先は泉があるだけだろう」
「ゼノって、すっごい方向音痴なんだよ? グランファシルを目指してたら、ここに出ちゃったんだって」
思い出しながら笑うメル。
あの顔にもう会えないのかと思うとちょっと寂しかった。
「ははは、そうなのか。もしかしたら、また迷ってたりしてな」
「そうね。またそこにいたりして……」
メルが何気なく指をさすと、その先に一人の男が立っていた。
「うごほっ!?」
「ひいいっ!!」
びっくりしすぎてひっくり返る二人。
頭をぶつけ合いながら起き上がると、目の前の男に視線を向ける。
それは噂をしていたゼノ本人であった。
「ゼ、ゼノ……!?」
「ゼノ様……!?」
メルとガジェが思わずハモる。
当の本人は意にも介さず、黙って二人を見つめていた。
「ど、どうしたの、ゼノ? こんなところで……」
メルが問いかける。
会いたい、とは思ったがこんなにすぐに会えるとは思わなかった。
(まさか、私に会いに……?)
そんなメルの淡い期待とは裏腹に、ゼノは重い口を開いた。
「道に……」
「…………?」
「道に迷った……」
「………は?」
いつものように、何を考えているのかわからない顔をしている。
しかし、その圧倒的な存在感はマルクスの花のように光り輝いているとメルは感じた。
第Ⅲ部 戦士ゼノ編 完




