メノウの話 1(sideメノウ)
メノウの過去話です。
重いお話なので苦手な方は飛ばしてください。
読まなくてもあまり支障はありません。
私はメノウ。家名はない。おそらく、悪魔族だ。
悪魔族は本来、頭に角を生やし、鋭い牙を持っている。肌の色も、褐色に近い。
だが、私には生まれた時から角がなかったらしい。肌も白く、成長すると鋭くなるはずの牙も、私には生えてこなかった。
これはどちらかというと、遠い土地に住む人間に近いものだった。
かといって、父親が人間だとは考え辛い。悪魔族が住む土地は人間が立ち入ることはほとんどなく、あったとしても、環境が合わないのかほとんどすぐに死んでしまう。
遠い祖先に人間がいたのかは知らんが、とにかく私の外見は、黒髪であること以外は人間と同じだった。
母親も心当たりがなかったのだろう、それだけでいつも異物を見るような目で私を見ていた。
元々悪魔族は、情というものが薄い種族だ。
長命な為か子孫を残そうとする本能が低く、気まぐれで子供を成しある程度成長するまで義務的に育てる。その後は他人だ。わざわざ会いに行ったり、様子を確かめたりすることもない。
人間のように番となって二人で子供を育てることはない。できた子供は母親が一人で育てるのが普通だ。悪魔族は生まれた時から自我があり成長も早く、自力で生きていける程度の魔術を早い段階で習得する。五年もあれば一人立ちするので、人間と違ってそこまで子育てに手間はかからない。
だが、私はそこでも異質だった。
種族の中でも膨大な自分の魔力を制御できず、度々暴走させていた。悪魔族は魔力の制御が得手であるはずなのにも関わらず。
そのせいで荒れた室内を見る度、母親は恐怖と嫌悪を孕んだ冷たい目で私を見下ろし、さっさと後始末をして去っていく。
何度かそれを繰り返すと後始末をすることもなくなった。
食べ物を持ってくるのも最低限なので私はいつも腹を空かせていたし、部屋はいつも不衛生だった。
人間で言うところの五歳くらいの大きさに成長しても、私はまだ魔力を暴走させることがしばしばあった。
母親はいい加減堪えかねたのか、専門の術師を呼び、私にある儀式を行った。
それは悪魔族に伝わる禁忌の術。
悪魔族はその名の通り、悪魔との親和性が高い。悪魔の力を借りて魔術を使い、自身でその身に一時的に悪魔を宿し戦闘することもある。そうすることで爆発的な戦闘力を得られるからだ。
だが私に施されたのは、悪魔を永久的にその身に繋ぎ留める術。
悪魔を常時身に宿すなど、魔獣になることとなんら変わらない。悪魔に意識を奪われれば、ただの獣と化すだろう。
「さあ、おいで。これでもう魔力を暴走させることはなくなるわ。私の従魔にして、封じ込めてあげる」
醜悪な顔でそう言う母親に抵抗する術を、その時の私は持っていなかった。
結果からすると良かったのかもしれない。
強制的にその儀式をさせられた私の魔力はさらに膨れ上がり、宿した悪魔が高位だったからか、私はその膨大な魔力の制御の仕方を唐突に理解した。
悪魔に意識を奪われることもなく、逆に私が悪魔を支配したような感覚だ。
儀式が成功したと見るや私を従魔にしようとする母親を殺し、儀式を行った術者を殺した。私は晴れて自由の身となった。
私は何の感情を抱くこともなく二人の骸を燃やして始末した。
その後、私は知識を吸収することに終始した。家に大量に本があったことは幸いだった。
魔術について。
種族について。
この世界のこと、人間が支配する周囲の国々について。
悪魔族は悪魔の魔力が満ちる土地に。
天族は天使の魔力が満ちる土地に。
その他の種族、妖精族や森の民や人間などは、精霊の魔力が満ちる土地に住んでいるらしい。
二十年ほど経って全ての知識を吸収した時、私は生まれた土地を出た。
体はとっくに成体になっていた。
悪魔の魔力に満たされたこの土地を離れれば離れるほど悪魔族は魔術の威力が落ちると本にはあったが、私は身に宿した悪魔の力なのかそんなこともなかった。
悪魔族は戦闘力の高い種族だ。悪魔を常時身に宿し、高い魔力を得た私に敵う者はいなかった。
色々な土地を回ったが、悪魔族はどこへ行っても良く思われていないらしい。自由主義で自分本意な傾向が強く、時には他人の迷惑を顧みず自分の欲求を満たす者たち。しかも強力な魔術を使う為手がつけられない厄介な種族というのが総合的な評価だった。
それを知って、なるほど、私もどうやら悪魔族であるらしい、と思ったものだ。
私は外見的にはほとんど人間だったが、黒髪は悪魔族であるという唯一の特徴だった。
その為、どこへ行っても友好的に接してくる者はいなかった。
皆、怖れるように目を逸らし、離れていく。
私は自分の思うがままに振る舞いながら生きた。腹が立ったら相手を痛めつけ時には殺し、食べたいものを勝手に食べる。金を盗んだ時は気まぐれにその金を払う。私に刺客が放たれたこともあったが全て返り討ちにした。
そんな意味のない生を三十年ほど過ごした時にやってきたのは、精霊王が棲むと伝わる土地だった。
但し聞くところによると、その土地に住む人間たちはせっかくの精霊の力を使うこともできず、土地に満たされた精霊の魔力を同族の縄張り争いによって無駄に浪費させるという、愚か極まりない生き物らしい。
……そのはずだったのだが。
