第57話『信号』
日曜日ということで、まだ更新するかもです。
《試練〈火炎嫌悪〉に干渉。溶岩炉心核を吸収同化しても、完全な克服は不可であると試算。耐性低下率を確認中》
まあ、当然っちゃ当然か。あの機構一つで克服できてしまったら、それこそ問題だろう。そもそも目的は耐性低減の緩和だからね。あまり驚きはないよ。
《溶岩炉心核が胸部リアクター周辺のエネルギーを循環経路へ接続。試練〈炉心崩壊〉の根本的な克服には至りませんが、常時枯渇判定に変化があります》
「ん?火属性耐性低減の緩和ではないのか……?」
《処理を継続します。溶岩炉心核由来の熱耐性に関する性質を、全身の制御機関へ転写。凝熱血晶由来の修正性質を、損傷領域の制御機関へ転写》
こちらが溶岩炉心核を作った目的とも言える能力だ。とすれば、先程の炉心崩壊に関する話はなんだったのだろうか。
《右目、右腕、その他損傷箇所の修復を実行……大規模修復不可。限定的な修正能力の利用を中断――》
マリーの声が、そこで途切れた。いや、途切れたというよりは、むしろ続くはずだった処理音が喉元で引っ掛かったかのごとく消えたように聞こえた。
まさにその時だった。
かちり、と小さな音がした。私の体から発せられた音だということは理解できたが、それがどこから生じたものかは判別がつかない。
以前の補助機構が動いた時にも似た音を聞いた気がする。サンクティンで拾い集めた部品が馴染んでいる箇所、銀索蜘蛛から獲られたの素材を用いた箇所、雷の魔石で補ったリアクターの周辺。
それらが一つの見えない線に沿って、順番に噛み合っていく。かちり、かちり、と。
まるで、今まで無理やり仮止めしていた部品が、ようやく同じ図面の上に並んだかのようだった。
「……ん?これは」
私は左手で胸部を押さえた。
奥で小さな炉が明滅し、その収縮に合わせて全身に巡るエネルギーの経路が薄く光る。いったいなんなのだこれは。今にも進化しそうな雰囲気があるが、このゲームにそういう要素はあるのか!?
いや、たしかあったな……、じゃなくて、全身が光っているのだが!
それに、何か得体の知れない力が、どこともしれない場所から湧き上がってくるような感覚がある。ただしその感覚の中に、ほんの僅かな引っ掛かりのようなものが混じっているのが分かった。
サンクティン地下施設由来の部品。深層伝達補助機構。特殊リアクター補助機構。溶岩炉心核。どれもこの体に馴染ませてきたものだ。そのどれもが役に立っている。
にもかかわらず、それらが互いの場所を奪い合ったような、嫌な軋みが全身に駆け巡った。
《機体のコアにて、看過できない大きな変化を確認。既存補助機構群との接続が再整理されています》
「ん、再整理?」
今までマリーから聞いたこともない言葉だ。再整理?そんなことをする必要があるのか?吸収同化で得られた機構は、その能力を私に転写するような能力だろう?
それに、このスキルは機神様より賜ったものだ。そこに問題を生じさせるような、歪な能力は含まれていなかったはず……。
《サンクティン由来のパーツ、深層伝達補助機構、特殊リアクター補助機構、現行胸部リアクター周辺の制御機関、溶岩炉心核の同化反応が、同時に機体中枢への接続を要求しました。複数の働きが重複しています》
いったいどういうことだ?マリーの挙げた装置は、それぞれ正確な手順でもってこの身に取り込まれたはず。今更それぞれがぶつかり合うようなことが起こり得るのか?
