第1話 魔王、人間になる。
誰にでも人生の中で、必ず転機に遭遇する。
良い転機もあれば、悪い転機もあるだろう。
自分にとっての最大の転機は「魔王」になれた事だ。
元は知性の欠片もない弱小の「ゴブリン」として、この世に生を受けた。
自分より強い魔物からは奴隷の様にこき使われ、それが理不尽とわかっていても、反抗する術も知らない無能な存在だった。
悔しい……自分を変える力がほしい……。
そう願い続けた時、ある力に目覚めた。
その力は「黒炎の様な形」をしているが熱はなく、自分の意志で変幻自在に形を変える事ができる。
最初にこの力を使った相手は、自分を奴隷の様に扱っていた魔物だ。
黒炎を放つと、その炎に喰われるかの様に消滅した。
いい気味だ! ざまあみろ!
その直後、急に体内で力がみなぎるのを感じた。
この黒炎は「相手を取り込み、力に変える能力」だった。
自分は、この異質な力を「闇喰」と命名した。
それから「闇喰」で、多くの魔物や魔族を取り込んだ。
すると、力だけでなく魔法や特技、知性も高まり、外見も変わっていった。
ゴブリンだった頃の面影は消え、アンデットの様なおぞましい外見に変わり、いつしか周囲の者は「魔王様」と呼び、ひれ伏すようになっていた。
300年後。
最悪の転機が訪れる。
それは「人生の終わり」だ。
我が人生に終止符を打った者の名は「カイラス」。
近年、魔族界隈で脅威と噂されている「勇者」と呼ばれる男だ。
純白の鎧に金色の髪、光る剣と盾を持ち、神話に出てきそうな英雄の様な佇まいをしている。
単身挑んでくるだけあって並外れた強さだが、一番厄介なのはコイツの能力だった。
ヤツの持つ「光の盾」は、どんな攻撃をも防ぎ、「光の剣」は我が魔法障壁をバターの様に斬り裂く強度を誇っていた。
そして激闘の末、ヤツの剣に斬り裂かれて敗北した。
肩から腰にかけて両断され、身体の崩壊が始まっている。
意識も薄れ始め、もう反撃する力すら残ってない。
あとは死を待つだけだった。
まさか人間なんかに敗れるとはな……。
カイラスは、地べたに倒れる我に切っ先を向ける。
「魔王、最後に言い残す事はあるか?」
最後か……。
何故かゴブリンだった頃の自分を思い出す。
走馬灯ってやつか……死が迫ってるのだろう。
「我の本当の正体を知りたいか?」
「何?」
「……我は、ただの……ゴブリンだ」
「ゴブリンだと? 死に際に冗談を言うとはな」
「我には……他者を取り込む……ちから……があ……る」
「他者を取り込む力?」
「お前は……ゴブリンに……ひっし……たんだよ……ヒ……ハハ……グフっ」
大量に吐血する。
最後は自分を負かした相手の勝利に、水を差すとはな。
なんと器の小さい……。
まぁ仕方ない。我は元々小物だからな……。
意識が完全に途絶えると、身体から黒炎が抜けていく。
するとゴブリンだった頃の姿に戻る。
そして灰となって朽ちる姿を見て、カイラスは驚愕した。
***
「……だよ!」
「……もう少しだよ!」
何やら周囲が騒がしい。我はまだ生きているのか?
「……よし、頭が出てきたよ! リズあと少しの辛抱だ!」
頭? リズ? 一体何の事だ? 何やら引っ張られているような感覚が……。
何かに引き出されると、瞼に光を感じ始める。
これは一体? 我はまだ生きているのか!
ゆっくり目を開くと、間近で人間の女が見つめていた。
「おぎゃあああ(なんだコイツは!)」
「良い鳴き声だねぇ」
つい取り乱してしまった。
それにしても「おぎゃあああ」だと?
なんと間抜けな声を発しているのだ……。
しかし、コイツら……一体何者だ?
視野を埋め尽くすほどの大きさ。
4メートルある我の身体を軽々と抱きかかえている。
人間……いや、違う。こいつら巨人族か?
まぁいい。どういう成り行きかは知らんが、コイツらが助けたようだな。
我を助けた褒美として、配下に加えてやろう!
光栄に思うがよい。フハハハハ!
しかし……ここは何処だ?
我を抱きかかえたまま、ベッドに横たわる若い女の下へ移動する。
「リズ見てごらん。大きな男の子だよ」
リズという女の横に我を置く。
茶色の長い髪に整った顔立ちをしている。
しかし、非常に疲れた顔をしている……病気だろうか?
だが、その瞳は愛しそうに此方を見つめている。
なんだこの女……。
普通、魔王を見たら怯えるか、ひれ伏すものだが……。
我を見て恐怖するどころか、熱い眼差しで見つめてくる。
こんな眼で見つめられたのは初めてだ。
それに、ここにいる奴等も全員変だ!
なぜコッチを見て微笑んでいる?
よほど軍門に下る事を待ち焦がれていたという事か?
「ああ……なんて可愛らしいの。私の赤ちゃん」
は? 今我になんと言った? 赤ちゃんだと?
そういえば先ほどから手足が妙に短いような……。
そして思う様に動かん……まっまさか!
我は首から下へ目線を動かした。
そこには縮こまった小さい肉体があり、明らかに自分の肉体ではなかった。
「おぎゃああああ!(なんだこの体は!)」
力に満ち溢れた邪悪な肉体はいずこに?
それになんだ!
この腹の出たプニプニした弱々しい肉体は!
まさか……我は死んだのか?
そして……人間に生まれ変わったとでもいうのか!
「おぎゃあああ(ふざけるな! こんな事、絶対に認めんぞ!)」
「元気のいい子だねぇ」
ドアの向こうから若い男が近づいてくる。
「リズ! ついに生まれたのか?」
「ええ、トーマ。可愛い男の子よ」
トーマと呼ばれる黒髪の華奢な男は、リズのもとに近づき我を持ち上げる。
「おぎゃあああ(勝手に触れるでない! 我を誰だと思っている!)」
「元気で可愛いな。こんな素敵な子供を産んでくれて、本当にありがとう」
リズは嬉しそうなトーマを見て喜ぶ。
「僕がパパでちゅよぉ。良い子でちゅねぇ」
コイツ……我を愚弄しているのか!
「リズ。俺、この子の名前考えたよ」
名前だと?
「この子の名はレオ。古いおとぎ話に出てくる英雄の名だ」
「おぎゃあああ(英雄だと。ふざけるな! 我は魔王だぞ!)」
「レオ……素敵な名ね。この子も喜んでいるわ」とリズは微笑む。
喜んでないわ! クソ! まともに言葉すら発せられない!
どうやら今の我では、何もできんらしい。
そしてこれは夢じゃなく、現実……。
何故かはわからんが、前世の記憶を持ったまま、人間に生まれ変わったらしい……。
しかも、我を殺した憎き人間と同じ種族とは……。
ああ、なんて最悪な人生の始まりだ……。
それから7年の月日が経った。




