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メノウの話 2(sideメノウ)

私はそれから、彼女の情報を集めることにした。

自分に敵う者が今までいなかったものだから、あの夜は油断していたのだ。相手を知れば、人間などに私がやられるはずはない。


いつものように幻術を使って黒髪を隠し、奴の周囲の人間たちから手当たり次第に情報収集する。今は問題なく幻術は作用しているようだ。


すると、だんだん彼女が化け物じみた存在であることが明らかになってきた。


どうやら、精霊王の加護によって彼女には精霊魔術全般が通じないらしい。おまけに彼女が夫からもらったという魔術具の力によって物理的な攻撃にも対処できるようだ。

夜に見知らぬ者が部屋に近づいたというのに、やたら余裕のある態度だったのはこれが原因だったとみて間違いない。


詠唱魔術に精通していて、あらゆる魔術を大した詠唱もなく使いこなすのだとか。昨日のアレも、魔術で速度や筋力を一時的に強化していたのかもしれない。


そして魔力はこの国の魔術師百人分以上あるらしい。なんだそれは。平均的な悪魔族並みだ。いや、それ以上か? 彼女は実は人間ではないのではないだろうか。


頭に浮かんだ馬鹿らしい考えを振り払う。

彼女はどう見ても人間だろう。


何にしても、彼女とやり合うのは危険を伴う。悪魔を宿した私ならばやってやれないこともないだろうが、そこまでして張り合う理由もない。思い返せば、私は彼女と話してみたいだけだったのだから。


そう考えて、私はまた、夜に彼女の部屋のバルコニーへ降り立った。


どうやって出て来てもらおうかと思案していると、気配に気づいたのか、彼女が自分から外へ出てきた。


「なにあんた、また来たの? まだ何か用?」


昨日とは違い、迷惑そうな態度を見せる彼女。

相変わらず怖がってはいないようだが、嫌われてしまったようだ。だが、私にはなぜ彼女がこんなに怒っているのかわからない。国の代表である人間は、戦争によって自分や自分の国の利益を得るのが当たり前なのではないのか?

少なくとも私が今までに会った者どもはそうだった。豊かさを求め、争い、どちらかがそれを得る。人間はそれを繰り返してきたはずだ。


「何を怒っているのだ? 私は何かおかしいことを言ったか?」

「……」


彼女は私を探るようにじっと見つめてきた。


「あのね、本当にわからないの? あなた、大切な人はいないの?」

「大切な人?」


彼女の質問に、私は眉を寄せる。質問の意図もわからないし、そんな者がいた記憶もない。いなければ何だと言うのだ?


「……」


首を傾げていつまでも質問に答えない私の様子を見て、彼女の怒りがだんだんと治まり、困惑したような表情へと変化していく。


「……いないの? 両親とか、一緒に育った兄弟や仲間とか、友達とか」

「……父親は顔も知らんし、母親は私を物のように扱う女だった。兄弟はいない。友達などいたこともない。大切な者がいなければ、何だと言うのだ? 別に必要なものでもないだろう。むしろ邪魔だ」

「……そう……」


彼女はなぜか悲しそうな顔をした。

なぜ貴様がそんな顔をする?


「じゃあ、私が友達になってあげるわ! 仕方ないわね」


私は思い切り顔をしかめた。邪魔だと言ったばかりなのに、この女は何を言っているのだ。


「そんなに嫌そうな顔をしない! 君はまずそこから始めないといけないみたいだから。君、名前は?」


名前?

