第55話『蜥蜴の腑分け』
ストックに余裕ができたら、あと一話更新する……かもしれませんが、きっとそんな元気はありません(T_T)
そんなわけで。
私がインベントリから取り出した溶岩蜥蜴の死骸は、湖畔の静けさを台無しにするには十分すぎる存在感を放っていた。
この美しい風景に血腥いこの死骸が似合うはずもなく。美しい水面のすぐ近くで、熱に歪んだ怪物の肉塊が横たわっている光景は、何とも言い難い背徳感がある。
戦闘時の光景から分かっていたことだが、首から先はロヨンの氷によって大きく失われている。それでも胴体だけで、悠々と私の数倍はある。
「ん、というか氷魔法?も使えたのか……ん?水魔法と氷魔法は別なのか……?」
今思えば、たしかロヨンが使えると言っていた魔法は水魔法だよね?ただ、あの最後の一撃は文字通りの氷魔法だったはず。それともGoAでは、水魔法に氷魔法が含有されているのか……?
まあここらは後で尋ねれば良いか。
赤黒い鱗はところどころ割れ、鱗と鱗の隙間からは、まだ薄い白煙が漏れていた。
赤砂に落ちたその巨体の周囲だけ、じわりと色が濃くなっていった。体内に残った熱が砂を温め、細かな粒を乾かしているのだろう。熱のせいで、死骸の輪郭がかすかに揺らいで見えた。
「……この場所を選んだのは、正しかったのですかな」
ロヨンが水辺と死骸を交互に見ながら、少しだけ困ったように言う。
「水が近い。景色は良い。これ以上の作業場はそうないだろう?」
「景色が良いからこそ、躊躇うものもありましょう」
ロヨンは数拍黙り、それから諦めたように肩を落とした。
《解体対象の表面温度は討伐時よりも低下傾向にあります。ただし、内部には依然として高熱反応が残存しています。直接的な接触および切開時の熱損傷に注意してください》
死骸本体の高熱は徐々に下がっているようだが、どうやら内部には未だ高熱を発し続けている何かが眠っているらしい。
「了解。マリー、目的部位の候補を出してくれ」
私がそう言うと、マリーが私の視界を介して何やら特殊な機構を起動し、スキャンを開始したことが分かった。それを補助するためにより死骸へと近付き、膝を落として顔を寄せる。
しばらく待機すると、マリーが調査結果を教えてくれた。
《火属性耐性緩和に有用と推定される部位は、外皮鱗、鱗の下にある断熱膜、背部の熱瘤、腹腔内の熱を循環させる嚢、四肢の基部に熱を逃がす筋束があります。体液中の凝固成分も、僅かなながら熱耐性を有する可能性があります》
今回もこれらの素材を利用して火属性耐性を高めるような装備品、あるいはアイテムをファブリケーターで作り出し、その機能を吸収同化で吸い上げる予定だ。
耐性を緩和するだけならば、装備品を作ってそのまま装備するということでも良いはずだが、私がすべきことは恩寵の克服だからね。直接的に低減値を緩和することを目的に動いた方が懸命だろう。
《注釈ですが、火炎放射に関わる口腔および喉部は損壊が大きいため、主要素材としての利用は難しいでしょう》
「まあ、顔を吹き飛ばして倒したんだ。当然だね」
非常に残念だ。それらが残っていれば、何らかの面白い機構を作れたのではないだろうかと思わずにはいられないが、あの一撃が無ければ私はここにいないからね。それはあまりにも傲慢というものだ。
死骸の傍でじっくりと観察するが、相変わらずの熱気だな。どこから解体を始めるべきか。
とはいえ、今の私はまだ万全には程遠い。溶岩蜥蜴の火炎を浴びたことで生じた損傷は、あくまでも応急処置によって辛うじて動けるようになっただけだ。
銀牙は失われ、左腕も無理を重ねている。片腕で巨大な怪物を解体するには、いつも通り工夫が必要だった。今回は、ロヨンの協力も必要かもしれないな。
私はインベントリから、以前銀索蜘蛛を腑分けするために作った簡易的な解体具を取り出した。楔、短い梃子具、浅い鉤、幅狭い切開刃。あの時より少し摩耗しているが、まだまだ現役で使えるだろう。
ただ、今回ばかりは些か相手が悪い。
表面は焼き固められた陶片のように硬く、鱗の隙間から漏れる熱が、こちらの作業精度を乱すのだ。
「これはこれで、新しい趣があるけれど、作業には向かないな……」