「何が起こっている??」
《現在の当機体には、機神サクスザント様が設計したエクス・マキナ・アポカリプス、及び絡繰兵・一兵卒の規格と、プレイヤールイスが後天的に構築した独自機構が混在しています。各機関はそれぞれ有効に機能していますが、上位制御の優先順位に軽微な矛盾が発生しているようです》
「なんだと?そこも含めて……、いやたしか、試練に〈破損した古代の記憶〉なるものがあったはず。その効果は……」
メモリー破損(大)か。コイツが悪さをしているように思えてならない。
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■蘇りし遥か昔の悪夢
┣♦破損した古代の記憶/メモリー損傷(大)
┣♦喪われた技術の記憶/一部スキル使用不可
┣♦古代の悪意/MP自動回復速度低下(中)
┗♦激戦の爪痕/身体制御の難易度上昇(大)
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これは、私に本来備わっていた機能を制限するような傾向が強い恩寵だ。文面だけを鑑みると、サクスザント様が組み込んだ幾つかの能力、例えば何らかの知識、スキルなどを封じている点が特に悪辣だとばかり……。
メモリー破損とはいったいなんだと思っていたが、どうやらこういった内部のシステムに関するデバフのようだな。ここに来てコイツに背後を刺されるとは、何とも言い難い複雑な心境になるよ。
ふむ、今までを振り返ってみると、この壊れ朽ちた神造兵器の体に、廃墟から拾った部品、怪物の臓器、複数の魔石を継ぎ足してきた。まともな整備士が見れば卒倒するような構成だろう。今までよく動いていたものだと思う。
ただ、吸収同化は機構そのものではなく、その能力を引っぺがして取り込む能力なのではという疑問が止まない。
首を捻ってあれこれ考えていたその瞬間、視界の奥がぶわりと暗くなった。
黒いノイズが視界いっぱいに広がり、そこに細い金色の線が走る。その線はサンクティンの地下施設で見た、あのゲートに刻まれた不思議なサクス文字に酷似した紋様に見えた。
耳の奥で、遠い金属音が鳴る。響きの悪い古い鐘を打ったような音だ。
その鐘の音が響いた刹那、私の世界から音が一瞬で消えた。奇妙な余韻を残して。
ん……?
なんだ?違和感が消えた……?
《……異常信号を確認》
この無音の世界で、マリーの声だけが響く。視覚と聴覚を奪われながらも、私はなんとかこの不思議な現象の出処を探そうとしていた。
立ったままだったことに気が付き、その場で座り込んで胡座をかいた。ただひたすら自分の奥底にある不思議な違和感を調べようと、意識を深くへと落としていく。
おかしな鐘の音が響くと同時に、どこからか送信されてきた異常な信号を受信した。それと同時に、体の中を蠢いていた不快な違和感が綺麗さっぱり消えてしまった。今、この体に何が起こっているんだ?
(……マリー?)
《解析中。先程の信号は、通常の魔力反応、機体内部のノイズ、溶岩炉心核の同化反応のいずれとも完全には一致しません》
(危険か?)
《現時点で直接的な損傷は確認されません。ただし……》
マリーが言葉を切った。
珍しい。
《表現が困難です。信号内に、機神サクスザント様に関連する既知のパターンと近似する反応を確認しました》
「……機神様?」
その名を呟くと、次第に視覚や聴覚が戻ってくる。トンネルを抜けたかのような、フルダイブから覚めたような感覚に襲われ、世界に色が戻っていく。
私の異常を治めたあの不思議な鐘の音は、いったいどこから……。
ふと横を見ると、少し離れた位置からロヨンが心配そうな目でこちらを見ていた。心配いらないとばかりに手を振ると、それに納得したのか渋々と頷き、私の傍に控えた。
私は反射的に湖の中央を見た。なんとも言えない感覚に襲われたからだ。
そこに在るのは、水面から覗く黒い台座のような構造物。砂丘の上から見た時には、小さな黒い石のように見えたものだ。それは島というほど大きくはなく、崩れた台座の上部か、沈んだ構造物の一部にも見える。
