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〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ
第二章▼避難所から始まる地下研究所探索▼

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第32話『我、機神の寵児なり』

 すみません、感想へのお返しはもう少し後にさせて頂きます。最近は大忙しで、書き終えた原稿を予約投稿するのがやっとなので、時間がある時にまとめお返しするつもりです。

 「ロヨン、頼むよ、頭を上げてくれ。私も君の協力がなければ、あのゲートに辿り着くことすらできなかったんだ。それは、神話を完成させるのに不可欠だったカーミナ・マルトの言葉も、歴史の闇に葬られていたかもしれないということじゃないか。誇っていいよ」


 私がそう言うと、彼は渋々といった様子で顔を上げた。痩せた頬の奥で、金色がかった瞳が小さく揺れている。


 誰かに秘めた大事を語ったことによる清々しさと、神話の内容を再確認したことによる怒りが混ざり合い、その顔には簡単に言葉へ置き換えられない複雑な表情が浮かんでいた。


 薄暗い室内には、先ほど淹れられたコーヒーの香りがまだわずかに残っていた。壁際に並ぶ古びた棚、年代の分からない器具、そして机の上へ広げられた紙束。


 そのすべてが、彼の長すぎる執念を静かに物語っているようだった。


 そして私も、口調とは裏腹に、彼の語る神話を噛み砕くにつれて心が冷えていくのを自覚していた。今までに数多くの鬱ゲーとも呼べるゲームをプレイしてきたが、この話は、それらを知る私にすら不快感を与え得る内容だった。


 機神様は今、どんな気持ちで新たな眷属を見つめているのだろうか。以前、私に語った内容が、彼女の心を少しでも慰めてくれているのなら幸いだ。


 しかし、失ったものは再び帰っては来ない。喪われた時間も、消された命も、どれほど偉大な神であろうと手の中へ戻すことはできないのだろう。


 長い眠りから覚めたのは、何をきっかけとしてなのか。私が生まれ落ちたからか。多くの新たな眷属がこの世界へ現れたからか。それとも、もっと別の、私にはまだ見えない理由があるのか。


 こうして寵児が思い悩んでいるにもかかわらず、彼女は顕現していない。今までは、かなり些細なことでも気にかけてくれていたのだから、語るべき時ではないのだろう。そう考えるほかない。


 私は机の縁に左手を置き、指先に伝わる古い木のざらつきを確かめながら口を開いた。


 「ありがとう。機械系の身としては、先程の話を聞いて思うところがかなりある。今すぐにでも地上に帰って、機神様の望みを叶えたいと思うよ。しかし、そのためには埒外の力が必要だ。それは分かるだろう?」


 諭すように言うと、ロヨンは当たり前だと言わんばかりに頷いた。彼の細い指が、膝の上で強く握られる。爪が布地に食い込み、皺が深く刻まれた。


 「当然だ。先程は衝動的にああ言ったが、何も無策のまま突撃するという話ではないわい。とはいえ、あの気持ちは一寸の疑いようもなく本音じゃがの」


 彼はそう言うと、喉の奥でクククと妖しい笑い声を上げた。歳月に削られ、隠遁に薄まり、それでもなお芯だけは燃え続けてきた者の声だった。


 「私も君の悲願の一助になりたくて仕方がないんだ。けれども、私は未だに恩寵を克服していない身。このままでは何の力にもなれないだろう。そこで相談なんだが、一つ取引といかないか?」


 ロヨンの片眉がぴくりと上がる。


 「ほう、取引、ねえ? 面白いじゃないか。内容次第によっては考えてやらんこともないぞい」


 彼は椅子の背にもたれ、私を下から値踏みするように眺めた。皺に埋もれた目が、先ほどまでの怒りとは違う光を帯びる。研究者とも神官ともつかないその老人は、やはり一筋縄ではいかない。


 私は同じように、いやらしい笑みを浮かべて切り出した。


 「恩寵の克服には、神殿や祭壇が不可欠だろう? それらを探す手伝いをして欲しいんだ。その代わり、私が恩寵を克服できた暁には、君の望む神々の眷属を虐殺してあげようじゃないか」


 言葉にした瞬間、室内の空気がわずかに重くなった気がした。


 我ながら、なかなか物騒な取引である。だが、お互いに益のある話だとも思う。私は恩寵を克服できる上、機神様の希望通り、世界に絶望と混沌を齎すための足掛かりを得られる。ロヨンは、一族の悲願である神話の内容を解き明かせた上、憎い神々の眷属を討つための協力者を得られる。