私はとりあえず鱗の重なりに楔を差し込み、その構造をじっと観察した。
溶岩蜥蜴の鱗は、一枚一枚が小さな盾のようになっている。外側は黒く焦げた岩片に似ているが、裏側へ近い部分には暗い赤の筋が走っている。
鱗の縁は決して滑らかではなく、細かな鋸歯状の凹凸を持ち、それらの構造が隣の鱗と噛み合うように重なっていた。
当然、ただの防御だけが目的ではないのだろう。
動くたびに鱗同士の隙間が開き、そこから内部の熱を逃がすような仕組みに見える。逆に炎を吐く前には、全身の鱗が締まり、熱を内側へ押し留めるのだろう。戦闘中に見たあの橙色の脈動は、おそらくこの鱗の下を走る熱の流れだった。
「本当によくできているな。まるで全身が炉の蓋みたいだよ」
《外皮は断熱、防御、放熱調整を兼ねていたと推定されます》
「うーん、なんとも欲張りな皮膚だね」
私は角度を変え、もう一楔を度打ち込む。
ぱき、と乾いた音がして、鱗の一枚がわずかに浮いた。
その隙間から、もわりと熱い空気が漏れる。死骸の内部に閉じ込められていた熱の塊が、ようやく出口を見つけたかのように、弱い風を伴って私の顔の前へと押し寄せた。
「うわ、まだ熱いな」
「おお、これはまた……死してなお、あの血湧き肉躍る高熱は健在のようで……」
血湧き肉躍るのか……。
ロヨンも近付き、溶岩蜥蜴の死骸を目を丸くして覗き込んでいる。彼は学者らしい好奇心を抑えきれないようで、ガスマスクのレンズ越しに鱗の断面を凝視していた。
「ロヨン、手を出すなら気をつけてね?下手に触ると火傷じゃ済まないからさ。それから、解体の際は少し手伝ってもらうかも」
「心得ております。観察には水を薄く張っておく必要がありますな」
ロヨンが杖を軽く振ると、湖の水がまるで細い糸のように伸び、私たちの周囲の空間に薄い膜を作った。水は熱に触れて白く霞むが、すぐ蒸発してしまうほどではないようで、作業場の温度が少しだけ下がった。
これはかなり助かるな。
「ロヨン、ありがとう」
私の感謝に目礼で返すと、そのまま興味深げに死骸の観察を続けた。
私は浮いた鱗を梃子具で更に持ち上げ、それを固定具で支えてから根元の膜を短刃で切り離した。
鱗の下にあったのは、赤黒い肉ではなく、灰色がかった半透明の膜だった。膨らんだカエルの腹みたいな色合いだ。厚みは薄いが、ただの皮ではないように見える。細かな管が網目のように走り、その中に暗い橙色の液体がわずかに残っている。
膜を刃先で軽く押すと、ぷつ、と小さな抵抗を伴って切れた。切り口から滲んだ液体が、石の上へ落ちる前に粘りを持って固まり、黒ずんだ琥珀のような粒になった。
「血液というより、冷えた樹脂みたいだな。そもそも血液なのか?戦場跡で見つけた血液の塊は、もっと
ドス黒い色をしていたはずだから、これは別の液体と見るべきか……」
うーん、謎である。まあ簡易鑑定すれば済む話だ。
《凝固速度が極めて高いです。体外へ出た瞬間に熱を逃がし、保護膜として固まる性質を持つ可能性があります》
「傷口を塞ぐのにも、熱を逃がすのにも使っていたわけか。生き物としてかなり合理的な作りだね。」
私はその粒を慎重に回収した。
▼採取素材▼
♦溶岩蜥蜴の外皮鱗×複数
♦断熱膜×複数
♦凝熱血晶×複数
簡易鑑定によると、鱗には文字通り耐衝、耐熱、それから体内の熱をコントロールする働きがあるらしい。断熱膜は熱の移動を促進することと、鱗がダメージを負った際にその傷を修復する働きがあり、凝熱血はその断熱膜内に存在するものであるそうだ。
断熱膜の修復能力も、実際は凝熱血による効果だろう。程々に採取できたし、とりあえずはこの位で十分だろうか。
よし、次に狙うのは背中の瘤だ。
溶岩蜥蜴の背には、黒く冷え固まった溶岩のような瘤が並んでいる。戦闘中は呼吸のたびに赤く光っていたが、今はそのほとんどが沈黙していた。ただ、かなり近付くことで、未だ内部に熱が籠っているのが分かる。
私は瘤の根元へ刃を当てた。
うーん、硬い。それに、刃が……素材に負けているね。
鱗とはまた違う硬さだった。外側は岩に近いが、内側にはわずかな弾力があるように感じた。切るというより、削りながら割る必要があるか?
