エピローグ
◇◇◇
新たなる〈七王笏〉――その就任式の日。
ルトレギナは式典の控え天幕の中で、式典用の身支度を整えていた。
本日の主役たるルトレギナは、〈女王の礼装〉ではなく、真新しい〈七王笏〉の礼装にその身を包んでいる。
しかし、慣れていないためか、どうにも上手く着こなせない。
そんなルトレギナを見かねたのか、レイジーナの身支度を手伝っていたイグナジアが駆け寄ってきて、ルトレギナの身に纏う礼装を素早く正してくれた。
イグナジアがルトレギナの襟元を正しながら、呆れたように息を吐く。
「まったく。叔父も甥も、揃って世話が焼けますね」
「すまない。ありがとう、イグナジア」
礼を言うルトレギナと、甲斐甲斐しく世話を焼くイグナジアの会話が耳に入ったのだろう。既に〈女王の礼装〉に身を包んだレイジーナが、揶揄うように眉を上げる。
「俺の世話しか焼きたくねぇんじゃなかったのか。なァ? イグナジア」
にやにやと笑っているレイジーナを振り向くイグナジアは、いつも以上ににこやかに笑んで、足早にレイジーナへと歩み寄っていく。
「おや。まだ締め付けが甘いようですねぇ」
「あ? おい、何す……うお……」
イグナジアはにこにことしながら、今度はレイジーナのコルセットをきつく締め上げた。それにレイジーナが思いがけずといったように呻く。
そんな似た者主従を、ルトレギナはいつも通り見守っていると、ふと天幕に客人が入って来た――〈七王笏〉のラヴェンデルとアマルスだ。
ルトレギナと同じ、〈七王笏〉の礼装を身に纏った二人は、ルトレギナに歩み寄ってきて、楽しげにルトレギナの肩をそれぞれ叩いてきた。
「おはよう、ルトレギナ。〈七王笏〉の礼装も、あなたにはよく似合っているね」
「あ~。いいじゃん、ルトレギナ殿下。俺らとお揃い~」
「おはよう。そしてありがとう、ラヴェンデルにアマルス。今日の式典ではよろしく頼む」
ルトレギナが二人に頷き返すと、ラヴェンデルはどこか感慨深そうに鼻から吐息を漏らした。
「ルトレギナが戴いた〈七王笏〉の名――〈滅息の杖〉も、良い名だよ。史上初めて〈黄昏竜〉の単独討伐を成し得たあなたに相応しい限りだ」
「確かにぃ。怪物じみてる奴には、よくお似合いだと思うぜ? 〈滅息の杖〉どの」
「そうだな。僕も〈滅息の杖〉の名は、非常に気に入っている。お前たちにもそう言ってもらえて、何よりだ」
アマルスに皮肉を言われたことにも気づかす、ルトレギナは嬉しそうに目元を綻ばせて笑みを浮かべる。
それでも皮肉げに笑うアマルスを、ラヴェンデルが睨みを利かせて制すると、アマルスは「こわ~」とふざけた様子で肩を竦めた。
そして、アマルスはイグナジアを見つけた途端、「アンバタースコーン!」と目を輝かせながら、イグナジアへと絡みに行く。イグナジアはいつもの微笑みを浮かべてはいるが、心底迷惑そうだ。
次に、イグナジアから解放されたレイジーナが入れ替わりでこちらにやってくる。
ラヴェンデルがレイジーナに目を向けると、その凛々しい顔を柔らかに綻ばせた。
「あなたも綺麗だよ。レイジーナ君」
ラヴェンデルの純粋な誉め言葉に、レイジーナはまた、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「男前だと言ってくれ。ラヴェンデル、てめぇは誰にも見せたくないほどお可愛らしいなァ?」
「それをそっくりそのまま返すよ。男前」
この二人の間に流れる空気は、何だか他の者たちとは、違う雰囲気がする。そういう些細で不可解なことに、ルトレギナは最近になってようやく気が付いたので、本日も思わず二人を見比べて、首を捻らせた。
そうこうしている内に、イグナジアが何度か手を叩いて「はい。先輩〈七王笏〉の御二方は、そろそろ舞台に参りましょう。本日は特別に、私がエスコートして差し上げますから」と言って、二人を連れて先に舞台へと行ってしまった。
どうやら、式典前にレイジーナと二人きりで話したかったルトレギナの気持ちを、察しよく汲み取ってくれたらしい。ルトレギナはそれに内心で感謝しつつ、すぐ傍に立つレイジーナへと真っ直ぐに視線を向けた。
「ずっと、叔父上に言いたいことがあった」
「あ? 何だ」
レイジーナは訝しげに首を傾げて、頭一つ分ほど背丈の高いルトレギナを見上げてくる。
ルトレギナは少しだけ速くなる鼓動に、心の内で苦笑しつつも、レイジーナへと静かに、それを告白した。
「僕は、叔父上を王にする」
その告白に、レイジーナが今までにないほど目を丸くした。
だが、すぐにレイジーナは噴き出して笑う。
「……皇位継承権は無いにも等しい。民衆や皇族どころか、神にさえ〈傾国のもの〉と予言され、忌み嫌われる。遍く誰しもに、王と成ることを許されぬ俺をか?」
笑い終えたレイジーナは、恐ろしいほどに静かな眼差しで、ルトレギナを見据える。
その剣の切っ先のような視線を真っ向から受け止めて、ルトレギナは力強く頷いて見せた。
「ああ。そうだ。それこそが、僕が見つけた――僕の生きる意味。僕とイグナジアが必ずや、あなたの〈王笏〉と成って見せよう」
そう言い切ったルトレギナを、しばらくレイジーナは感情が読み取れぬ無表情で見上げていた。そして――。
「面白い」
一言。
レイジーナは呟くように低い声を零すと、絶世の色香を迸らせて、心の底から楽しそうな微笑みをほろりと零した。
「やってみろ」
試すようなその言葉を最後に、レイジーナが高いヒールを小気味よく鳴らして、優雅に舞台へと向かって歩き出す。
最後のレイジーナの言葉を受けたルトレギナは、震える吐息を零し、しかし、今までないほどの歓喜と高揚に鼓動を高鳴らせながら、レイジーナの背中を追った。
いずれ、後世にて。
ルトレギナ・カリステギア・デックアールヴとイグナジア・フレイは、二人で一つとも謳われて、こう呼ばれることとなる。
何よりも王の威光を放ち、何よりもの王の権威を示した――王の杖。
傾国王レイジーナの王笏と。
『傾国王の王笏』【完】




