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〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ


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第15話・閑話『数少ない知人、森さん』

 時系列的には、ルイスが廃ビルの中で歩く修行をしていた頃のお話です。


 執筆途中にプロットを少し変えたので、もしかしたらその違和感が残ってしまっているかもしれません。

 さて、今日は診察の日だ。


 別に不治の病とかそういうのではなく、ただ体がとても弱いだけである。フルダイブ技術が発達する前には確認されたことのない症状だそうで、明確な治療方法が未だ確立されていないのだ。


 医療は一日にして成らず。多くの犠牲を承知した上で、それでも尚か細い糸の上を歩くようなことをずっと繰り返していく。そうしてやっと、たったの一歩前進することができるのだ。


 私はこの病の寛解に繋がるような調査や軽い実験に協力することで少なくない金銭を受け取り、そのお金で生活している。的確な言葉かは分からないが、文字通り体が資本なのである。


 今日もそういった仕事のうちの一つだ。


「はい、特に異常なし、と。琉生くん、最近何か変わったこととかはあったかい?」


 私の胸から聴診器を離しながら、白髪の優し気なお爺さんが尋ねてくる。


「そうですね、特にはないかなと思います」


「ああそうですか、私は新しい趣味に目覚めましてね。将棋なんですけれども」


 し、将棋……。


 これまた随分と……ま、まあ、良い趣味には違いないな。


「琉生くんはします?将棋」


「はい、嗜む程度には」


 アバターでボードゲームをやるジャンルのフルダイブゲームは定期的に大流行するので、その度に謎のゲームに触れることになるのだ。将棋もそのうちの一つで、人並みには遊べるレベルだ。


「そうですか、ではまた今度お暇な時に一局、どうです?」


「ああそれはもう、是非……」


 そんな顔されたら、断れないじゃないか。


 特筆するほど上手いってわけではないが、手堅い指し手でそれなりに勝ってきたのだ!そう簡単にやられるものか。


「それじゃ、受付で会計と次回の予約しちゃってね」


「分かりました」


 こんな感じで少し雑談して終了。私には彼らが何をしているのかよく分からないが、お金はしっかりと貰えているので、否やはない。


 診察室を抜けて廊下を進み、よく分からない器具を随伴しながら歩く人達とすれ違う。彼らもなんらかの検査をしているのだろうか。


 受付に着くと、なにやら電話で会話をしているため会計ができそうにない。漏れ聞こえてくる声はヒステリックな女性のもので、受付の人も渋い顔をして切りたそうにしている。


「暫くかかりそうだな……」


 私とそう独り言ちると、近くの席に浅く腰をかけ、グデっと滑るように座った。少しでも健康のためにと目的地が五キロ圏内なら歩くようにしているので、この病院に来る時は毎回ヘロヘロになっている。


 これで診察になんら影響がないようなので、相変わらず私の何を観察しているのかよく分からない。一度説明してくれたのだが、謎の専門用語や横文字の弾幕に為す術もなくやられたため、今は特に聞こうとも思わない。


 本当に重要そうな確認などは懇切丁寧にしてくれるからね。


「あら、島くん」


「あれ、森さん?偶然ですね。今日も診察で?」


 森さん。私の数少ない知人であり、私と同じような症状を持つ女性である。彼女も同じように治験や軽い調査の被験者になることでお金を得て、それをもとに生活している。


「はあ、最近とあるゲームにハマっちゃってね、外出したくなかったんだけど……まあ、仕事みたいなものですもんね」


 森さんはなにやらゲームにハマっているらしい。彼女は私と同じか、それ以上のゲームジャンキーなので、偶に会うとゲームの話ばかりする間柄だ。


「私もですよ。ほら、ポラリスがGoAと呼ばれている新作VRMMOを発売したじゃないですか。あれにどハマりしちゃって」


 そう言った瞬間、森さんの目が明らかに変わった。


 眠そうに伏せられていた瞼が持ち上がり、さっきまで気怠そうに椅子に半分沈み込んでいた体が、ぎしりと音を立てるように前のめりになる。


 いや、実際にはそんな音などしていないのだが、雰囲気としてはそれくらい急に食いついてきた。


「え、島くんも? GoAやってるの?」


「え、森さんもですか?」


 凄い食いつきである。彼女もGoAにどハマりしているらしい。ここ最近発売された新作ゲームの中で目を引くものと言えば、やはりGoAが一番注目されている。


 彼女もその勢いを作っている数百万人のうちの一人で、外出が億劫になるほどドハマリしているようだ。


「やってるどころじゃないですよ。ここ数日、ログアウトするたびに現実の体が重すぎて嫌になるくらいには」


「ああ、それは……すごく分かります」


 思わず深く頷いてしまった。


 フルダイブから戻ってきた直後の体の重さというのは、私と同じ症状を持つ人間にしか分からないものがある。


 あちらでは多少の制限があっても、自分の意思で自由自在、思うがままに体が動く。けれど現実では、五キロを散歩するだけで息が切れる。そこには単なる運動能力の差以上の、どうしようもない落差があった。


