第6話 イルカ本人にショーをダメ出しされました
1日1話、頑張ります。
翌朝、イルカプールにはいつも通りの音楽が流れていた。
少し古い、明るすぎるBGM。スピーカーの片方が傷んでいるのか、高音がところどころ割れる。
観覧席には三十人ほどの客がいた。赤潮のニュースを見て来た親子、解説展示に興味を持った地元の人、騒ぎを聞きつけた観光客。
「緊張してますか?」
隣の凛が小声で尋ねる。
「俺がですか?」
「顔が硬いです、館長」
「館長と呼ばれるたびに寿命が縮みます」
「慣れてください」
プール中央で、ルカが顔を出した。
――はいはい、まずは愛想ね。
子どもが手を振ると、ルカはくるりと回った。歓声が上がる。
ショーが始まった。輪くぐり。ボールタッチ。尾びれで水をかけるパフォーマンス。最後は大ジャンプ。
どれも上手い。失敗はない。ルカの動きは正確で、飼育員との呼吸も合っていた。
だが、蒼真には分かった。
ルカは楽しんでいない。
――はい、ジャンプ。はい、拍手。はい、次はボール。
声は明るい。だが、その下に退屈が沈んでいる。
――僕じゃなくても、いいでしょ?
胸に刺さる声だった。
ショーが終わると、担当飼育員の佐伯が汗を拭いた。
「どうでした、新館長」
「正直に言っていいですか」
「怖い前置きですね」
「ルカはすごいです。でも、ショーは古いと思います」
空気が止まった。
佐伯の笑顔が硬くなる。
「古い、ですか」
「はい。技術は高い。でも、ルカという個体の魅力が伝わっていない」
「この形式は長く続けてきました。安全管理もあります。思いつきで変えられるものじゃありません」
正論だった。
蒼真はすぐに頷いた。
「思いつきで変えたいわけではありません。まず、ルカのことを教えてください」
「ルカのこと?」
「好きなこと。嫌いなこと。人間のどんな反応に敏感か。予定外の行動はあるか」
佐伯はプールを見た。
「ルカは、人を見るのが上手いです。泣いている子には近づきすぎない。怖がっている子には水をかけない。常連さんの顔も覚えています」
「それを見せませんか」
「え?」
「技を見せるショーではなく、ルカが人をどう見ているかを観察する企画にするんです」
蒼真はホワイトボードに書いた。
『ルカは今日、何を見ている?』
凛がその文字を読み上げた。
「イルカの行動観察会……」
「毎回同じジャンプを見るのではなく、今日のルカを見る。この水族館で、この時間にしか見られないものになる」
――それ、いい。僕、選んでいいの?
ルカが水面を叩いた。
そのとき、観覧席に赤い帽子の女の子が残っているのが見えた。プールに近づきたいが、怖くて母親の後ろに隠れている。
――あの子。見たいって顔してる。
「試せますか。正式なショーではなく、短い観察時間として」
佐伯は迷ったが、凛が頷いた。
「安全距離を取って、短時間なら」
ルカは近づきすぎなかった。プール中央で一度止まり、女の子の正面ではなく、少し離れた場所にボールを浮かべる。
――こわいなら、僕が行かない。ボールだけ、先に行く。
女の子が一歩、また一歩近づく。ルカは待っている。ただ待っている。
佐伯が小さく解説した。
「今、ルカは相手が選べる距離を取っています。無理に近づかず、ボールを間に置いています」
女の子の指先がボールに触れた。
ルカは尾びれで水面を軽く叩いた。水しぶきは届かない。まるで拍手のような音だけが届いた。
「さわれた」
女の子が笑った。
観客から、自然に拍手が起こった。
――ほら。ジャンプしなくても、僕すごいでしょ。
蒼真は胸の奥が熱くなるのを感じた。
これだ。
この水族館で見せるべきものは、技ではなく関係だ。芸ではなく観察だ。
その日の閉館後、事務室のホワイトボードには企画案が並んだ。
週末限定。少人数制。撮影可。ただし過剰演出は禁止。奇跡、心を読む、超能力という言葉も禁止。
「奇跡は禁止なんですね」
佐伯が言う。
「奇跡にすると、観察しなくなります」
蒼真は即答した。
夜、公式SNSに短い動画が上がった。
赤い帽子の女の子に、ルカが近づきすぎず、ただ待つ動画。
派手なジャンプはない。大きな水しぶきもない。
それでも、一つ目のコメントはすぐについた。
“イルカって、こんなに人を見てるんだ。”
小さな波が、確かに立った。
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