第16話『避難所を目指して』
二章の執筆や原稿の整理で少し遅くなりました。
さて、今話から二章が始まります。ルイスくん、いよいよ本格的なゲームスタートです。
まずは現在地と目的地の再確認だ。
今の私は慢性的なエネルギー不足こそ改善したが、なお右腕と右目を失い、背部ブースターは沈黙し、首の奥では制御信号が時折怪しい挙動を見せているらしい。
泣きっ面に蜂、いや、泣きっ面にドラゴンだ。
つまり、調子に乗って自身を顧みずに勢いだけで進めば、あっという間に床に転がる未来が見えている。
「マリー、避難所までの推奨ルートを出せるか?」
《可能です。ただし、現時点の地図情報は不完全です。これまでの移動履歴、視覚情報、手書き地図との照合結果から、到達可能性が高い経路を仮設定します》
視界の端に、青白い線が浮かび上がる。
まるで空中に薄いガラス板を重ねたような表示で、現在地から建物の外へ抜け、そこから通りを横切り、地下へ降りる階段らしき地点へ向かう道筋が示された。
ルートの途中には、いくつか黄色いエクスクラメーションマークの警告が並んでいる。
「この警告は?」
《瓦礫による通行困難地点。視界不良地点。敵性存在の遭遇可能性がある地点。いずれも確定情報ではありませんが、迂回を推奨します》
「迂回したらもちろん遠回りになる上、予期せぬ出来事に遭遇する可能性もあるよね?」
取って付けたような反論を口にする。それは悪意があってのものではなく、私の相棒がどういった反応をするのか確認したかったからだ。
未知を許容することが果たして安全なのかは熟考の余地があるし、そもそもこのルートの選出基準がよく分からないが、まあここは一つ、こいつの力試しだ。
《はい。ただし現在の機体状態を考慮すると、最短距離よりも安定性を優先すべきです》
「まあ、一理ある」
分かっていた。分かっていたが、こうして冷静に指摘されると少し悔しい。
今の私は、先ほどまでとは比べ物にならないほど動ける。脚に力が入るし、腰も抜けない。左腕を動かしても、いちいち肩の奥が引っかかるような感覚はほとんどない。
けれど、それはあくまで以前よりマシになったというだけで、万全とはほど遠い。
そんな状態で立ち上がり、一歩を踏み出す。
足裏が床を捉えた瞬間、今までとはまるで違う感覚が返ってきた。重心の位置、床材の硬さ、足首にかかる負荷、膝関節のわずかな遅れ。それらが一度に流れ込んでくる。
「ぐ、情報量が増えたな。以前とはまるで違う。いったいどれだけ濁っていたんだ、この体は……」
《補助知覚機能が一部復旧したためです。不要であれば感覚補助を低減できます》
「いや、このままでいい。しばらくは維持して、この状態になるべく早く慣れたい」
《了解しました。ただし感覚情報の増加により、一時的な判断遅延が発生する可能性があります。移動速度は控えめにしてください》
「分かった。まるで初心者講習みたいだ」
《現在のルイス様は、実質的に破損機体の再起動直後です。初心者講習よりも慎重な運用が望ましいと判断します》
「そうか……」
淡々とした返答に、思わず笑いが漏れる。
一人でこの廃都市を歩いていたときは、何をするにも手探りだった。自分の身体がどれだけ壊れているのかも分からず、どこに向かえばいいのかも曖昧で、ただ目の前の状況に押し流されていた。
だが今は違う。マリーがいる。機体診断ができる。地図を照合できる。素材候補まで出してくれる。
言うまでもなく大変便利だ。
こいつに頼りきりになったが最後、真の意味でこのゲームを隅から隅まで楽しめなくなってしまうだろう。
私は利用できるものは最大限利用しつつ、その上でオリジナリティを出すことにこだわりがある。
だからマリーも利用し尽くすつもりだし、攻略情報もどんどん収集するつもりだが、そればっかりにならないようにしないとね。
壊れた窓から外に出る。割れたガラスが足元で細かく鳴ったが、脚の動きは安定していた。以前ならここで体勢を崩し、無様に手を突いていたかもしれない。
外は相変わらず灰色だった。
高くそびえる廃ビル群は、空を塞ぐ墓標のように立ち並んでいる。壁面の大半は黒ずみ、蔦のような配線や、金属とも植物ともつかない奇妙な管が絡み付いていた。
道路は割れ、ところどころから蒸気が漏れ、遠くでは何か巨大な構造物が軋む音が聞こえる。
視界の右下で、マリーが簡易マップを更新していく。
《前方二十メートル、路面陥没。左側の歩道を推奨します》
「了解」
言われた通りに左へ寄る。該当地点へと歩み寄り足元を覗き込むと、道路の中央が大きく崩れていた。下には配管らしきものが幾重にも走っており、そのさらに奥には暗い空間が広がっている。落ちればかなり面倒なことになりそうだ。
