第3話 老人のクエストに着いていく
「取っておきの、冒険者、ですか……?」
見知らぬ老人に声をかけられ、ノアは混乱していた。知らない大人について行いていってはいけないというのはさすがにノアも理解している。
しかし、この老人はノアに対して悪意を持っていないようだった。着いていくべきか、いかないべきか……そもそも何で自分なのか。目的は何なのか。
「あぁ。取っておきの、な」
「どうして俺なんですか?」
「どうして……。ただ普通に、こんな小さな子供が死ぬのは見たくないからだ」
「俺は簡単なクエストしかしないつもりだし、死なないですよ」
ノアの生意気な態度に老人は目尻を下げた。顔全体のシワが濃くなる。
「あと若い頃のワシに似とるからな」
「なるほど……? それで取っておきの冒険者っていうのは?」
「見たところスキルもなさそうじゃからな。スキルなしでも戦えるようにしてやろうと……勇者くらいに」
「ゆう、しゃ……」
老人の言葉をノアは噛み砕くように呟いた。
『勇者』は、常人なら1つしか使えないスキルを、いくつも使うことができる。リーベルタース王国では、何百年かに一度そういう性質を持った子供が生まれるのだが、生まれないときは異世界から召喚するのだと聞いた。ダンジョンの攻略を少しでも進めるために。
つまりはそれほどの逸材なのである。
ノアの目の前の老人は、『勇者』ほどの能力をスキルなしでノアに持たせるつもりらしい。はっきり言って信じられない。
ノアは右に倣えをした。
「じゃ、俺、クエストのことがあるんで……」
「さては少年、信じてないな? 確かに信じられない話ではあるかもしれんが」
「あは、そんなことないですよそんなこと」
老人は愛想笑いをするノアの顔をじっと見つめた。掴みどころのない子供だ。奇妙な不気味さがある。目はらんらんと光っているのに、どこか陰がある。これは面白い、と老人は内心口角を吊り上げた。
まるで、あの子みたいだ。
「まぁ、着いてきなさい。ただの老いぼれに見えるだろうけど、技術は確実だから」
ノアは小さな頭を巡らせ、おそらく害はないだろうと判断し、静かに老人に着いて行った。
だって今ノアは、自由なのだ。
生きていけるだけの金さえあれば、自分のクエストさえ成功させればそれでいいのだ。
*
ダンジョンの中は、ノアが思っていたよりも明るかった。壁に松明がかけてあるのだ。
全体的にゴツゴツした岩が剥き出しになっており、歩きにくい。つまずきつつも、黙々と老人のあとに続いた。
「あの、貴方の名前は……?」
ノアが尋ねる。沈黙に耐えられなくなったのだ。
「そういうとき、先に自分の名前を名乗るもんじゃぞ」
「俺はノアです」
「苗字は」
「…………忘れました」
嘘だ。
ノアは家族が、そして家が大嫌いだった。必然的に家の名前も嫌いなのだ。
スキルをもらえない、というのは確かに落ちこぼれで恥ずかしいことかもしれない。けれどノアにはスキルなしという欠点以上の能力があった。
貴族にしては運動神経が飛び抜けて良かったし、頭だって良かった。5歳になるまで、兄弟の中では1番期待されていたのだ。
それに、スキルを持っていて得をすることはあまりない。確かに便利だ。どういう仕組みかは知らないが、魔法や魔術のスキルをもらえると、貧弱な貴族でもその辺の冒険者より格段に強くなれる。
だからこそ軍の総司令官などで有名な家などは、子供が授かるスキルについてことさら気にするのだ。
しかし普通の生活で使うことはあまりないし、使うほどの反乱も起きない。計算とかならノアの方がよっぽど得意だったのに、父親は彼を見捨てたのだ。
さんざん、いじめまわしてから。
「忘れた、な。ワシの名はコレヒサ・サトウだ」
「コレヒサ……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「あぁ。ちょっと事情があってな。そんな名前なんだ。コレヒサさんとでも呼んでくれたらいい」
「コレヒサさん……」
「はいよ」
老人――コレヒサは見た目に反して、かなりのスピードでダンジョンを進んでいく。本当に強いか、もしくは俺を殺したいんだろう、とノアは納得した。
「そろそろじゃな」
「クエストの場所?」
「あぁ、そうさ。今回ワシが受けたのは、オオカミ型の魔獣の討伐。あいつらすばしっこくて賢いからな。意外に面倒なんじゃよ。まぁ……」
コレヒサは弓を構え、引いた。どうやら腰に刺した剣は使わないようだ。
「慣れたらこんな風に一撃で仕留められるが」
コレヒサは弓を肩にかけ直すと、ノアの手を引いた。
今2人がいる場所はダンジョン第7階層《吹雪》である。
どういう原理かここは雪山のようになっていて、吹雪いている。視界が悪いせいで、《吹雪》でのクエストを受けるのはかなり難しいと言われていた。ノアのような小さな子供が歩くには危ない。
老人はそんな雪山を、ずんずん進んでいく。
「これじゃな」
「さっきのやつ?」
コレヒサの指の先には、さっき仕留めたオオカミ型の魔獣があった。全体が白く、頭に紫色の小さな角が生えている。老人によると、どうやらそこから魔法を放出するらしい。
ノアが尋ねると、老人は頷いた。
「そうじゃ。ちゃんと、心臓に矢が刺さっとるじゃろ? 今ワシにはスキルはない。スキルはないが、努力とコツでここまでできるようになる。あんたに……」
「あんたにピッタリだと思うんじゃが? 一度、ワシの家に着いてこんかね?」
ドクン、とノアの心臓が大きく跳ねた。




