余話
前話と繋がっておりません。
寒風が吹き荒ぶ、千の時を越えて生きる大木の根元に、漆黒の羽根を広げて彼は降り立った。
この大木は、常磐山の山神が宿る神木だ。
彼の相棒となった退治屋の老婆をことのほか気に入り、何やかやと彼女に手を貸してやっていた。
何処から湧いて出たものか、屋敷に住み着いた鬼子らが、その神木の前でそれぞれに立ち尽くしていた。
普段は目障りだと彼らを邪険にしているのだが、彼は他に何も目に入らぬかのように近付くと、地に横たわった一つの骸の前に膝をついた。
腕を背に差し込んで掬い上げると立ち上がる。
驚くほど枯れたその身は軽い。先日まで目の当たりにしていたあの存在感が嘘のようだった。
そのまま彼は飛び立った。
腕に抱いた、既に魂魄の失われたその人を見やり、風見は囁いた。
「―――あなたは一度も、私と共に空を往こうとはしてくれませんでしたね」
落とされるのは御免だ、と。
お前の腕にすがって空を飛ぶなど信用できるか、と。
彼女はアヤカシを退治る退治屋で、そして、彼は天狗の名を持つアヤカシだった。
―――それでも二人は寄り添い、数十年の時を共にした。
―――あなたがもう何処にも存在しないなんて。
とうとう最期まであなたを殺せなかった。
変えられた。
知ってしまった―――喪失の意味を。
風見は記憶を巻き戻し、惜しむように、愛しむように、少しだけ再生した。
―――あさきゆめみじ。
すぐに醒めてしまうゆめなどもう―――みない。