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〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ
第三章▼恩寵の克服▼

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第44話『阿呆』

 昨日お休みした分、本日は少し多めに更新するかもしれません。

「邪神の眷属?」


 尋ねるような口調で問いかけた。


「ああ、知らねえの? 機神系ってやばいんだろ。アルマッドの教会でもそういう話を聞いたぜ。昔、世界を滅ぼしかけた邪神だとか何とか。掲示板にもそう書いてあったし」


 後ろにいた短槍の少年が、調子づいたように口を挟む。


 たしかに機神は過去に一度、この世界を滅ぼした歴史がある。破壊の限りを尽くした後、何らかの力によって復元されたようだが、その伝承は今でも残っているのだ。


 その痕跡はきっと私の想像以上に克明に残っているはずだし、住人と深く関わることでそういった情報を得られることもあるだろう。


「機械系の種族って、なんか呪われてるとかも見たな。あれ、正確には機神の祝福を受けてる連中が危ないんだっけ?」


 どちらの言葉も、整理された知識から出たものではなかった。


 掲示板で流し読みした書き込み。どこかの神官から聞いた小話。誰かが面白半分に広めた噂。そうした断片を、その場の空気に合わせて並べているだけだ。


 たしかにそういった論調の噂話があるのは事実だ。過去に暴れた神の眷属なのだから、当然そういった見方をされるのは承知しているし、私以外の多くの機械系ユーザーも納得している部分があるだろう。


 そんなこと言っても、世界は相変わらず続いているし、なんなら目先の敵は機神ではなくアビステイカーであるし。その噂話を真面目に気にしているユーザーも、そこまで多いとは言えないだろう。


 ただ、私個人としては非常に不愉快に感じる。


「どっちでもよくね?」


 先頭の少年が笑った。


「こいつ倒したら、勇者っぽい称号が出たりしてな。邪神の眷属討伐、みたいなさ」


 周囲に軽い笑い声が上がる。


 隣の少女が、さすがに顔を引きつらせた。


「ちょっと、それは言い過ぎ」


「でも、機神って邪神扱いされてる地域あるんでしょ? 教会の人も、変な機械には近づくなって言ってたし」


 短杖の少女が、ためらいがちにそう言った。


 少年の様に強い悪意がある声ではなかった。ただ、どこかで聞いた言葉を、そのまま口から出しているだけに聞こえる。それがかえって鼻につく。


 知らないこと自体は罪ではない。


 私だって、この世界の大半を知らない。だが、知らないまま他者を裁く姿は、あまりにも滑稽だった。私たちの方がずっと濃密な経験をしているはずだが、それをバカにされたように感じた。


 ロヨンが、静かに一歩前へ出る。


「若き旅人方」


 その声は低く、穏やかだった。五人の視線がロヨンへ移る。


「何だよ、お兄さん。ってか、背高いね」


 先頭の少年がバカにするように笑う。


 それに対してロヨンは怒鳴らなかった。年配者として、きっと言いたいことの一つや二つ、あるだろう。しかし、それすらも億劫に感じるほど、こいつらは酷い。


 彼は一拍置き、杖の先を静かに敷石へつけた。硬い音が足元で鳴り、先ほどまで浮ついていた空気がわずかに締まる。


「無知は責めませぬ。知らぬことは誰にでもあります。世界は広く、人が一生で知り得るものなど、母なる大地の表層を撫でる砂粒ほどに過ぎませぬからな」


「あ?」


「ですが、知らぬものを断じる軽薄さは罪ですぞ。己の頭にあるものがそこらの壁にある落書きと、どこぞの神官が語った都合の良い教えだけであるなら、せめて口を閉じておくべきでしょう。空の器ほどよく鳴るものですが、その音を聞かされる側にも限度がございます」


 その言葉はとても丁寧だった。一見、年下の人に優しく話しかけているようにも見えるだろう。しかし、丁寧だからこそ、侮辱の輪郭がくっきりと浮かび上がるように感じるのは私だけか?


 そうではなかったようだ。


 先頭の少年の顔から笑みが消えた。短槍の少年が「何だこいつ」と呟く。先頭の少年は、言われた内容を一拍遅れて理解したのか、頬を赤くした。


「てめえ、今俺らを馬鹿にしたのか?」


「馬鹿にしたのではありません。しばらく観察した結果わかった、事実を述べただけです」


 ロヨンは淡々と続ける。


「古き機神を邪神と呼ぶ者は確かにおります。神々にとって都合の悪い真実を、邪と呼び替えるのはよくあることですからな。ですが、彼の神が愛した技術、その技術を育んだサクスドルフ、その民が受けた理不尽、何一つ知らぬまま眷属だ討伐だと騒ぐのは、幼子が影に怯えて棒を振り回す姿に似ております」