 だからこそ、私たちはこういうゲームに縋っているのだと思う。


「森さん、種族は何にしたんですか?」


「私は樹人系ですね。正式名称はちょっと長くて覚えてないんですけど、植物と人間の中間みたいなやつです。それも正しい表現か分かりませんけど。太陽光とか水分とか土壌環境とか、変なところで妙にリアルなんですよ」


「うわ、管理が大変そうですね」


 また厄介そうな種族である。私の絡繰人形もとんでもないヤツなので、その気持ちは大い理解できる。


「大変ですよ。日陰に入りすぎると露骨に動きが鈍るし、乾燥地帯に入ったら継続ダメージみたいなものまで入るし。でも、その代わり根を張ると回復力がすごいんです。拠点防衛とか長期戦ならかなり強いと思います」


「へえ……」


 思っていたよりもかなり渋い性能だ。


 森さんは昔からそういう、扱いづらいが噛み合うと異様に強いタイプのビルドを好む傾向がある。普通のゲームならまず選ばれないような職業や種族を選び、そこから無理やり勝ち筋を見つけるのが好きなのだ。


 彼女は私のフレンドというわけではないのだが、話の合う人として大変ありがたい存在である。


 そもそも私には、気軽に一緒に遊べる相手が多くない。体の都合で外に出る機会が少なく、付き合いも自然と限られる。フルダイブゲームの中で知り合いが増えることはあっても、長く続く関係はそう多くない。


 その点、森さんとは妙に気が合った。


 お互い無茶なビルドを知って笑えるし、変な仕様を見つけると何時間でも話せる。同じ病院に通っているという繋がりもあって、知人という言葉が妙にしっくりくる相手だった。


「島くんは? 何を選んだんです?」


「私は……オンボロの機械、みたいな感じですね」


「機械系? え、そんな種族ありました?」


「ありました。かなり奥の方に」


「奥の方?」


「恩寵の選択画面で、デバフを盛っていった先に出てくるやつです」


 そう言うと、森さんは一瞬だけ固まった。


 それから、信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。


「……島くん、まさか地雷恩寵踏み抜きました?」


「踏み抜いたというか、自分から踏みに行きました」


「何してるんですか」


 そんな呆れた顔しないでくださいよ。私だって自覚はしてるんですから。


「いや、だって明らかに怪しかったんですよ。まともなプレイヤーなら絶対に選ばないような、身体制御難易度上昇とか、パーツ劣化とか、自己修復制限とか、そういうのがずらっと並んでいて」


「それを見て普通は引き返すんですよ」


 そんなこと言われても、ゲームは楽しむものだろう?なら、未知を探究するのもその楽しみ方の一つだ。


「でも、その奥に何かありそうじゃないですか」


「ありそうですけど。ありそうですけど、行かないんですよ普通は」


 森さんは呆れたように言ったが、その顔は少し笑っていた。


 たぶん、理解できないわけではないのだろう。彼女もまた、普通なら選ばないような道を好んで選ぶ側の人間である。ただ、私の選択が彼女の想像より少しばかり極端だっただけだ。


「それで、実際どうなんです? 強いんですか?」


「まだよく分かりません。とにかく動きづらいです。歩くだけでポロポロパーツが落ちそうになるし、戦闘どころか移動すら危ないです」


「それ、ゲームとして成立してます?」


「今のところ、廃ビルの中で転ばないようにするゲームです」


「何ですかそれ」


 森さんが小さく吹き出した。


 自分で言っておいて何だが、本当に何なのだろう。ログインしてからというもの、私はまともに冒険らしい冒険をしていない。


 廃ビルの中を這うように歩き、階段で休憩し、それから延々と歩く練習をしている。


 もうただの赤ちゃんなのではないだろうか。


 しかし、それでも面白いのだから困る。


「でも、スキルは面白いですよ。吸収同化アシミレーターっていう、機械やパーツを取り込んで力に変えるスキルがあって」


「なにそれ、すごく強そう。島くん、それ絶対後半化けるやつじゃないですか」


「やっぱりそう思います?」


「思いますよ。序盤で動けない代わりに、成長したら自分で体を改造していくタイプでしょう、それ」


 森さんの言葉に、私は少しだけ口元を緩めた。


 正直、私もそうではないかと思っている。今はまだ、欠陥品の古代兵器みたいなものだ。けれど素材を集め、機構を作り、吸収同化を重ねていけば、いずれは自分の体そのものを作り替えられるのではないか。


