プロローグ
ひとつの王国が終わりを迎えようとしていた。
1000年続いた歴史ある大国グラン。
強大な軍事力を誇り栄華繁栄を極めたこの国が、今まさに、燃えていた。
長い歴史の中で、互いに不可侵の条約を結んでいた隣国パルメラが突如として侵攻してきたのである。
パルメラの国王は強欲で狡猾な男であった。
魔王のいた時代、大国グランと同盟を結び、協力を約束したにも関わらず一切の援助をしなかった。
弱小国を装い、魔物の襲撃にあえばグランに援軍を要請し、グランからの援軍の要請には警備が薄くなることを理由に拒み続けた。
これには国際社会からも大きな批判を浴びたが、パルメラは動じなかった。それでも、人のいいグラン国王はパルメラに援助をし続けた。1000年も続いた大国という自負もあったのかもしれない。
それが結局、グランの疲弊、パルメラの戦力増強という最悪の結果をもたらした。
魔王討伐から5年。グランとパルメラの友好式典が行われたこの日、長年かけて戦力を蓄えていたパルメラが一気に押し寄せてきたのである。
油断していたグラン国内は一気に血に染まった。式典会場は血の海と化し、王都は火に包まれた。
真っ赤に燃え盛る城の中で、グランの国王は呪った。パルメラ国王の卑劣さに、そして、それを見抜けなかった自分の甘さに。
多くの家臣が死に、さらに多くの国民が服従を強いられた。
「許せ、グランの民よ…」
王のつぶやきは、燃え盛る炎の中に消えていった。
それから、数か月───。
かつてのグラン、現在のパルメラ属領の小さな村では、日ごとに人間狩りが行われていた。
「いいか、オレたちが10数える間に、逃げられるところまで逃げるんだぞ。オレたちから半日逃げ切ったら助けてやる」
パルメラの兵士が村人に枷をはめて森の中に逃がす。それを、数人がかりで追い廻わし、狩りを楽しむのだ。無事に逃げ切れれば自由の身、そうでなければ彼らの餌食となる。
しかし、逃げ切れた者は誰もいない。長くて数刻、早ければ数分で八つ裂きにされる運命である。
「おまえは若いから足が速そうだ。こりゃ、逃げ切られそうだな」
そう言って、震える若者に枷をはめる。
「た、助けてください……」
若者は震える声で言った。
「だから、半日逃げ切れれば助けてやると言ってるだろう。たった半日だ。この森の中で潜んでれば見つからねえよ」
「む、無理です……、そんな、半日だなんて……」
「やってみなけりゃわからねえだろ。ほら、行け。いーちぃ」
パルメラの兵士が数えはじめると同時に、若者は脱兎のごとく森の中へと走り出した。
「にーぃ、ありゃ、足がもつれてやがるぜ」
「くははは、無様だなぁ、おい」
「さーん、ほら、もっと死ぬ気で走れ! そんなんじゃ、すぐ追いついちまうぜ」
若者は涙で顔を濡らしながら必死に走った。
これは悪夢だ。悪夢に違いない。
普通の農家の息子に生まれ、田畑を耕しながらつつましく暮らしていた。
妻もいる。
娘は3歳になったばかりだ。
まだ人生これからなのに。
「よーん。おいおい、あいつ、まだ姿見えてんぜ」
「おっせえ。誰だよ、速そうだなんて言ったの」
「ちっ、これじゃ狩りにならねえじゃんよ」
若者は祈った。誰でもいい、誰か、助けてくれ。
もつれる足をなんとか踏んばらせ、必死に森の中を駆ける。
後ろで弓矢を構え始めるパルメラ兵。その姿は、魔王の送り込んできた悪魔の姿よりも邪悪に映る。
(誰か、助け──!!)
若者の思考は、そこで停止した。
パルメラ兵の放った矢が、彼の胸を貫いたのだ。
「がはぁっ!!」
若者は前のめりになって倒れた。
痛いと思う間もなく彼は絶命していた。
「時間のむだむだ。あんなヤツ、狩りになりゃしねえ」
「今度はもっと足の速そうなやつ選ぼうぜ」
「久々に、女なんてどうよ? 泣き叫びながら逃げるのを追い詰めていく快感がたまんねえ」
「ぎゃははは、いいね、そうしよう」
若者の屍を残しながら、パルメラ兵は去って行った。
魔王が倒されて5年、世界は腐敗していた────……。