私は慎重に歩道へ移り、朽ちかけた街路樹の横を通り過ぎた。
その街路樹は、木というには妙だった。幹の表面は金属質で、枝先には葉の代わりに薄い板状の結晶が生えている。風が吹くたび、結晶同士が触れ合って、鈴に似た細い音を鳴らした。
「こういうのを見ると、ちゃんと異世界なんだなって思うよ」
《分類不能植生を確認。危険反応は微弱です》
「今のところは?」
《はい。今のところは》
「やめてくれ、その言い方」
警戒しながら通り過ぎる。幸い、その奇妙な街路樹がいきなり襲ってくることはなかった。
直接毟り取るのは怖いので、地面に落ちていたいくつかの結晶を無造作に収納する。
ルート表示に従い、私は建物の陰を縫うように進んだ。時折、遠くで金属を引きずる音や、何かが瓦礫を踏み砕く音がしたが、マリーの誘導で大きく迂回する。
戦えるようになったとはいえ、今の目的は素材の確保だ。余計な戦闘でこれ以上体を酷使する理由はない。
途中、目印にしていた「シャンザンギルド本部」を発見し、中を軽く探索。気になったものを片っ端から収納し、再び外に出る。
しばらく進むと、広い交差点に出た。
そのまま前に進むと、幸い先程のような機械が襲来するようなこともなく、無事に手書きの地図と符号する地点に辿り着いた。
左右に「タザン商店」と「ガズリーの鍛冶屋」を見つけつつ進んでいく。ここも後で探索しよう。
奥まった突き当たりにそれはあった。
行き止まりには倒壊した案内板が無造作に横たわり、かろうじて読める文字で地指避難所と記されている。矢印の先は、半ば瓦礫に埋もれた地下入口だった。
「あれか」
《手書き地図の記載と一致。避難所入口である可能性が高いです》
入口は地下鉄の階段にも似ていたが、現代のものよりずっと重々しい。
上部には分厚い防護シャッターが斜めに歪んだまま止まっており、隙間から黒い階段が下へ続いている。壁には古びた警告灯が並んでいるが、そのほとんどは砕けていた。
ただ、一つだけ赤い光が点滅している。消えかけの鼓動のような、頼りない明滅だった。どこからかエネルギーが供給されているのか、あるいは魔石のように自給しているのか。
気になるが、今は後回しだ。
「避難所というよりは、むしろホラー施設の入口のように見える」
《避難所としての機能が正常に維持されている可能性は、限りなく低いと推測します》
「今得られる情報から考えると、どう穿ってもそう見えるな」
《現実的判断です》
私は階段の前に立ち、瓦礫を盾にソッと内部を覗き込んだ。
暗い。
ただの暗さではなく、光そのものを吸い込むような濃い闇だった。階段の途中までは外光が届いているが、その先は急に途切れている。奥からは空気の流れがあるのか、湿った金属と古い埃の臭いが漂ってきた。
足を踏み入れる前に、マリーが警告を出す。
《照明不足。視覚補正を強化します》
左目の奥がわずかに熱を持ち、視界の暗部が少しずつ持ち上がっていく。完全に明るくなるわけではないが、階段の輪郭や壁面の亀裂は良く見えるようになった。
「凄く便利な機能だ」
《左眼部ユニットの機能低下により、長時間の強化補正は非推奨です》
「なんでも制限付きだね、この体」
《はい》
「そこは少しでも否定して欲しかったよ……」
苦笑しながら、階段を下り始める。
一段目。問題なし。
二段目。片手がないことによって崩れたバランスが、思いの外地獄であることを再確認。
三段目。右側の視界が消滅しているせいで、壁との距離感が掴みにくいことを再確認。
私は左手を壁に添えながら、慎重に降っていく。壁は冷たく、所々に謎の滑りがある。何かの液体が乾いた跡なのか、時々ラメのように煌めいているのも不気味だ。
下に進んでいくほどに、外の音が遠のいていく。
代わりに聞こえてくるのは、配管の奥を流れる水音、遠くで何かが軋む音、そして自分の体内で低く回り続ける機構の駆動音だった。
その音があるだけで、少し安心できるのはなぜだろうか。
暗い階段を抜けると、地下の連絡通路に出た。
天井は低く、壁面には無数の配管が剥き出しで走っている。通路の幅は広いが、床には壊れたベンチやガラス、古びた標識が散乱していた。
所々に非常灯が残っており、赤や緑の光が途切れ途切れに揺れている。
壁には避難所を示す案内図が貼られていたが、表面は傷だらけで、文字の半分以上が読めない。
「マリー、照合できるか?」
《可能です。画像補正を行います》
視界内の案内図が拡大され、欠けた文字の周囲に推定補完が入る。完全ではないが、区画名らしきものがいくつか浮かび上がった。
居住ブロック。医療室。備蓄倉庫。管理室。保守区画。
「保守区画……推奨探索地点の一つだな」
