祝福
真っ白になった視界に再び景色が映り出した時、それは先ほどまでいた夜の森ではなかった。
そこはまるで早朝のような爽やかな光に溢れる森の中。
キョロキョロと周囲を見渡して確認すると、やっぱり以前来たことのあるところと同じ場所のようだった。
……ここ、精霊王の泉だ。
よかった、私、あそこから出られたんだ!
「ナディア!」
「!」
後ろから声が聞こえて振り返ると、心配そうな顔をしたフィルがそこにいた。
「フィルっ!」
「えっ?」
私は思わず駆け寄って、フィルにがばっと抱きついた。
「よかったあー! 会いたかったよ、フィルー!」
「………」
さっきまでの不安と心細さから一気に解放されて、ちょっと泣きそう。
「あのね、いきなり魔王のレイさんにさらわれて、帰してもらえなくて、あの人やることめちゃくちゃだし、夜の暗い森に一人ぼっちにされて、帰り方もわからなくて、精霊もいなくて、すごく怖かったんだよ。うう、帰ってこれてよかったぁ~……」
「………」
もう大丈夫だって安心したくて、先ほどまでの出来事を思いつくまま話しながらフィルにぎゅーっと抱きつく。我ながら何を言っているのかよくわからない。
フィルがぎゅってしてくれたら落ち着けると思ったので抱きついたけれど、フィルは黙ったまま何も言ってくれないし、抱きしめ返してもくれない。
「……フィル?」
「……あ~もう!」
「わっ!?」
顔を見ようとしたら、急に頭を抱え込まれて動けなくなってしまった。フィルの胸に顔を押し付ける形になってしまっているので、これでは何も見えない。
「フィル?」
「……おかえり、ナディア」
ぎゅっと抱きしめながら優しい声でそう言われて、私はやっと心から安心できた。
「うん、ただいま」
胸があったかい気持ちで満たされる。私もまた、ぎゅっとフィルを抱きしめ返した。
フィルの腕の中が、世界で一番安心できる場所かもしれない。
目を閉じて、その心地よさに浸る。
「よかった、ナディア。道が繋がってもなかなか帰って来ないから心配したよ」
「うひゃっ!?」
精霊王の声が聞こえて我に返る。
そうだ、ここは精霊王の泉なんだから、そりゃあ精霊王がいますよね! 何やってるの私!
フィルから離れようとぐいっと胸を押すけれど、フィルは腕に力を込めていて離してくれる様子はない。
「フィ、フィル?」
「なあに?」
いや、なあに? じゃなくて!
「あの、離して?」
「嫌だよ。せっかくナディアからくっついてきてくれたのにもったいない」
も、もったいない?
「あの、あの、精霊王が見てるから!」
「彼は気にしてないみたいだよ? ほら」
「わっ?」
フィルは私を離さないまま、くるっと器用に正面を向かせた。後ろからお腹に手を回されている状態である。
恥ずかしくて、かあっと顔に熱が集まってきた。
けれど、私たちがそんな格好をしているのに、向き合った精霊王は以前と変わらない穏やかな表情をしていて、びっくりするくらい何も反応がない。からかう様子でもなく、むしろなぜか嬉しそうだ。
「あ、あ、あの、でも……私がただ恥ずかしいというか、だから離して欲しいというか」
諦め悪く正直にお願いしてみる。
だって、人前でこうしてるのは恥ずかしいんだもん!
「ダメ。ナディアは心配をかけたんだから、しばらく大人しくこうされてて。俺、すごく心配したんだよ」
「う……」
フィルと精霊王の顔を交互に見る。フィルは離す気がなさそうににっこり微笑んでいるし、精霊王は全く気にしてなさそうに穏やかに佇んでいる。
……なんだか私が一人で騒いでいるみたいで、逆に恥ずかしくなってきた。
「わ、わかった……。心配かけてごめんね、フィル」
「……ううん。ナディアが悪くないことはわかってるんだけど……ごめん、ちゃんと安心させて。はあ、本当によかった、無事に帰ってきてくれて……」
存在を確かめるみたいにフィルが私を囲い込んで、私の肩にあごを乗せた。
……か、顔が近い!
