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フィルと精霊王(sideフィルハイド)

 ……ここはどこだ?


 気がつくと、俺は綺麗な森の中にある泉の前に立っていた。


 「……俺はなぜこんなところに? ……何か重要なことがあったはずなのに」


 どこか頭がぼんやりしている。

 ……思い出せ、俺は何をしていた?


「……そうだ、ナディア! 俺は聖水を飲んで、意識が途切れて……ということは、ここに精霊王がいるのか?」


 なぜか一瞬頭がぼんやりしていたみたいだけど、すぐ思い出せてよかった。ここに呼んでくれたのはおそらく精霊王のはずなのに、他に誰かいる気配はない。


 ……俺がここに来れたということは、あいつの言っていたことは本当だったのか。あいつの言うことを聞くのは癪だが、ナディアのためならまあ良しとしよう。


 ざっと周囲を見渡す。たくさんの木々がさやさやと揺れ泉の水は煌めいており、心が落ち着くような、穏やかな空気に満ちている。そして、ずっと奥の方は何もない真っ白な空間のように見えるという、なんとも不思議なところだ。


「……なんだろう、ここに来たことなんてないはずなのに……」


 なんだか懐かしい、と感じた。もしかして、この場所には訪れた人にそんな感覚を与える力があるのだろうか?


 チカッと微かな光が目の端に映り泉の中心に視線を向けると、小さな光がキラキラと集合し、人の形を取り始めた。


 驚くべき光景だが、これが精霊王だ、となぜか確信を持ってそう思った。


 そして現れたのは、俺と同じ銀色の髪を足元まで伸ばした、優しげな表情をたたえた男性だった。威圧的な雰囲気などまるでないのに、なぜか圧倒される。


 俺はその場に(ひざまず)いた。


「やあ。初めまして、フィルハイド」

「精霊王よ、お会いくださり感謝致します。俺をご存知なのですね」


 精霊王はくすくすと笑う。


「やだな、君がそんな風にへりくだるなんて変な感じ」


 ……この人の中で俺はどんなイメージなんだ?

 普段から周囲には品行方正に振る舞っているつもりなんだけど。


「あなたは精霊王なのですから、当然の態度かと思われますが」

「うーん、でも僕は嫌だな。普通にしてよ、フィルハイド」


 どこか困ったように笑う彼は、建前で言っているようには見えない。俺も似たようなことを思うことがあるから気持ちはわかる。


「わかりました」


 そう言って立ち上がると、精霊王は満足げに頷いた。


 ……本当にこの方が、初代女王アイリスの王配、シスイで、俺の先祖なのだろうか。色々と聞きたいことはあるけれど、今はそれよりも大事なことがある。


「さっそくで心苦しいのですが、お願いがあるのです」

「うん、ナディアのことだね。あの子は本当にいろんなことに巻き込まれるねぇ」


 精霊王が眉を下げて笑う。どうやらナディアの状態は把握しているようだ。


「あの、ナディアは無事なのでしょうか?」

「うん。今のところは無事だし、命の危険もないから安心して。でも……ナディアが自力では帰ってこられなさそうなのが問題だね」

「帰ってこられない? どういうことですか?」


 精霊王の言葉に少し安心したけれど、どうやら事はそう簡単にはいかないらしい。


「君の『ナディアを助けるため』っていう声が聞こえたから、ナディアが今どこにいるのか世界中の精霊たちに尋ねてみたんだけど」


 精霊王が当たり前のように話す内容に内心驚く。そんなことができるのか。フェリアエーデンから離れるほど少なくはなっているようだけど、精霊は世界中の至るところに存在する。その全てと連絡がとれるなら、調べればわからないことなどないだろう。


「結論を言うと、この世界のどこにもいない」

「……というと?」

「つまり、精霊がいるところにはいないということだ。そして、ナディアが消えた瞬間そばにいた小精霊によると、ナディアについて行こうとしたけれどできなかった、と言ってたんだ。精霊が入れなくて全くいないところとなると、おそらくナディアは魔王の泉か天王(てんおう)の泉にいるんだと思う」

「……では、やはりそのどちらかがナディアをさらったということでしょうか? 一体何のために?」

「それはわからないけど……さらったのはたぶん、魔王じゃないかな。天王は自分の土地や守護する者に手を出すことがない限り誰かに手を出すような性格じゃないけど、魔王は気まぐれで他者への迷惑を考えたりしないところがあるから」


 三人の王たちはどうやら知り合いらしい。

 ……俺は今すごい話を聞いているのかもしれないな。


 詳しく話を聞いてみたい気持ちはあるけど、今はそんな場合じゃない。重要なのは、ナディアをさらったのはやはり自然界の三人の王の中の一角、魔王のようだということだ。ふつふつと怒りが沸き上がってくる。


 ……ふざけやがって。何が目的か知らないが、誰が相手であれ、ナディアは必ず返してもらうからな。


「……君も変わらないね。そんなに怖い顔をして、魔王に喧嘩を売るつもりなの? やめておきなさい。魔王が困った子なのは確かだけど、人間の君にどうこうできる存在じゃないよ」


 精霊王の言葉に違和感を抱き、失いつつあった冷静さを取り戻す。


 変わらない、とはどういうことだろうか。そういえば、この人は俺の名前を知っていた。まさか、フェリアエーデンに住む全ての人間を把握しているとでも言うのか? それとも、俺が子孫だから?