《はい。銀索蜘蛛の生息可能性があります。ただし、避難所内部の安全確認を優先すべきです。退路の確保、利用可能設備の確認、敵性存在の有無を調べることを推奨します》
「よし、順番にやっていくとしよう」
いきなり蜘蛛の巣に突っ込むほど、私は勇敢ではない。というより、今の身体でそれをやるのは勇敢ではなく無謀だ。
まずは避難所の全体把握だ。そもそも銀索蜘蛛がここに生息しているかも不明だからね。
私は通路の左側にあった非常用とラベリングされたケースを調べる。蓋はひび割れていたが、まだなんとか開きそうだった。片腕で扱うには少し面倒だったが、左手の指を隙間に引っかけ、ガチャガチャと力を込める。
ぎぎ、と嫌な音がして蓋が開いた。
中には劣化した布、空の容器、使い道の分からない小型端末が入っている。布は触れた瞬間にボロボロと崩れた。容器は一部に亀裂が入り、そこから蒸発してしまったようだ。端末はどれだけ弄っても電源が入らない。
「ハズレか」
《小型端末内部に微量の導体部品を確認。回収可能です》
「お、じゃあ貰っておこう」
ファブリケーター用の素材になるかもしれない。私は端末を無造作に収納する。
次に、通路脇の扉を調べる。
扉には医療室と書かれていた。構造を見る限り自動扉だったようだが、半分だけ開いた状態で止まっている。隙間から内部を覗くと、倒れたベッドや割れた薬品棚が見えた。
「ふむ、医療室か。機械の体に医療品が効くとは思えないけど」
《この避難所が複数種族対応施設であった場合、機械系個体向けの応急修理材が残存している可能性があります》
「なるほど。じゃあ見る価値はあるな」
扉の隙間を通って中へ入る。
医療室の中は、荒れていた。壁に取り付けられていた機器はほとんど引き剥がされ、床には割れた容器と乾いた液体の跡が広がっている。奥には診察台のようなものがあり、その横で人型の何かが倒れていた。
一瞬身構えたが、動く気配はない。
近づいてみると、それは白い外装を持つ介護用か医療用らしき機械だった。胴体は大きく裂け、中身の部品はほとんど抜き取られている。
「当然だが、昔はここにも誰かがいたんだな。それが例えデータで編まれたものだとしても、なんだか不思議な気分だよ」
《残骸の損耗具合から、長期間放置されていたものと推定します》
分かっている。けれど、そういうことではない。
この避難所は、人の営みがあったのだ。かつては誰かが逃げ込み、誰かが治療を受け、誰かがここで生き延びようとしていた。今はその全部が失われ、残っているのは壊れた設備と静かな闇だけだ。
私は医療機械の残骸に手を合わせるような気持ちで、使えそうな部品だけを回収した。同族だから、少しは情を持ってやる。
この機械に魂があるのか定かではないが、機神様の元で楽しく過ごせていることを願おう。機械だけは、言葉では言い表せないが特別な親しみを感じる。
これは機神の寵児であることが影響していそうな気がするが、詳しくは検証しなければ分からないだろう。
《微細駆動部品、劣化導線、低品質センサー片を取得》
「低品質でも、今の私にはありがたいよ」
医療室の探索を終え、通路へ戻る。
次に向かったのは備蓄倉庫だった。扉は閉まっていたが、ロックは死んでいるらしい。左手で押すと、重い抵抗の後にゆっくり開いた。
この扉は手動でもなんとか開けるものだった。
中は暗く、棚がいくつも並んでいる。
保存食らしき箱はほとんど朽ちていた。水の容器も割れている。だが、奥の棚には工具箱のようなものが残っていた。
「おお、これは当たりでは?」
《簡易工具箱を確認。破損していますが、一部工具は使用可能です》
工具箱の中には、小型レンチ、刃の欠けたカッター、細いピンセットのような道具が入っていた。どれも完璧ではないが、今後の何かしらには役立つだろう。
「これで首のケーブルも直せたりしないかな?」
《工具のみでは不十分です。適切な導線素材が必要な上、同化吸収を利用した方がより高品質な物になるでしょう》
「分かっていたよ……」
それでも収穫は収穫だ。私は工具を収納し、倉庫内をさらに調べる。
偶然目にした床には、不自然な白い線が何本か走っていた。
投稿をお休みしている間にカクヨム様のSF部門ランキングで100位、小説家になろう様のSF部門では日間3位と、とても多くの人に見て貰えたようで、驚きを隠せません。
それから、つい先程カクヨム様の方でもレビューを頂けました。凄く励みになります。掲載させて頂いている両方のプラットフォームにてレビューを頂くことができ、感無量です。
これからも引き続き頑張っていきますので、どうぞ暖かい目で見ていただけると幸いです!




