表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ
第二章▼避難所から始まる地下研究所探索▼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/35

第34話・閑話『不自由に生きる』

 近頃はより多くの人に読んでいただけているようで、感謝の念が絶えません。今後もどうぞよろしくお願いします!

 「くあああ……」


 自分でも情けない声だと思った。


 フルダイブから目覚め、ドリーム・スケイルの内側でしばらく脳を休める。そうして数分ほど経った頃、ようやく意識の底に沈んでいた感覚が、じわじわと現実の輪郭を取り戻し始めた。


 仮想の身体で感じていた軽さが抜けていく。代わりに、重力がのしかかってくる。さっきまで別の世界で機械の身体を動かしていた意識が、現実の肉体へ戻された途端、あまりにも頼りない器へ押し込められたような息苦しさを覚えた。


 別に激しく運動したわけではない。現実の私は、ただ機体の中で横になっていただけだ。それなのに、数時間ぶりに自分の身体を使おうとしただけで、筋肉が文句を言い、関節が鈍く抵抗し、肺が酸素を求める。


「……ほんと、現実の体は面倒だな」


 掠れた声が、カプセルの内壁へ小さく跳ね返った。


 ドリーム・スケイルは、もともと医療補助の思想を強く残したフルダイブ機器だ。脳と神経への負荷を抑え、覚醒後の感覚のズレを最小限にするため、内部環境はかなり細かく制御されている。


 温度、湿度、圧力、寝具の沈み込み、覚醒時の照明の強さまで、使用者の身体状態に合わせて調整される。


 それでも、完全に楽になるわけではない。


 私のような体質の人間にとって、現実へと戻る瞬間は毎回ちょっとした試練だ。仮想世界で研ぎ澄まされていた感覚が、現実の重さと不自由さに押し潰される。起き上がるまでの数分間、重力そのものが敵に回ったような気分になるのだ。


 私や森さんと同じような症状に苦しむ人間は、昔から一定数存在している。


 今ではそれなりに知られたものになったが、もちろん最初から病として正しく理解されていたわけではない。ずっと昔には、体力がない、根性が足りない、怠けているだけだと片付けられ、家族や周囲の期待を裏切るような目で見られた人も多かったらしい。


 その話を聞くたび、少し悲しい気持ちになる。


 今の私は、まだ恵まれている。少なくとも、自分の体がこういうものだときちんと説明できる言葉があり、それを研究する医者がいて、支援制度があって、社会全体を通した病への認識がある。


 過去の人たちは、どうにもならない身体を抱えながら、その苦しさをうまく説明する術さえ持たなかったのだ。


 この症状とVRの関係が注目されるようになったのは、フルダイブ技術が一般に普及し始めてから、そう時間が経たない頃だったという。


 現実では虚弱で、すぐ疲れ、長時間の外出にも強い負担を覚える者たちが、VR内では異様なまでに高い適応力を示す。最初は偶然の一致だと思われていたらしい。


 だが、似たような報告が各地から積み上がるにつれ、研究者たちはそこに何らかの傾向があることを認めざるを得なくなった。


 VR空間に限った驚異的な空間把握能力。


 一瞬見ただけの地形や情報を、そのまま焼き付けるような記憶力。


 常識外の体の操作や戦闘、創作、設計において発揮される、説明の難しい直感の鋭さ。


 普通なら習熟に長い時間を要するはずの感覚を、まるで最初から脳に持っていたかのように扱う者もいた。


 ただ、その事実を羨む人は、思ったほど多くない。


 今の世において、VRは確かに第二の人生と呼べるほどの地位を得た。仕事も学習も娯楽も、交友関係さえも、仮想空間の中で完結することが珍しくなくなっている。現実の距離や身体的な制限を飛び越え、誰もが別の姿と別の場所を手に入れられる。


 それでもなお、現実こそが私たちの生活の土台だ。


 眠る場所も、食べる物も、病院へ行く身体も、誰かと実際に向き合う時間も、結局はこの重い世界にある。そこで不便を抱え続けるということは、VR内で得られる利点だけでは簡単に釣り合わない。


 多くの人にとって、VR内でだけ発揮される特別な才能など、現実の健康と引き換えにするにはあまりにも鈍い輝きなのだ。


 VRに生きる人々を除いては。


 彼らの中には、私たちを眩しいものでも見るような目で見る者がいる。


 彼らに悪気がないことは分かっている。むしろ純粋な憧れなのだろう。仮想世界で異様な適応力を見せ、普通なら辿り着けない領域へ進んでいく私たちを、選ばれた存在のように受け取る人がいる。