「サクス……何?」


 短杖の少女が戸惑ったように呟いた。


 彼女は本当に知らないのだろう。


 私は軽く息を吐いた。人間らしい動作はこういう時に便利だ。呆れも、退屈も、侮蔑も、息一つで形になるから。


「つまり、君たちは何も知らないわけだ」


 私はロヨンの横へ並ぶ。


「何も知らないのに、勝手に分かった気になって、無遠慮に鑑定を飛ばして、その結果で私たちを邪神の眷属と蔑み、最終的に倒せば勇者になれるかもと騒いだ。すごいな。ここまで浅いと、むしろ尊敬だよ」


 バカにするように鼻で笑ってやった。


「何だと?」


 先頭の少年の足が半歩前へ出る。


 私はその腰にある剣へ視線を落とした。派手な装飾はあるが、刃の収まりが少し甘い。武器そのものより、武器を持った自分に酔っている手合いだ。


「その剣、飾りかい?」


 少年の眉が跳ねた。


「武器を持って歩くなら、もう少し君の頭の中にも何かをを詰めておいた方がいい。格好良い剣だけぶら下げて中身が空っぽだと、転んだ時にうるさい音が鳴るからさ」


 短槍の少年の表情が険しくなる。


 先頭の少年は、はっきりと顔を歪めた。なんだ、この程度の煽りで怒るのに、あんなトラッシュトークをしかけてきたのか?舐められたものだ。


「お前、喧嘩売ってんのか」


「もし仮に売っているように聞こえたのなら、君のその軽い頭の中にも最低限の理解力は残っているらしい。うん、安心したよ」


 ロヨンがこちらを見た。


「ルイス殿」


 止める声ではなかった。


 私がどこまでやるのか、ただ確かめている響きだった。


「ごめんね、ロヨン。君ほど品よく罵るのは難しい。どうしても直接的になってしまうね」


 ロヨンは数拍黙り、それから低く笑った。それに合わせて私も声を上げて笑う。ああ、見ろよあの激情に燃える顔!みんなムカついて眉をひそめているぞ!


 私の言葉一つであんなにもコロコロ表情を変えるなんで、分かっているじゃないか。そういうのが好物なんだよ。


「はははは、ああいえ、実に分かりやすくてよろしいかと」


「ふふ、そうか。なら続けよう」


 私は少年の目を見る。


「君、鑑定に失敗したんだろう?」


 少年の表情が固まった。


「この距離になるまで、私たちが旅人かどうか判別できなかった。後ろの彼も、何か隠蔽系を持っているのかと言っていたね。つまり、君は無断で鑑定を仕掛けた上に、まともに情報を抜けなかったわけだ」


「それは――」


「その程度の腕で、よく人を邪神の眷属だの討伐対象だのと言えたものだ。見えないものを見たつもりになる才能はある。剣士よりもむしろ詐欺師に向いているんじゃないか?」


「黙れよ!」


 少年が剣の柄を掴む。


 隣の少女が慌てて腕を伸ばした。


「待って、やめなって! ここで旅人同士で戦う意味ないでしょ!」


「うるせえ! 先に煽ってきたのはこいつらだろ!」


「最初に鑑定したのは君じゃないのか?赤髪くん」


「だから、間違えただけだって言ってんだろ!」


 そのやり取りを見ながら、私は五人の位置を確認した。


 先頭の少年が最も近い。隣の少女は制止しようとしているが、完全に止めるほどの意思は感じられない。後ろの短槍の少年は、すでに槍を握り直していた。短杖の少女は不安そうにしながらも、杖先をこちらへ向けて魔法を放つ準備をしている。青年は大剣の柄に手を置き、状況を測っていた。


 このエスカレートした状況を止める者はいない。


 彼らの中では、これは小競り合いなのだろう。あるいは、五対二なら負けるはずがないと考えているのかもしれない。


 面白い。ここまで分かりやすく危機感がないと、胸の奥に黒い喜びが湧いてくる。


「ロヨン」


「はい」


「彼らは旅人だ。死んでも生き返るのは知っているね?」


 会話内容に不穏なものを感じたのか、先頭の少年が一瞬だけ眉をひそめた。


「ええ、私たちとは違い、旅人は死ぬとどこかで蘇る、と」


「その通りだ。言いたいことは分かるね?」


 ロヨンがこちらをジッと見つめる。


 見えないはずのガスマスクの奥の目が、わずかに細くなった気がした。


「その判断、我らが希望らしくて大変よろしい」


「希望?何だそれ」


 先頭の少年が吐き捨てるように言った。


「痛い設定かよ。邪神の眷属が希望って、笑えるな」


「笑えるならいつまでも笑っておくといい」


 私は銀牙の柄を握った。


「すぐに分かるさ」


 それに釣られて少年の剣が抜かれる。


 乾いた金属音が街道へ響いた。


「上等だよ。そこまで言うなら教えてやる。俺は剣神ソルドラシュ様から恩寵を賜ってんだ!」


 剣神ソルドラシュ。


 初めて聞く名だ。由緒ある神なのか、少年が掲示板で見た名前をそれらしく読んでいるだけなのかは分からない。だが、少なくとも今の彼の口から出ると、ずいぶん安っぽく聞こえた。


