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「……フィル!」


 フィルだ! フィルが映ってる!


 私は思わず身を乗り出した。

 泉の水面に何かが映し出されたと思ったら、フィルの姿が見えたのだ。


 ……あれ? フィルがいるのって、精霊王の泉? あ、精霊王もいる! やっぱり洗礼式の時に行った、精霊王の泉みたいだ。どうして、そこにフィルがいるんだろう? 精霊王はすごく優しかったし、私と違ってフィルはあそこに閉じ込められているわけじゃないと思うけど。


「う~、フィル……」


 姿が見れただけで、心細かった気持ちが和らいでいく。思わず手を伸ばすけれど、それはやっぱりただの水面で、ぱしゃんと音をたてて映像が崩れただけだった。


「うう……。でも、姿が見れただけでも嬉しいもん。はぁ、レイさん、いつになったら帰してくれるのかなあ。明日になっても帰れなかったらどうしよう。ここはずっと夜だからよくわからないけど、もう結構時間経ってるよね……」


 フィルと精霊王が映る水面を見つめながらぼやく。


 二人とも、何の話をしてるのかな?


 フィルが手を耳に当てて何かを話している。映像だけだから声は聞こえないけれど、難しい顔をしているみたい。


 ……あの仕草、もしかして、通信の魔術具を使ってるのかな。え、あれってあそこでも使えるの? えええー! じゃあ私もあの魔術具を持っていれば、ここでもみんなと連絡がとれたのかなあ。あれは魔術学園に入学する時にもらうものだから、まだ私が持ってないのは当たり前なんだけど。うう、残念すぎる。


 通信できたって帰れるわけじゃないけど、みんなの声が聞けるだけできっと安心できるのにな。


「ん?」


 じっとフィルたちが映る水面を見ていると、向こうの泉がキラキラと輝き出したように見えてきた。


「んん?」


 そして、その光は全体に広がり、フィルたちの姿が光に覆われて見えなくなった。


「ええ!?」


 光はもはや映像としてではなく、先ほどまでフィルたちを映していた部分のこちらの泉自体が光っているようで、キラキラとまぶしいほど光を放っている。


 なになになに、どうなってるの!?


『ナディア!』


 え、お養母様の声?


『ナディア様!』


 え? 次はローナ?


『ナディア様ー!』

『ナディア嬢~』


 ええっ、アゾート先生とビシャス様まで?


 頭の中に響くように次々と声が聞こえる。でも、姿はどこにも見えない。


『ナディア! 帰って来い!』


 メノウ? すごく心配そうな声……ごめんね、やっぱり心配かけちゃってるよね。


『……ナディア、お願い。帰ってきて』


「っ、フィル……」


 フィルの懇願するような声が聞こえて、胸がぎゅっとなる。


 もしかして、みんなが私を呼び戻そうとしてくれているのかな。フィルはそのために、精霊王の泉にいたの?


 胸がじんわりと温かくなってきた。


 私は今も光り続ける泉の一部分に目を向けた。あそこから、温かい魔力を感じる。ずっとこの場所で感じていたもの悲しい魔力じゃない。心が満たされるみたいな、精霊の魔力だ。


 ……もしかしてあれは、精霊王の泉へ続く道? あの場所からなら、帰れるかもしれない!


【生意気。あたしの許可なく帰ろうっての?】

「!」


 振り返ると、そこには不機嫌な顔をしたレイさんがいた。


【精霊王が手を貸したみたいね。道ができちゃってるじゃない、あたしの棲みかに勝手してくれちゃって、忌々しい】


 レイさんの睨むような冷たい目に背筋がぞくりと震える。


「か、帰りますよ。みんなが心配して道を作ってくれたのなら、なおさらです。私はみんなに会いたいんですもん!」


 負けじと言い返すと、レイさんはこちらに手を向けた。


【帰さないって言ったら?】

「……!」


 何か攻撃するつもりなのだろうか。今まではそんな雰囲気はなかったのに。


「れ、レイさんは一体何がしたいんですか? 私のこと勝手に連れてきて放ったらかしてたんだから、私が帰るのだって放っておいてくださいよ!」

【あら、つまらないこと言わないで頂戴。あたしは暇なのよ。あんたが帰ったらあたしは面白くないの。だから帰っちゃ駄目】


 め、めちゃくちゃだ! この人めちゃくちゃだよ!