 もちろん、現時点の私が胸を張って虐殺代行業を名乗れるほど強いかと問われれば、かなり怪しい。片腕は失われ、身体のあちこちは修理跡だらけで、ようやくまともになりつつある程度だ。しかし、未来の可能性に賭けるという意味では、悪くない札のはずだった。


 ロヨンはしばらく黙っていた。


 その沈黙の間、彼の指が膝の上で一度開き、また閉じる。怒り、疑い、期待、そして長年抱え続けた執念が、その小さな動きの中で行き場を探しているようだった。


 果たして。


 「……よかろう。その話、乗ってやる」


 低く、噛み締めるような声だった。


 「残念ながらサンクティンの周りにはそれらしい施設はないが、心当たりがあるからの。そこに案内してやろう。その代わり……分かっておるな?」


 「ああ、当たり前だ。約束は違わない。なぜなら私も、ロヨンと同じ絶望を知っているからな」


 ロヨンは私の言葉に対して、何を、と言いたげな表情を浮かべた。口が半ばまで開き、言葉になりきらない息が漏れる。


 私はその先を許さないとばかりに、左手の掌を彼へ向けた。自分でも少し芝居がかった仕草だと思う。しかし、こういう場面では多少の演出も必要だ。真実というものは、雑に置かれるより、相応しい形で差し出された方がよく刺さる。


 「今まで黙っていて悪かったね、ロヨン」


 私は椅子から立ち上がり、ゆっくりと胸を張った。傷んだ機械の身体が微かに軋む。が、それすら今は名乗りの重みを補強する要素に思えた。


 「私は機神の寵児、エクス・マキナ・アポカリプスのルイスだ。以後よろしく」


 その名を口にした途端、辺りに硬いものが砕ける音が木霊した。


 視線を向けると、ロヨンの右手に収まっていたカップが床に落ち、粉々になっていた。陶片が黒い液体を跳ね散らし、足元の敷物にいびつな染みを作っていく。ロヨン自身は、そのことに気付いているのかいないのか、まったく反応しなかった。


 彼は餌を求める鯉のように口を開閉すると、ワナワナと震えながら立ち上がり、ゆっくりと私に近付いてきた。その足取りは危なっかしく、まるでゾンビのようですらあったが、まあ無理もないだろう。


 ある側面から見れば、私は彼らの果たせなかった復讐を代行した存在だと言えなくもない。最後は機神様によって小さな箱に封印されたが、それまでは無双の如き力で地上の生命を虐殺して回った実績がある。


 その様子を神話として伝え聞く神官の家系なら、その感動は一入だろう。まして彼は、その神話をただの古い物語としてではなく、血に刻まれた使命として受け継いできたのだ。


 ロヨンは私のすぐ前で立ち止まった。私を見つめる目には、疑念よりも先に、壊れそうなほどの期待が宿っている。


 「ほ、ほんとうか……? そなたが、いえ、あなた様が、エクス・マキナ・アポカリプス様だとでも言うのですか……? し、信じられん……」


 「ふふふふ」


 息の抜けたような声で問いかける様子がツボに入り、思わず少し笑ってしまったではないか。


 馬鹿な、信じられん、いやしかし、と小さく繰り返すロヨンの顔は、先ほどまでの老獪な神官とは別人のようだった。


 彼は床に散った陶片を踏まないように半歩だけ足を引き、それでも私から視線を外さない。笑い飛ばしたい気持ちと、膝を折りたい衝動が、彼の中で盛大に衝突しているのが分かる。


 しかし、仕方ないだろう。機神の眷属は、今でこそ多くのプレイヤーの流入によってその数を増やしたが、それ以前は僅かな生き残りとその子孫によって細々と暮らしてきたに過ぎない。


 機神様は深い眠りについたままであり、彼女の寵児として作られた救世主も、異次元へ飛ばされたことが分かったのみ。


 残された者たちは、いつ戻るかも分からない存在を神話として語り継ぎ、滅びかけた信仰の火を守り続けてきた。きっと不安だったに違いない。


 どうにかして彼に納得させられないものだろうか。


 ふと思い出したのは、あの昇降機のある部屋に入るために行った、恩寵の参照によるドアの開閉だ。あそこで行われた手順を利用すれば、機神の恩寵であるという証の力を強めることができるのではないだろうか。