 けれど当事者である私からすれば、その羨望は時々、本物の呪いのように感じられる。


 地面の下から見上げるような、湿った視線。


 お前には才能があるのだから、その苦しみには意味があるのだと、どこかで勝手に納得されてしまうあの……。


 そんなものに晒され続ければ、自分に特別な能力があると分かっていても、進んでVRの世界を旅する選択を取れる人は多くないだろう。


 現実の身体の虚弱さを含む様々な不便に見合うほどの才能がある。それは確かだ。だが、それがそのまま幸福に繋がるほど、人間の生活は単純にできていない。


「ああ、クソだ……本当にこの体は……」


 吐き捨てるように言ってから、私は少しだけ目を閉じた。


 こんな体に産んだ親を恨んだことは、一度や二度ではない。幼い頃は、なおさらだった。どうして自分だけがすぐ疲れるのか。どうして他の子と同じように走れないのか。


 今では、その思いにもそれなりに折り合いをつけている。


 親に欠片ほどの罪も無いことをしっかりと理解している。周囲に知識がなければ、理解が追いつかないのも当然だ。


 私自身もこの身体の扱い方を覚えるまで、随分と時間がかかった。それでも、行き場のない黒いものは内側に残る。沈んで、澱んで、VRから目覚める際に時々こうして嫌な感覚を覚えながら目を覚ます。


「よっ、と……」


 私はカプセルの縁に手をかけ、ゆっくりと上体を起こした。いきなり動くと、頭の奥がふらつく。ドリーム・スケイル内にある照明に薄く白い光が灯り、起き上がりを支えるように背面の角度が少しだけ変わった。


 ああ、ありがたい。


 ありがたいが、機械にここまで気遣われていると、情けなさも一緒についてくる。


 私は足を外へ下ろし、しばらく床の冷たさを確かめた。薄手の靴下越しに伝わる感触は、VR内のどんな感覚よりも鈍く、そして重い。指先に力を入れ、膝を伸ばし、身体が現実の姿勢を思い出すまで待つ。


 それから機体の縁を跨ぎ、壁に片手を添えながら部屋を出た。


 リビングへ向かう途中、窓の外が視界の端に入る。


 相変わらず白かった。


 この土地の冬は、時々こちらの都合など一切考えない顔をする。世界の輪郭を雪で塗り潰し、遠くの建物も、道も、木々の枝先も、静かな白の中へ沈めてしまう。


 晴れている日でさえ、光はどこか硬く、冷たく、窓ガラスの向こうに別の世界が広がっているように見える。


 試される大地。その中でも更に試される地域。


 誰が言い始めたのか知らないが、昔の人はなかなか上手いことを言ったものだと思う。外へ出るだけで試される日がある。息を吸うだけで肺の奥がきゅっと縮む日がある。弱い身体にとっては、この自然の雄大さはかなり手厳しい。


 それでも私は、この土地で育てたことを幸運だと思っている。


 今の時代になってもなお、ここには広い空と、長い冬と、濃い緑の季節が残っている。街の密度から少し離れれば、風の音も、雪の積もる様子も、湿った土の匂いも、妙に生活と近い場所にあった。


 そんな外を眺めていると思い出す。


 私たちのような症状を持つ者を支える仕組みは、研究の進展とともに少しずつ整えられていった。


 その一つが、幼少期から特別な訓練と医療的な管理を受けられる養護施設だ。身体の虚弱を可能な限り和らげるための運動、呼吸や姿勢の訓練、栄養管理、発作的な疲労への対処法。


 外出が億劫になりやすく、孤独へ沈みやすい私たちが、同じような境遇の子供たちと関われるようにするための集団生活。


 もちろん、綺麗事だけで済む場所ではなかった。


 特別体調の悪い日もある。誰かが入院することもある。思うように動けない苛立ちをぶつけ合う日もあった。大人の目が届くからこそ息苦しい瞬間もあったし、同じ症状を持っているからこそ、互いの醜い部分を見抜いてしまうこともあった。


 けれど、あそこで過ごした時間がなければ、私は今よりずっと狭い場所で生きていたと思う。


 今の医療は、最初から今の形で存在していたわけではない。


 VR普及の初期にこの症状が広く知られるようになった頃、すでに研究は始まっていたという。それでも当時は対症療法が今ほど発達しておらず、虚弱な体質に起因する合併症に苦しむ人が多くいた。


 感染症、呼吸器の不調、筋力の低下、長期の活動制限による別の問題。記録を読むだけでも、胸の奥が重くなるような例は少なくない。


 彼らは、今の私たちよりずっと不便な身体で、ずっと不確かな治療を受けながら、それでもデータを残してくれた。


 VR環境での反応も、現実での負荷も、薬の効き方も、訓練の成果も、それらの失敗例も。誰かの苦しみが記録になり、記録が治療になり、治療が次の世代の生活を少しだけ楽にしていった。