 レイさんのよくわからない理論に付き合ってなんていられない。幸い泉にある光の帰り道はレイさんとの距離より近い。バッと入っちゃえばいけるかもしれない。


 ちらりと泉に目を向けて位置を確認してからレイさんに視線を戻すと、レイさんはとても意地の悪い笑みを浮かべていた。


「ひえっ!?」

【あんたって本当にお馬鹿ね。考えてることが丸わかり。ここで私に歯向かって、無事に帰れると思うの?】


 私に向けられる感情の籠っていない目が怖い。ざわざわと胸に恐怖心が込み上げる。


 でも、大人しく言うことなんて聞いてられない。私は絶対に帰るんだから!


 私は大きく息を吸い込んだ。


「レイさんのバカ! 意地悪! 自分勝手ー!!」

【……はぁ!?】


 予想通り、あっけにとられたレイさんが、力が抜けたように少し手を下ろし動きを止めた。

 私は今のうちにと光を放っている場所へダッと走り出す。


【ちょっ、なんてアホな作戦を! 待ちなさいよ!】

「ひゃあっ!」

【あっ!?】


 ゴウッ、と巨大な魔力の壁のようなものがレイさんから放たれてこちらへ押し寄せる。


 ダメだ、避けられない!


 当たる、と思った瞬間、ずわっと魔力が引き出される感じがした。


 え、なに!?


 引き出された私の魔力が向かった先は、メノウからもらった腕輪の魔術具。


 あっ、そういえばこれ、防御の魔術具だったっけ!


 引き出された私の魔力が魔術具によって魔術になり、レイさんの攻撃は私に届くことはなく、寸前で弾かれた。


 けれど、ホッとしたのもつかの間、それは消えるどころか、倍……いや、三倍くらいの威力となってレイさんに跳ね返った。


「えええええっ!?」

【……!】


 レイさんの驚いた顔が目に入る。ゴォッというものすごい音と共に、魔力の塊がレイさんに迫る。


「よ、避けてー!」


 とっさにそう言うと、レイさんはものすごく嫌そうな顔で私を見た。


【うるさいわね。あんたに心配なんてされる覚えはないわよ】


 レイさんは何もしていないのに、向かっていった魔力の塊はレイさんに触れる前にぶわっと霧散した。


「えっ、どうして……」

【ふん、あたしはここの魔力を生み出し操作する魔王なのよ? あたしが支配する魔力で構成された攻撃なんだからあたしに効くわけないでしょうが】


 ……ええと、原理はよくわからないけど、とりあえず無事で良かった。


 というかメノウ、なんてものを持たせるんだろうか。これ、ただの防御の魔術具じゃなかったの? あんなにすごい反撃効果もついているなんて一言も言ってなかったよね?


 相手が魔王であるレイさんだったから良かったものの、もし人間の誰かが全力で打った攻撃が三倍くらいになって返ったりしたら、その人は大ケガじゃすまなかったかもしれない。それに、周囲の人や建物なんかにも相当な被害が出ていたんじゃないだろうか。なんて危険な魔術具!


 ……でも、助かったのも事実だし、後でちゃんとお礼を言わなくちゃね。


【あんたの頭はどうなってるの? なんであんたを拉致してるあたしの心配なんかするわけ? ありえない話だけど、もしあたしがいなくなればあんたは誰にも邪魔されずに帰れたじゃない】


 不快感もあらわに、レイさんが腕を組みながら私を問い詰める。


 ……ええと、どうしてそんなに怒ってるんだろう。


「そ、そうかもしれませんけど、私のせいでケガさせるのは申し訳ないというか、嫌なんですもん」


 そう言うと、レイさんはチッと舌打ちをした。


 えええ!? 舌打ち!?


【もういいわ、興醒めよ。あんたと話してると苛々する。さっさとここから消えなさい】


 レイさんがひらりと手を振った。


 え、……いいの?


 泉の光っている部分に目をやる。


 ……この光の部分に立てば、帰れるんだよね?


「じゃあ、私帰ります……っていない!」


 少し目を離しただけなのに、もう彼女の姿はなくなっていた。本当に自由な人だ。


 でも、攻撃してきた時に焦ったような声が聞こえたし、私の行動に驚いただけで本当はあんな風に攻撃するつもりはなかったんだと思いたい。ちょっと苦手だけど、悪い人ではない……んだよね、たぶん。苦手だけど。


 結局何がしたかったのかもよくわからないけれど、彼女の気が変わらないうちに帰ろう。


「さよなら、レイさん!」


 そう言葉を残して、私は光る部分へ向かった。ふわりと体が浮き上がるような感じがして、視界が真っ白に染まった。

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