 たしかあの時は、胸の奥に沈んでいるものへ意識を向け、そこから扉へ向けて何かを差し出すような感覚だった。


 いや、違うか。無意識だったからか、細かな手順がどうにも曖昧だ。身体が勝手に知っていたことを、あとから言葉にしようとしているようなもどかしさがある。


 私がマリーに相談するべきかと悩んでいると、彼女は即座にそれを察知し、解決策を提示した。


 《まずは、自身の中に眠る一際大きな力を意識してください》


 「一際大きな力、ね」


 私は小さく呟き、左手を胸部装甲の中心へ添えた。金属越しに伝わるのは、心臓の鼓動ではない。


 ロヨンは息を呑み、動きを止めた。先ほどまで震えていた肩も、今は石像のように固まっている。室内に残っていた茶の香りすら遠のいたように感じられた。


 《強く引き出す必要はありません。内側にあるものを掴み、表層へ浮かべる程度で十分です。過剰な出力は現在の機体に負荷をかけます》


 「了解。派手にやって壊れるのは困るからね」


 目を閉じる必要があるのかは分からない。けれど、気分の問題として私はまぶたを下ろした。


 すると、暗闇の中に、薄く青白い線が浮かぶような感覚があった。視界で見ているのではない。胸の奥、もっと深い場所に広がる見えない空間の中で、ひとつだけ異様に重い光が沈んでいる。


 それは決して温かい光ではない。優しく包み込むようなものでもない。冷たく、静かで、しかし圧倒的な存在感を持っていた。私という存在の根に深く食い込んでいる。


 これが、私の恩寵。


 そして、機神様から与えられた寵児としての証。


 私はそれを無理に引き剥がすのではなく、そっと水面へ浮かべるように意識した。身体のあちこちに刻まれた損傷跡が、一瞬だけ熱を持ち、内側から僅かな光が漏れ出た。凄く神秘的だ、なんて他人事に思った。


 ロヨンが一歩下がる気配がした。


 「こ、これは……」


 彼の声は掠れていた。


 私はゆっくりと目を開ける。視界の端に、薄い警告表示が一瞬だけ瞬いたが、すぐに消えていく。代わりに、胸元から淡い光が漏れていた。青とも銀ともつかない、冷たい輝きだ。壁の古びた器具がその光を受け、影を長く伸ばす。


 ロヨンの顔が、見る間に変わっていった。


 疑いが剥がれ、困惑が薄れ、やがて長い年月をかけて押し込めてきた感情が一気に溢れ出す。彼は震える手で口元を覆い、もう片方の手を机に置こうとして失敗し、古い紙束を少し崩した。それでも目だけは私から離れない。


 《出力安定。恩寵の反応、視認可能域へ到達しました。現状維持を推奨します》


 「これで、多少は信じられるかな」


 私はなるべく軽い口調でそう言った。放っておくと内側から爆散しそうだ。こういう時、冗談というものは意外と大事だ。


 ロヨンは返事をしなかった。代わりに、崩れるように膝をついた。床に散らばった陶片の近くへ手をつき、額が床へ触れそうなほど深く身を折る。


 「お、おお……機神様……。まことに、まことに……」


 震える声が、暗い部屋の中に落ちていく。


 私は胸の光を維持したまま、少しだけ困ったように左手を持ち上げた。先ほど頭を上げてくれと言ったばかりなのに、またこれである。


 「ロヨン、だから頭を上げてくれって。これから取引相手として動いてもらうんだから、床と仲良くされると少し困る」


 ロヨンは顔を上げた。涙こそ流していなかったが、その目は濡れているように見えた。彼は一度、深く息を吸い、それから長年の祈りを噛み締めるように口を開く。


 「……承知いたしました。ルイス様」


 その声には、古びた信仰の底から掘り起こされた、鋼のような決意があった。


 私は彼の手を取り、立ち上がらせた。

 機神様が起こした大虐殺の時期はまだ明示していませんが、かなり古い時代の話だと思って頂いて構いません。それから世界に瘴気が満ち溢れたのは、随分と後の時代の話です。

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― 新着の感想 ―
読んでいてとても楽しくて、何回も読み直してしまいます。 今回の話はあー❗️続きー‼️楽しみー‼️って感じで、 本当に大好きです。 無理をなさらない程度に続きをお待ちしてます。
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