 だから私は、VRの発展にも、彼らの犠牲にも、頭が上がらない。


 こうして文句を言いながら起き上がれるのも、ドリーム・スケイルのような機械を自宅で使えるのも、昔の誰かが痛みの中で積み重ねたものの上に成り立っている。


 なんとか辿り着いたリビングは静かだった。


 簡素な家具がいくつか置かれているだけで、飾り気はあまりない。余計なものを増やすと掃除も移動も面倒になるし、何より体調が悪い日に足を引っかける危険が増える。だから私の生活空間は、自然と必要最低限へ寄っていった。


 その中で唯一、少しだけ目立つものがある。


 小さなサイドテーブルの上に、ぽつんと置かれた一枚の写真。


 私は手を伸ばし、それをそっと持ち上げた。


 写真の中では、子供たちが綺麗に並んで笑っている。背丈も表情もばらばらで、列の端では誰かが少しふざけて首を傾けていた。撮影した大人が何度も並び直しを指示したのだろう。前列の子供たちはきちんと座っているが、後列にはじっとしていられない空気が残っている。


 懐かしい顔ぶれだった。


 その一人一人について語り出せば、きっと長くなる。馬鹿みたいにくだらない喧嘩もしたし、夜中にこっそり集まってゲームの話で盛り上がったこともある。体調が悪くて訓練を休んだ日に、誰かが隠れて菓子を持ってきてくれたこともあった。


 彼らとの記憶は、今でも妙に鮮明だ。


 そしてありがたいことに、その交流は完全には途切れていない。


 全員が同じ施設の出身で、同じように身体の扱いに苦労し、同じようにVRへ強い適性を示した。だからというべきか、彼らの多くは今も筋金入りのゲーム好きだ。私のフレンド欄に並ぶ名前のかなりの割合は、この写真に映る誰かだったりする。


 たまに会うと、相変わらず賑やかだ。


 誰が新作で何をやらかしたとか、どのゲームの調整が渋いとか、最近のVR酔い対策はどうだとか、話題は尽きない。体調の話もするが、それだけで空気が沈むことは少ない。みんな、自分の身体に振り回されることに慣れすぎていて、愚痴さえどこか手慣れている。


 それが少し救いでもあり、少し寂しくもあるね。


 私は写真の表面を親指で軽く撫でた。


 写っている子供たちは、誰もまだ、自分たちがこの先どんなふうに生きるのか分かっていない顔をしている。


 現実に折り合いをつけることも、VRに逃げることも、誰かの羨望を呪いのように感じることも、まだ知らない。


「……さて」


 写真を元の場所へ戻すと、急に肩の力が抜けた。


 途端に、眠気が押し寄せてくる。


 これだから困る。


 私の身体は、よく眠りたがる。活動時間そのものが短いというより、少し無理をするとすぐに休息を要求してくるのだ。VRから戻った直後など特にそうで、脳はまだ興奮の名残を持っているのに、身体の方が勝手に店じまいを始める。


 起きて何か食べるべきかとも思ったが、胃の重さを想像しただけで少し面倒になった。水だけ飲んで、あとは眠ってから考えよう。そう判断するまでに、時間はかからなかった。


 私はリビングを出て、ゆっくりと自室へ戻る。


 ドリーム・スケイルの蓋は、まだ開いたままだった。


 内部の寝具は覚醒時の角度から、休眠用の深い沈み込みへと静かに形を変えている。白い補助光が淡く落ち、まるで機械そのものが早く横になれと促しているように見えた。


「はいはい、分かってるよ」


 誰にともなく呟き、私は再び機体の縁を跨いだ。


 今度はVRへ潜るためではない。ただ眠るためだ。


 ドリーム・スケイルは高性能なフルダイブ機器であり、私にとっては最も身体に合ったベッドでもある。ゆっくりと背中を預けると、寝具がゆっくり沈み、肩と腰を支える位置が微かに変わった。脚のだるさが少し抜け、首の後ろに残っていた重みが柔らかくほどけていく。


 蓋が閉じる直前、窓の外の白さが細く見えた。


 相変わらずこの体は面倒で、すぐに眠くなる。


 それでも明日になれば、私はまたぼんやりと起きて、また文句を言いながら、この世界と比較してもなお不便な体に戻っているのだろう。


 そんなことを考えているうちに、ドリーム・スケイルの内側は静かに暗くなった。

 ということで、主人公が患っているものについての軽い説明と、その経緯ですね。


 今の時代にある何らかの疾病というよりも、フルダイブ可能な機械が世界全体に普及した位のタイミングで生じた疾病、という設定です。そこまで細かくは考えていません( ̄▽ ̄;)


 ここら先のお話はどこかでもう少し掘り下げる予定です。ルイスくんの関係者が出てくる話があったら、そういった展開が挟まるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