なぜかいくらかの人間は、精霊の力で魔術を使っているようだった。
情報収集してみると、どうやら数年前に女王となった者が、人間に魔術をもたらしたらしい。
その女王はやたらと国民に好かれているようだった。精霊王の加護を受け長く続いた戦争を終わらせ、人々に魔術をもたらし、自身も特別に優れた魔術師であり、新しい国の女王として善政を布いている。
──一人の人間がそのようなことをやり遂げるとは、なかなかやるではないか。
私はさっそくその女王とやらに会いに行った。どのような豪快な人間なのかと、興味が湧いたのだ。
城へ行けばその者はすぐに見つかった。
一人特別な質の良い服を着て、大勢に囲まれているあの女だろう。蜂蜜色の髪に緑の目。外見は特に特筆すべき点もない、ごく普通の女といえる。
だが、さすがは女王と言うべきか、常に誰か別の人間がそばにいて、話しかけることはできそうにない。
邪魔な周囲の人間を消してしまえば話は早いが、人間は一人一人の力が弱く、団結することで大きな力を振るう。それゆえ周囲の者を大切にする傾向があるらしい。
周囲の人間を消してしまえば、女王は怒りまともに会話することは望めなくなるだろう。
私は彼女が一人になる時をじっと待った。
ある夜、彼女が一人でバルコニーに出てきた。
やっと好機が来たかと、私はそこへ舞い降りた。
「気分はどうだ、女王陛下」
彼女はいきなりバルコニーへ降り立った私を見て目を丸くしている。
曲者だと騒ぐだろうか。まあ、あらかじめ防音の結界を張ってあるが。
「すごい。あなた、黒髪なのね! 初めて見たわ」
「!?」
ところが彼女は、私がいきなり現れたことやそれにより自分の身に危険が迫っているかもしれないことよりも、私の髪色に関心があるようだ。いや、そんなことよりも、なぜ私の髪色が黒だとわかった?
私は面倒を避ける為、最近は幻術で髪をよくある茶色に見せかけている。
術が失敗していた? しかし、何故? そんなことは今まで一度もなかったのに。
だが、動揺を悟られるわけにはいかない。それはひとまず置いておこう。
「……おかしな女だな。まずそれなのか?」
「あら、だっていきなり襲われたわけでもないし。目が行っちゃったんだもん。綺麗な黒髪ね」
私の黒髪を綺麗などと宣った彼女は、完全にリラックスした様子で柵に手をかけ頬杖をつき、私にごく気軽に話しかけてきた。
なるほど、ごく普通の見た目とは違い中身は豪快らしい。
「私がこれから危害を加えるとは考えないのか?」
「そうね、そんな感じじゃないと思ったんだけど、そうするの?」
「……いや」
「ならよかった」
なんだこいつは。私が相手のペースに乗せられることなど、今までになかった。
……そうか、今まで話した相手は皆、私を怖れていた。だが、こいつは微塵も私を怖れていない。
仮にも王を名乗る者だ、命を狙われることもあるだろう。それなのに、こいつのこの余裕は何だ?
「私に何かご用?」
「……噂の女王様がどんな人間なのか、興味が湧いてね」
「あら光栄ね。ご期待に添えたかしら?」
「さあ、どうだろうな」
お互い、表面上は笑顔で会話をしている。
……いや、こいつは表面上だけでなく、私に笑いかけているように見える。今までそんなことは一度もなかったから、確信はないが。
「こんなところに来られるなんて、あなたも魔術師なのね。結構凄腕なんじゃない?」
「お前も相当の腕だと聞いているぞ。精霊王の加護を持つ魔術師の女王。貴様ならば人間の国を全て手にすることも容易いだろうな。なぜそうしない?」
私がそう言うと、彼女は初めて不快そうな顔を見せた。
「なんでそんなことしなきゃいけないの?」
「なぜ、とは? 自分に従う民が増える。自分が支配する土地が増える。上に立つ人間誰もが望むことだろう? 精霊王の加護を持つ貴様ならば世界を統一することも夢ではない。それに、そうすれば今どこかで理不尽な王や為政者に虐げられている民を助けることにもなるかもしれんぞ」
彼女は怒りを湛えたような強い瞳で私を射抜きながら、はっきりと反論した。
「詭弁だわ。そうするには、結局今平和に暮らしている民を巻き込んで戦争しなきゃいけないじゃない」
「そんなもの、より良い未来のためには些末なものではないか。尊い犠牲というものだ」
そう言った瞬間、左頬に強烈な痛みを感じたと思うと、気がついた時には私はバルコニーの端まで吹っ飛び、壁に背中を打ち付けていた。
「……!?」
何が起こった!?
彼女を見ると、右腕を振り抜いたような体勢を取っている。
……まさか、殴られたのか? この私が?
魔術を独学で習得し家を出てから、私の脅威になる存在はいなかった。元々悪魔族は強い種族だというのもあるが、私に宿っている悪魔の存在もあり、私を殴れるような存在は今までいなかったというのに。
それを、油断していたとはいえ、痛みが走るまで殴られたことにも気づかなかった。なんなのだこの女は!?
「些末ですって? 何が尊い犠牲よふざけないで。その犠牲になる人たちだって一人一人が大切な国民なのよ。私の力は他国を侵略するためなんかには使いません。他国には他国の生活がある。虐げられている民がいるのだとしても、全ての民を救えるなんておこがましいことは考えないわ。私は私の民を守る義務がある。あんたと話した私が馬鹿だった。もう帰って」
そう言って、彼女は部屋へと消えていった。