「俺の剣に斬れねえものなんかねえ! 機械だか邪神だか知らねえけど、まとめて叩き斬ってやる!」


 彼が叫ぶたび、剣先がブンブンぶれる。興奮で手元が浮いているのだ。勢いはあるけれど、構えの奥に沈んだ強かな重さはなかった。


「すごいな」


 私は素直に感心した。


「その台詞を、初対面の相手に、それも無断鑑定を失敗した直後に言えるのは才能だよ」


「まだ言うか!」


 少年の顔がさらに赤くなる。


 ロヨンはその様子を眺め、わずかに杖を傾けた。


「ルイス殿、彼の器は浅そうですな。あまり叩くとパカりと割れてしまいますぞ」


「割れるなら、器だっただけマシだと思うよ。私はてっきり、中身のない紙袋かと」


「てめえらぁ!」


 少年の剣に青い光がまとわりついた。


 粗い粒子のような輝きが刃の周りを走り、空気を震わせる。後ろの四人も慌てて武器を構える。短槍に淡い緑の光。短杖の先に赤い火の粉。青年の大剣には薄い白の筋。制止していた少女も、諦めたように斧を抜いた。


 いかにもゲームらしい光景だった。


 駆け出しの旅人たちが、初めて覚えた派手なスキルを振りかざし、敵だと決めた相手へ向かう。相手が低レベルのモンスターなら、きっと楽しい戦闘になっただろう。


 だが、残念ながら相手は私たちだ。


「スラッシュエッジ!」


 先頭の少年が威勢良く駆けながら叫び、跳ねた勢いを利用して剣を斜めに振り下ろす。


 青い斬撃が刃から離れて飛んできた。軌道は大雑把だが、速度だけはそれなりにある。狙いは私の胴体か、あるいはロヨンも巻き込むつもりなのか。威勢のいい叫びに対して、制御はずいぶん雑なように見える。


 ロヨンが杖を前へ出した。その動きはとても静かだった。


 道端の石を退ける老人のような、あまりに自然な所作。だが、杖頭に灯った光は異様だった。黒と黄が混じり合い、濁った蜂蜜に夜の底を垂らしたような色が、ぱっと花のように開く。


 刹那、空気が軋んだ。


 飛んできた青い斬撃が、ロヨンの前で歪む。まっすぐ進んでいたはずの光が、見えない網に絡め取られたようにたわみ、薄く引き伸ばされ、最後には音もなく砕け散った。


 次の瞬間、五人の身体が硬直する。驚いてではなく、何かの理を持って行われた行為の結果、こうなっているのだ。


 先頭の少年は剣を振り下ろした姿勢のまま。短槍の少年は突き出そうとした槍を半端な位置で止めたまま。短杖の少女は火の粉を浮かべた杖を掲げたまま。青年は一歩踏み出した姿勢で、制止していた少女は斧を軽く握ったまま。


 彼らの腕が、不自然な角度で縫い留められていた。


「な、なんだよ、これ……!」


 先頭の少年が声を絞り出す。


「動けない……!」


「うそ、何これ、状態異常?」


「解除できない! 何で!」


 短杖の少女の声が裏返る。


 青年が歯を食いしばった。


「おい、何した! 何のスキルだ!」


 彼らの問にロヨンは答えなかった。


 ロヨンはただ、杖を軽く下ろす。黒と黄色の光がゆっくり薄れ、それでも五人の拘束は解けない。


「ルイス殿」


 ロヨンが私へ振り向く。


 その所作は丁寧だ。


 杖を持っていない方の手を五人へ向けてすっと差し出す。手のひらを軽く上向け、体をわずかに引き、進路を譲る。信徒が祭壇へ供物を示すような、恭しい仕草だった。


「彼らをあなたの糧にするべきです」


 五人の顔色が変わる。


 ようやく言葉の意味を理解したのだろう。


 先ほどまでの怒りや軽薄な笑みは、みるみる恐怖へ置き換わっていく。目が揺れ、唇が震え、喉が上下する。動かない身体の中で、表情だけが忙しく逃げ道を探していた。

 狂信者の前で決して行ってはいけないこと、それは彼らの信じる神を真正面から否定することです。彼らにとって不幸だったのは、その侮辱した神を祀る神官の末裔が目の前にいたことでしょう。

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