「果たしてこれは骨なのか、臓器なのか」
私は楔を瘤の根元へ打ち込み、少しずつ割れ目を作った。割れ目の奥には、赤黒い蜂の巣のような孔が無数に並んでいる。そこへ熱が流れ込み、蓄えられ、必要に応じて全身へ送られていたのだろうか。
孔の内側には何やら薄い光沢があった。まるで炉の壁面に焼きついた鉱物膜だ。指先を近づけると、熱だけではなく、微かな魔力のざらつきが感じられた。
これは非常に面白い。本当に炉と同じような働きをしていたようだ。これを生き物が生来の身体構造として有しているのか?怪物とはまだ生易しい表現ではないか……。
瘤の一部を外すと、内部から太い管の束が現れた。
それは柔らかな煙突のような構造に近かった。赤黒い管が何本も束ねられ、外皮へ向かって枝分かれしている。管の表面には細かな横縞があり、触れるとわずかに収縮した。
よくよく調べてみると、死んでいるにもかかわらず、どうやら熱に反応して縮んでいるのだ。
「おお、これは面白いな」
《熱量に応じて収縮し、体表への排熱量を調整していた可能性があります》
「生き物の筋肉でありながら、調整弁のように働いているのか」
私はその束を切り離す前に、しばらく観察した。なんだか滑稽で、玩具にように感じたからだ。
この溶岩蜥蜴は、体の中で直接熱を作り出し、溜め、それを巡らせ、外へ逃がすことが可能だったわけだ。そのすべてを生体器官で行っているというのだから、不思議な話である。これは炎を吐く能力が失われていても、外皮と背部器官だけで十分に価値があると言えるだろう。
私は鉤で筋束を軽く持ち上げ、短刃で付着部を切り離した。切断面から黒い液が滲む。すぐに固まり、管の口を塞いだ。
▼採取素材▼
♦溶岩蜥蜴の背部熱瘤片×複数
♦熱を逃がす筋束×複数
残るは腹側だ。
巨体を完全にひっくり返すのは無理があるため、私は大地魔法で死骸の下に小さな石の突起を作り、片側を少しだけ持ち上げた。ロヨンが生み出した大きな水の膜で滑りを抑え、どうにか腹部の一部へ作業空間を作る。
腹側の鱗は背よりも薄いようだ。その代わり、隙間には粘つく灰色の膜が幾重にも重なっていた。外敵から腹を守るというより、内側の熱を逃がしすぎないように包んでいる印象だ。
刃の当て方や引き方を工夫して何とか切り開くと、内部の構造がよく見えた。
まず目に入ったのは、太い袋状の器官だ。赤黒い膜でできた袋が、いくつも連なっている。表面には細かな筋が走り、その筋が背部の瘤の方向へ向かって伸びていた。袋の中では、まだ熱を帯びた何らかの液体が揺れている。
「これが熱を循環するための嚢か」
《複数の嚢が連結し、熱と火属性魔力を段階的に緩衝していたと推定されます》
熱循環嚢は非常に扱いが難しかった。
刃を入れすぎれば中身が漏れる恐れがあるし、もちろん浅すぎれば取り出せない。しかも、周囲の膜と複雑に絡み合い、管や筋束があちこちへ伸びている。銀索蜘蛛の導線腺とは別の意味で繊細だった。
私は何度も手を止め、マリーの指示を待ちながら、ロヨンの協力もあって少しずつ支持組織を切り離した。
切開するたびに、熱い湿気が漏れる。現実の生物なら腐臭や血臭に顔を顰めるところだが、こいつの内部から出てくる臭いはそれだけではなかった。生き物の腹の中なのに、古い工房を開けた時のような、油臭い匂いがする。
この世界らしいと言えば、この上なくこの世界らしいが、なんだそれはと思わずにはいられないだろう。古い工房の臭いとは……。
「よし、取れた」
ようやく切り離した熱循環嚢を、私は平たい石の上へ置いた。
袋状の器官は、ゆっくりと脈打つように形を変えた。もちろん生きているわけではない。内部の熱があちこちへと移動し、膜がそれに合わせて伸び縮みしているだけだ。
▼採取素材▼
♦溶岩蜥蜴の熱循環嚢×1
「とすると、これが核だな」
嚢を全て摘出した後、その奥から凄まじい熱量を放っていた不思議な結晶が見えたのだ。それを他の臓器や構造物を取り除くことで取り出し、手に取って眺める。
赤というよりもむしろ黝く見えたそれは、陽の光に照らすと赤黒く輝いた。持てないほどの熱ではないが、魔力を込めたりすれば、私の手が容易に溶ける程の熱を発することだろう。
▼採取素材▼
♦溶岩蜥蜴の魔石(大)
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【SR】溶岩蜥蜴の魔石(大)
┗成熟した溶岩蜥蜴から採取できる大きな魔石。この魔石は冷めることなく熱を発し、大きな体を動かす動力源として機能していた。魔力を込めることでより強力な熱を生み出すことができる。特殊な工夫を必要とするが、武器や防具に利用することで強力な追加効果を得られるだろう。
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つ、強い……。
武器防具に使う予定はないが、仮に銀牙の代わりの武器を作る際に利用することができれば、かなりの強化に繋がるのだろうが……。
まあ今は、火属性耐性の緩和を優先すべきだろう。熱を制御する力が備わっているなら、素材の組み合わせ次第で耐性緩和以外のメリットも望めるはずだ。
《溶岩蜥蜴から得られる素材の中で、最も有用と推定されます》
超生物の内蔵の描写、やっぱり楽しいです。銀索蜘蛛の時も思いましたが、現実のあれこれを無視して描ける分、他の描写よりもむしろ楽かもしれません。




