1 デライラ
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「勝手に私の夫を決めただと!?」
思わず声を荒げた私の剣幕に王城からの使者は何とか顔色を変えずに頷いた。女にしては身長が高い方だから、武器を持っていなくてもより威圧的に見えただろう。
いつも言葉の通じない大きな魔物を相手にしているのだから、こんな頭の薄くなりかけた王城からの使者を前にしても私は怖くもなんともない。
「は……い。オフィール第一王子殿下をデライラ・エストラーダ辺境伯の婿とすると。こちらが陛下からの書状にございます」
「見せてくれ」
イライラしながら荒々しく受け取ると、確かに国王から直々の命令だった。
勝手に婿を決められたことには腹が立ったが、手紙の中の一文が目に飛び込んでくる。
「この金額を本当に持参金としてもらえると? 嘘でも冗談でもなく? この大金を?」
「はい」
使者は私の鋭い視線に恐れをなしたのか広がった額に汗をかきはじめた。それはそうだ、私に睨まれたら大型の魔物でも一歩下がる。
「なんともまぁ。これは慈悲だろうか。ドラゴンが暴れ回って支援を要請した時は、雀の涙ほども支援金をいただけなかったが。やらかした第一王子をうちで引き取るとなったらこの金額がついてくるのか」
新しく辺境伯となったデライラの治めるエストラーダ辺境伯の領地には、隣国まで広がる魔の森がある。そこから周期的に魔物が出現するのだ。北の国境にも同じような森がある。
南の辺境伯であるエストラーダが食い止めなければ、魔物は他領にそして王都までなだれ込むのだ。
隣国が森を焼こうとして伝説級のドラゴンが出現したことがあるため、魔の森を焼き払うなんてことはもう誰も考えない。そのドラゴンと戦ってデライラの父だった先代辺境伯は亡くなった。もう、あの魔の森とは共存していくしかないのだ。
「こちらは魔物の出る地域であるため、王子殿下が万が一何らかの被害に遭ってもエストラーダ辺境伯に一切の責は問いません」
「ほぉ。しかし、第一王子殿下は回復魔法の使い手と聞いている。怪我は自分で治せるのだろう?」
「切り傷を少し治せる程度です。ですので、魔物に襲われたらひとたまりもないでしょう。しかし、ここはエストラーダ辺境伯領です。いかようにも」
「なるほど、そういうことか」
鼻で笑うと、後ろにいた腹心のライナーが気遣わしそうな視線を送ってきていることに気付く。彼に気にするなとヒラヒラ手を振ると、胸に手を当てて使者に向き直った。
「デライラ・エストラーダはエストラーダの名に懸けて、王命での第一王子殿下との結婚を謹んでお受けします」
まるで魔物にでも追いかけられているかのようにさっさと帰って行く使者を窓から眺めていると、腹心ライナーが声をかけてきた。
こいつはうちの軍で図体は一番デカいくせに、細かいことを気にする幼馴染だ。
「デライラ。本気か? 結婚なんて」
「金が手に入るならいいじゃないか。あの金があればドラゴンに破壊されたままの家を全部建て直せて、新しい装備も買えて、それから医療品も揃えてだな!」
金の使い道を考え始めると興奮してしまったようだ。無意識にいじっていた父譲りの紫紺の髪から手を放す。「髪が傷む」とまた乳母に怒られるところだった。もうそんな乳母も産みの母も亡くなっているのだが。
「デライラが身売りのように結婚する必要はないじゃないか。しかも、学園で男爵令嬢に傾倒して筆頭公爵家の怒りを買った第一王子だろ?」
「ん? そんな内容だったか? 私はやらかしたとしか聞いていなかったから、もっと派手にやらかしたのかと。なんだ、ただの女性関係か。つまらん男だな。てっきり誰かの首でもはねたのか、教師と乱闘騒ぎでもしたのかと。張り合いのない男だ」
「なんだ、じゃない。こんな情けない結婚があっていいものか。これじゃあ、体のいい厄介払いだ」
「いいじゃないか。だってほら、第一王子がうっかり死んでも罪には問われないんだから。王太子には異母弟である第二王子がなったんだろう?」
「あぁ、しかも第一王子の婚約者だった公爵令嬢が新しい王太子の婚約者に」
「ふぅん。まぁ要らない王子ならどう扱っても構わないだろう? 偉そうにしたら分からせるだけだ。どうせ紙切れの届を出すだけで私は今まで通りなんだからな。何も変わらないのだから、そうキリキリするな」
ライナーは不服そうだったが、やっと口をつぐんだ。
「そういえば、オフィールとはどこかで聞いたことがある。おかしいな、魔物にオフィールという種類はいないし……城に勤める者の中にもそんな名前はいない。どこで聞いたんだろうか」
「旧い聖典に載っている黄金郷の名前の響きだから、聞き覚えがあるんだろう」
あぁと納得して私は手を打った。部屋にパンッという乾いた音が響く。
「その名の通りだな。彼と結婚すれば金も手に入る。黄金郷を私は夫にするのか」
「デライラの言い分なら、金蔓とか金の生る木の方が合っていると思うが……」
「そこまでは言っていない」
私は抗議の意味を込めて、思い切りライナーの広い背中を叩いた。