 そうなった時、この地雷恩寵は本当の意味で化ける。そういう予感があるからこそ、私はあの不自由な体で歩き続けていられるのだ。


「森さんは今どの辺りにいるんですか?」


「私は森です」


「ふーん……?」


 植物っぽい種族なら、きっと自然豊かな場所にスポーンするのだろう。私はなぜか廃ビルの屋上の箱の中だったが、私が特殊なだけで、多くの場合は各種族に適した環境に生まれ落ちるはずだ。


 しかし、本当か……?どうせまたおかしなことをしているんだろう?


「いや、本当に森なんですよ。名前も忘れましたけど、鬱蒼とした森の中にスポーンして、近くに小さな集落跡がありました。今はそこで植物系の素材を集めながら、根を張れる場所を探してます」


「根を張れる場所を探すプレイヤー、初めて聞きました」


「島くんにだけは言われたくないです。廃ビルで転ばないようにしてるオンボロの機械なんでしょう?」


「それはそうだ」


 お互いに顔を見合わせて、少し笑った。


 同じゲームをしているはずなのに、やっていることがまるで違う。片方は森で根を張る場所を探し、片方は廃ビル街で壊れかけの機械の体を引きずっている。


 VRMMOという括りの中に収めるには、あまりにも体験の幅が広すぎた。


 だが、それが良い。


 同じ世界のどこかに、まったく違う状況で遊んでいる知人がいる。それだけで、あの広すぎる世界が少しだけ身近に感じられた。


「いつか合流できるといいですね」


 私がそう言うと、森さんは少し考えるように視線を上げた。


「そうですね。でも、島くんがちゃんと歩けるようになってからですね」


「そこからですか」


「だって、今合流しても私が根を張って待っている横で、島くんが部品を落としながら近付いてくるだけじゃないですか」


 その光景を想像して、思わず吹き出してしまった。確かにそれは……、些かおかしな状況だな。


「絵面がひどい」


「ひどいですけど、ちょっと見たいです」


「見世物じゃないんですよ、こっちは」


 そう言いながらも、悪い気はしなかった。


 むしろ、いつか本当にそんな日が来ればいいなと思った。私が自分の体をまともに動かせるようになり、森さんが森の奥で作った拠点に辿り着く。あるいは逆に、彼女が蔦や根を操りながら廃墟の街まで来る。


 どちらにしても、きっと面白いことになる。


「じゃあ、今度ログインしたらフレンド申請送っておきますね。名前、現実と同じですか?」


「いえ、少し変えてます。ルイスです」


「ルイス。分かりました。私はモリアでやってます」


「森さんだから?」


「安直とか言わないでください」


「まだ何も言ってません」


 そんなことを話していると、受付の方からようやく電話を切る音が聞こえた。受付の人が疲れた顔でこちらに軽く頭を下げている。


 どうやら、長い戦いは終わったらしい。


「じゃあ、私は会計してきます」


「はい。またゲームの中で」


「ええ。いつか一緒にやりましょう」


 森さんはそう言って、小さく手を振った。


 私も軽く手を振り返し、ゆっくりと立ち上がる。相変わらず足は重く、体の芯にはじんわりとした疲労が残っていたが、不思議と気分は悪くなかった。


 GoAの世界は広い。ただ、思ったよりも狭かった。


 廃ビルの街も、森さんがいるという深い森も、まだ私たちの知らない場所も、きっと無数に広がっている。


 いつかそのどこかで、彼女と肩を並べて遊べる日が来るのなら。それまでは、この壊れかけの体で少しずつ進んでみるのも悪くない。

 昨日今日でかなり多くの方に見ていただけるようになったみたいで、大変ありがたいです。

 なんと[日刊]VRゲームで4位になっていました。本当に何があったのやら……!


 もしお手隙の方がいらっしゃれば、この下の評価ボタンをポチッと押して頂けると執筆の励みになります!

 評価1でも評価5でも、して頂けるだけ嬉しいので!


 次話から二章開始です、お楽しみに!

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