フィルの顔がすぐ横にあるので、やっぱりというか、心臓が痛いくらいばくばくとうるさく騒ぎ出している。
でも、フィルが私のことを想ってくれているのが伝わってきて、胸があったかくて、幸せな気持ちになった。
私は、嬉しくて思わずぎゅっと目の前のフィルの腕を掴んだ。
「……よかったね、フィルハイド。君の好きな子が、君を好きになってくれて」
「え?」
「……?」
精霊王がなぜか感慨深げにそんなことを言った。
……あれ? フィルと精霊王って、知り合いだったっけ?
精霊王がフィルに向ける眼差しがまるで昔からの友達へ向けるものみたいだと思ったけれど、そんなはずはないよね。フィルは会ったことないはずだし。
フィルは精霊王が人間だった時の子孫に当たるから、子供みたいに感じてるってことかな?
フィルを見上げると、やっぱり少し不思議そうに目を瞬いて精霊王を見ている。
そして、フッと表情を緩めた。
「……はい。ナディアと出会えて、想いを受け入れてもらえたことは俺の人生で最良の出来事であると確信しています」
「フィ、フィル!」
いい笑顔で一体何を言い出すのか。それに、その言い分は絶対に間違っていると思う。反論しようとしたけれど、先に口を開いたのは精霊王だった。
「ああ、本当によかった。僕は嬉しい。なんだか胸のつかえがとれたような、清々しい気分だ。僕は君たちの幸せを、心から祈るよ」
晴れ晴れとした表情でそう言った精霊王が腕を広げると、私たちの上にキラキラと金色の光が降り注いだ。
「えっ?」
「これは……?」
澄んだ空気に舞う光がとても綺麗。
それは私たちの中にスッと消えていった。
「祝福をあげる。いつまでも仲良くね、二人とも」
「祝福……?」
フィルと一緒に、首を傾げつつ自分の体を確認する。
特に変わった様子はないけれど、単に婚約のお祝いをしてくれたってことなのかな。キラキラして綺麗だったし、嬉しいから何でもいいや。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「うん。大した効果はないけど、これでいつでも僕と小精霊を通じて連絡がとれるよ。困ったことがあったら連絡しておいで」
「へ!?」
「!」
ぽかんと精霊王を見つめる。
い、いつでも連絡がとれる?
「あとは少し魔術が使いやすくなったり、運が良くなったりする感じかな」
……精霊王はサラッと言っているけれど、それってかなり大した効果なのではないでしょうか。
精霊王の祝福なんて聞いたことないよ?
精霊王がサッと手を振ると、すぐそばに空間が歪んだ場所が現れた。
「それは出口だよ。もうお帰り。メノウがそろそろ爆発して、精霊殿を破壊しそうだ」
そう言って精霊王がクスクスと笑う。
そ、そうだ。みんなはまだ心配して待ってくれてるんだった。私ばっかりフィルに安心させてもらっている場合じゃなかった。
というかメノウ、精霊殿を破壊ってどういうこと!?
どうやら急いで帰らなければならないらしい。
「はい。ありがとうございました、精霊王!」
「お世話になりました。祝福をありがとうございます」
フィルと二人でお礼を言って、精霊王が作った歪みに身を投じた。精霊王は最後まで、嬉しそうに微笑んでいた。
祝福の効果はそれほど大きいものではありません。
ちなみにナディアは加護があるので精霊に魔力を渡して頼めば元々精霊王に自力で会いに行くことはできました。ナディアはそれを知りませんでしたが(笑)
祝福によって電話のように通信ができるようになりました。
困った時に頼りやすいですね!