私は自分の記憶を探った。名前、そういえばあったような気もする。何年も使っていなかったから、名前があることも忘れかけていた。

そうだ、確か私の名は。


「メノウだ」

「そう。よろしく、メノウ。私はアイリスよ」


そう言って忘れかけていた私の名を呼んだ彼女は、親しみを込めた笑顔を向けてきた。黒髪と知っていてそんなことをされたのは、生まれて初めてだった。



それから、夜彼女に時間がある時、バルコニーでよく話をした。友達だと言いながら、決して部屋には入れてくれないのだから薄情な奴だ。


話の内容は主に、自分たちの境遇について。

彼女は元々平民で、女王になどなるつもりはなかったが気づけばなぜかそうなっていたらしい。

……気づけば王になっていたなど、そんなことがあり得るか? 本当におかしな女だな。


「お前には弟がいたのか」

「ア・イ・リ・ス、だってば」

「……アイリス」


こいつはあれから、名前で呼ぶことを強要してくる。まずは形から、などと言っていた。


「昔ね。血は繋がってないけど、とってもいい子で、大好きな弟だった。彼が私の二番目に大切な人ね」


懐かしそうにそう言うこいつの一番目が夫であるということは、この数日の付き合いですでに十分に理解していた。

とにかくこいつは夫の話が多い。世界で一番優しくて強くて素敵で格好いいんだそうだ。今は外交に出ているらしい。

全くもって聞くに耐えかねる。こいつより強い夫って、一体どんな化け物なんだ。


「お前たち人間は、結婚して一緒に暮らし、子供を二人で育てるのだったな。私には理解できん」

「悪魔族ってみんなそうなの? 好きな人とずっと一緒にいたいと思わない?」

「そんなものいたことはないからわからんが、悪魔族が誰かと一生共にいることを誓うなど考えられん。子供など一人でも育てられるのだから、一人でやればいい」

「一人じゃ大変だと思うけど。でも、ふーん、種族が違うと考えも変わるのね」


私は自分の母親がどのような様子で私に接していたかを話してやった。

悪魔を宿す儀式をさせられた話をすると、なぜかアイリスは自分のことのように憤慨した。


「なにそれ、ひどすぎる! そんなんじゃメノウがひねくれてもしょうがないわ!」

「私のどこがひねくれていると言うのだ」

「……本気で言ってる?」


アイリスは失礼な奴だった。ずけずけと言いたい放題に私を貶す言葉を吐き、私が気まぐれに悪事を働いた話をすると暴力を以て制裁を加えてくる。

普段は戦闘とは無縁であるようにしか見えないから、いきなり拳骨を振り下ろすのに対応できずいつもくらってしまう。本当に憎たらしい奴だ。


ならばもう会いに行かなければいいだけなのに、私はなぜか、またアイリスに会いたくなってしまう。


「お前は私に何か魔術を使っているのか?」

「アイリスね。どうして? 別に使ってないけど」


彼女の様子からすると、それは事実のようだ。


「私は……アイリスに腹を立てていたはずなのに、なぜかまた会いたくなって、気がついたらここにきてしまうのだ。アイリスが何か魔術をかけたのでなければ何故だというのだ?」


眉をひそめながらそう言うと、アイリスは驚いたように目を瞬き、クスッと笑った。


「それはね、メノウが私を友達だと思い始めたからよ。友達に会いたくなるのは当たり前でしょ?」


私は目を見開いた。友達だなどと、こいつが勝手に言っているだけだと思っていたはずなのに、私はいつの間にかそれを受け入れていたというのか?


「私はとっくにそう思ってたわよ? まあ、友達というよりは弟みたいなものかも。ルトよりだいぶ手がかかるけど」


ルトとは、アイリスの弟だった奴の名前だ。


「弟とはなんだ。私はアイリスよりだいぶ年上だぞ」

「え、二十歳くらいにしか見えないけど? メノウって何歳なの?」

「詳しくは覚えてないが、五十年は生きている」

「えー!? 若作りすぎる! 秘訣を教えなさいよ!」

「種族の問題だろうが!」


こんな遠慮のないやりとりを自分が楽しんでいるのだと、私はすぐに気づくことになった。


「アイリスといると楽しい」


つい口からそんな言葉がこぼれた。

自分が何を言ったのかわからなくて狼狽えていると、アイリスは嬉しそうに笑って、「私もだよ」と言った。


私は初めて自分の存在を受け入れてもらえたのだと、だから私はアイリスに会いたくなるのだと、私はこの時理解したのだ。


それから、アイリスの夫が外交から帰ってきたということで、あまり夜に会うことはできなくなった。


元々毎日会っていたわけでもないが、たまにアイリスに会って話がしたくなる。

それで、私は昼にアイリスに会いに行くようになった。アイリスが私を友人だと言って周囲の者たちに紹介してくれたおかげで、ほとんどの人間には邪険にされることはなかった。


アイリスが私を友人だと紹介してくれただけで、喜びを感じている自分に気づき驚いた。

私は生まれて初めて、友人を得ていたのだ。


一部、女王に近づく私を不審だと言って憎らしそうに見てくる輩もいたが、そういう視線には慣れている。無視しておけばいい。


忙しい時も、アイリスは仕方なさそうに笑って私がそばにいることを許してくれる。あまり話をすることはできないが。


但し、アイリスの夫が現れた時は話が別だ。少し顔を赤くしたアイリスに問答無用で追い出され、しばらく部屋に入れてもらえない。アイリスは夫を優遇しすぎだと思うのだ。


その夫がまた謎なのだ。あやつはおそらく人間ではない。いや、どうなっているのかは知らんが今は確かに人間だ。だが、魔力が人間のものではない。アイリスを問い詰めたが、困ったような顔をして「内緒」と言うだけだった。


「こんにちは」


追い出された窓の外でふて腐れながらそんなことを考えていると、その本人が窓を開けてにこやかに声をかけてきた。

私は驚いて少し肩を震わせた。


「アイリスが追い出しちゃったみたいでごめんね、しかも窓からだなんて。本当にアイリスは仕方ない子だなぁ」

「だ、だって、シスイといるところをメノウに見られるの、恥ずかしいんだもん!」


確かに、いつもと雰囲気が違うな。女王である時の堂々とした態度などどこにもない。ただその辺にいる小娘のようだ。

もう何年も一緒にいて、すでに子供もいるというのに二人はまだお互い恋人のように仲がいい。

人間は結婚してしばらくすると恋愛感情はなくなると聞いたが、必ずしもそうというわけではないらしい。


「アイリスから聞いているよ。新しい弟ができたみたいだって喜んでいた。ありがとう」


私は眉を寄せた。またアイリスは弟だなどと。しかもなぜ貴様が礼を言うのだ?


「し、シスイ! 私は別に喜んでなんかないわ、手がかかる弟みたいだって言っただけ!」


余計に悪いではないか。

いつ私がアイリスに手間をかけたと言うのだ。

私は眉間の皺を深くした。


「ああ言ってるけどね、アイリスは昔弟のように大切に思っていた子を失ってしまったから、君が来てくれて嬉しいんだよ。これからもアイリスをよろしくね」


……嬉しい? アイリスが?


アイリスの方を見ると、顔を赤くして視線を背けている。照れているらしい。


……ふん、仕方ない。大目に見てやるか。

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