そこだけ水の流れが違い、周囲に細かな波紋が生じている。今、その波紋がわずかに強くなっていた。
辺りを探るも、おかしな風はない。湖面全体は静かなままだ。倒れた柱の影に生えた草花も、僅かに生える木の葉も、今はただ穏やかに揺れている。
中央の黒い構造物の周囲にだけ、見えない指で水面をポチャンと押したように、同心円状の波が広がっていた。
《信号源を推定。湖中央部の構造物から、微弱な反応が発されています》
先程の静かな世界の中で受け取った異常信号は、どうやらあの構造物から発せられていたらしい。
《信号は溶岩炉心核の同化および各種機構の矛盾発生後に明瞭化しました》
となると、私の体に問題が発生した直後に信号が発せられたということか。ただ、私とアレにいったいどんな繋がりがあるというのだろうか。
「もしや、サクスザント様になにかしらの関係がある……?」
《その推測の確定には、詳細な調査が必要です》
私の呟きに反応してか、ロヨンがゆっくりと湖の方へ歩み寄った。杖先を水面へ向け、杖に灯した青い光を水面に落とす。
「ルイス殿、あの中央に聳える物へ向かうのですな?」
なんとも話が早い。
「ああ。どうやら、アレはただの沈んだ石ではなさそうだよ」
「儂の目にも、少々妙に映りますな。水の動きがおかしいのです。なにやら不思議な力が働いている様子にて」
まるでオアシスの中心に偶然遺構が沈んでいるのではなく、あの構造物があるから、湖の水面が鏡のように保たれている……、そう錯覚するほど、中央の黒い台座はただ静かにそこに在った。
直後、湖中央の黒い構造物を中心に、波紋が一つ広がった。
それは風に押された水の揺れとは明確に違っていた。輪の縁が妙にくっきりとしていて、薄曇りの空を映した水面を、透明な刃でなぞったかのように静かに伸びていく。
波紋は岸辺の近くまで届く前に消え、するりと水面に吸い込まれた。
「ロヨン」
彼は水面から目を離さず、杖を握る指に力を込めている。
「ええ。行きますぞ」
あそこに向かうがてら、溶岩炉心核を吸収同化した結果を確認するか。あの異常な信号のあと、不思議と体中を襲っていた不快な違和感も消えてしまったことだし。
直後、私でも分かるほどの強烈な信号が送り込まれた。ロヨンも何かを察知したのか、私に駆け寄り、辺りを警戒するように姿勢を低くして見回す。
「ぐ、う……」
「ルイス殿!?」
サンクティンで拾った古い部品群、深層伝達補助機構、特殊リアクター補助機構、溶岩炉心核、その他今まで細かな機体の修復に使用してきた雑多なパーツの数々。
そのすべてを、一つの塊として扱うための手順が、言葉もなく流れ込んでくる。今の私に必要な情報だけが、頭の奥へ無造作に放り込まれた。
「……っ」
私は奥歯を噛んだ。
今まで取り込んできた癖の強い複数の機構を、どう噛み合わせ、どこを優先し、どこに従わせるべきかが、まるで初めから知っていたことのように並べられていく。
《未知の制御情報を受領》
少し遅れてマリーが反芻した。
《既存機構群の上位制御を一度整理し、各機能の衝突を解消するための手順と、その具体的な実行方法に関してです》
オロオロするロヨンの様子が視界の端に映るが、今はそれに答えてやるだけの余裕がない。すまない、後で必ず知らせてあげるから……。
「さっきからいったい何が……、ああもう、どうせ恩寵を選んだ時もやぶれかぶれだったさ!機神様からのものなら何でも良いだろう!どうすれば!?」
あの鐘の音と共に来たのとは違うのか?もう分からない……。ただ、あの構造物から送られてきたものであるなら、サクスザント様からの物で間違いないはずだ。
《信号の流入は既に終了しています。プログラムの実行については、プレイヤールイスによる直接の許可が必要です。承諾の際には、当支援AIマリーによる実行が可能です》
「なら実行だ!」
《プログラム、実行》
ああもう、くそ!さっきからなんなんだ!
翻弄されてばかりのルイスくん、完全に遊ばれています。彼をここまで動揺させることが可能な存在は、GoAの中でもそう多くはないです。
候補は自ずと絞られるはず。
次話ではルイスくんの恩寵にかなり大きな変化が生じるかも……?




