その後の話2 お姉様の結婚
「お父様、お母様、わたくし、やはりウォルフとは結婚できません。だって、わたくし、ディートハルト閣下をお慕いしているのです!」
うららかな春のある日突然、ドゥラック伯爵家の長女、リーシャは、両親の前で高らかに宣言したわけだが――
「クリスティアン・ディートハルト? 誰、それ?」
ドゥラック家の次女ヒルダは首を傾げた。
姉の想い人に全く心当たりがない。
「クリスティアン・ディートハルト殿は、国王陛下の甥御だ。身分は公爵。第四位王位継承権を持つこの国屈指の貴公子だぞ」
姉に婚約破棄されたはずのウォルフが、至極冷静に説明してくれた。
「そういえば春の王宮夜会の時、リーシャは公爵に見とれてたな」
「何ですって? そんなのわたし知らない!」
「お前は姉ばかり見てないで、周りをもっとよく見ろ。そして、俺の仕事の邪魔をするな」
ヒルダはプウッと膨れた。
「何よ。偉そうに。お姉様に振られたくせに」
「それは一体誰のせいだろうな」
「痛っ、たたたた。頭ぐりぐりするのやめて」
「相手が大物すぎるよな。失恋まっ直線だろ。ま、リーシャらしいといえばリーシャらしいが」
は? 何ですって?
姉が大好きなヒルダはカチンときた。
この世の誰よりも可愛らしく、優しいお姉様*に失恋などさせてたまるかぁっ!
(*あくまで個人の感想です)
そしてその後、ヒルダは姉の恋を暖かく見守り、応援し続けた。
――結果
「うっうっうっ……ウォルフ様ぁ」
「泣くな、鬱陶しい」
ヒルダは、ウォルフの執務室で愚痴をこぼしていた。
「だって、お姉様がお嫁に行っちゃうのよ」
「ああ、そうだな。めでたい話じゃないか」
ウォルフはヒルダに見向きもしないでペンを走らせている。
「ああ、お姉様が生涯独身でもいいように、勉強もお作法も頑張ってきたわたしの努力は何だったの?」
「世間では無駄骨と呼ぶ」
「まさか、ディートハルト公爵があんな早業でお姉様をかっさらうとは!」
「俺に言わせれば、リーシャのすっとぼけで、もどかしいくらいだったがな」
「公爵家に遊びに行ってもいいかしら?」
「寝室に乱入しなきゃ、歓迎されると思うぞ」
「ぐっ……どうして分かったの?」
「……乱入する気満々か」
「だって……わたしのお姉様が、男の人に素肌を見せるとか、お色気たっぷりに体をくねらせて誘惑するとか、ベッドの上で組んず解れつしながらあんなことやこんなことを――ダメ、絶対」
「お前……その考えはどこから生まれ出てきた?」
「メリッサ大伯母様の本棚」
「ロマンス小説を鵜呑みにするな」
ウォルフはペンを置いてヒルダを見た。
「リーシャは幸せだ。それが一番じゃないのか?」
「うん……」
「それに、いずれリーシャの赤ん坊が見られるかもしれないぞ」
「そ、それは、かなり魅力的……」
「分かったら、こんなところで拗ねてないで、ウェディングドレスの見立てを手伝ってやれ」
「そうする!」
気分が上向いたヒルダは立ち上がると、ウォルフの頬に音高くキスをして、部屋を出ていった。
残されたウォルフが、どっと疲れたように机の上に突っ伏したことは誰も知らない。