「あなたとは、初めてお会いしたと思うのですが……」

「ふふ、確かにフィルハイドと会うのは初めてだね。でも僕は、前世の君と会ったことがあるんだよ。ナディアもそうだけど、生まれ変わっても本質は変わらないみたいだ。経験してきたことが違うから性格は多少違っているけれど、本質は同じだ。君はとても愛情深い人だよね。君のそういうところを、僕はとても尊敬していたんだよ」

「………」


 まさか精霊王にそんなことを言われるとは思っていなくて、驚きに目を瞬く。


 ……なんだか毒気が抜かれてしまった。


「まさか君が僕の魔力を受け継いだ子孫として再び生まれてくるなんて、不思議な縁もあるものだ」


 精霊王の視線はまるで父親のように温かい。


「……やはり、そうだったのですね。初代女王の王配シスイの名は残っていますが、精霊王だったとは存じ上げませんでした」

「僕はアイリスと一緒にいたかっただけで、精霊王として人間の世界で動く気はなかったからね。……ふふ、ただの人間として仕事をするのは大変だったなあ」


 精霊王が、懐かしそうにくすくすと笑った。


 前世の俺は、アイリスの王配シスイと何らかの縁があったらしい。そして、シスイの子孫として生まれ変わったのか。


 ……もしかして、前世で俺は、アイリスとも知り合いだったのだろうか。だとすると、彼女のことがあんなに懐かしく感じていたことにも説明がつくな。


 ……まあ、今の俺には関係ない。俺は他の誰でもない、フィルハイド・フェリアエーデンだしね。


「たとえ相手が魔王でも、ナディアをさらわれて黙っているつもりはありません。必ず彼女を取り戻します。精霊王、ナディアを取り戻す方法をご存知であれば、どうか教えて頂けないでしょうか」


 精霊王に頼らなければならないのは悔しいけど、魔王が相手ならば俺の手におえる案件ではないことは認めざるを得ない。でも、方法があるなら何でもやってやる。たとえ俺の何を差し出したって。


「そんなに深刻にならないで。ナディアは無事だって言ったでしょう?」

「でも、自力で帰れない状況にあるんですよね? ナディアがいると思われる魔王の泉とやらに危険はないのですか? それに、帰れないことでナディアが不安に思っているかもしれません。それとも待っていれば、ナディアはすぐに帰ってくるのですか?」

「泉で命が失われることはないから安全は安全なんだ。でも、うーん。彼女が気まぐれでナディアを喚んだのなら飽きるまで帰さないだろうから……一年くらい経てば、たぶん帰ってくるかも?」


 精霊王の言葉に唖然とする。


「それでは遅すぎます! しかもたぶん!?」

「そうだよねぇ。僕も人間として過ごしたことがあるから、そうじゃないかなとは思った」


 彼はあはは、と笑っているけれど、俺は全く笑えない。ナディアと一年も離れているなんて冗談じゃない、俺は絶対に堪えられない。


「すぐに連れ戻す方法はないんでしょうか?」


 そう聞くと、精霊王は困ったように眉を寄せた。


「うーん……ナディアが魔王の泉にいるのなら、手がないわけではないね。それぞれの泉は僕らが神様から任された魔力の源であり、別のものであって同一のもので、つまりここと繋がっているともいえるから、魔王の泉とこことを繋げる道を作ればナディアはここに来られると思う。やったことはないけど……」

「試してみるわけにはいかないのですか?」


 何か問題があるのか、精霊王は難しい顔だ。


「僕が使えるのは精霊の魔力を使った魔術だ。でも、魔王の泉には悪魔の魔力が満ちているからね。精霊が魔王の泉に入り、存在を維持するためには膨大な魔力が必要なんだよ。でも僕がたくさん魔力を使うと、フェリアエーデンの土地に何らかの悪影響が出るかもしれないから……」

「……つまり、魔力があればいいんですよね? 俺の魔力は使えませんか? ナディアほどではありませんが、俺も魔力は多い方なのです。魔力欠乏が起こったって構いませんから」


 そう言うと、精霊王は少し驚いたように目を見開いた後、きゅっと眉を寄せた。


「君は本当に相変わらずだね。愛情深いところは尊敬すると言ったけど、そうやって自分を犠牲にするのは感心しないよ」


 精霊王が初めて見せた厳しい顔に、少しあっけにとられる。前世でも、もしかして俺は同じようなことを言ったのだろうか。


「それに、いくら多いと言ったって、人間一人の魔力じゃ知れている。君の魔力を全部使ったって足りないよ」

「……では、外から持ってくることはできないでしょうか?」

「外から?」


 精霊王が首を傾げるのに、俺は笑顔で応えた。


「はい、今精霊殿には、魔力をたっぷり持っている奴がいますので」

もちろん、あの人のことですね(笑)

フィルは、いいように使われた分使い返してやろうと考えました。

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