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交わした契約

王族であるアレクサンダー殿下を病から救ったというのは、みんなに認めてもらえるこれ以上ない功績だと思う。


けれど、フィルはなぜかまた頭を抱えている。


「フィル?」

「いや……そりゃあ文句なく罪が帳消しになるほどの功績になるけど、闇の大魔術師に次期国王が救われたというのはさすがにまずいと思う。完全に事実でもないわけだし、『アデライドの治癒魔術を補助した』と公表するという辺りが妥当かな……。まあ、ナディアのことを言わずにどうやって周囲に兄上のことを説明しようかと思っていたからちょうどいいのかもしれないな」


確かに、アデライド様が魔術をかけてくれたことはちゃんと伝えないといけないもんね。

それをメノウが補助したのだということにすれば、今までは治せなかったものを治せたことの説明がつく。

メノウの功績としてはそれで十分だ。というか、メノウが自由に動けるようになるなら何でもいい。


「ただ、それだと王家と闇の大魔術師は繋がっていたのかと思われる可能性がある。彼が初代女王と親しかったという話は知られているから、ナディアが橋渡しをしたということになるかもしれないけど、いい?」

「うん、もちろん」

「……もう少し話を詰める必要があるけど、それならまあなんとかなるかな……あとは、枷だね。彼を自由にすることを不安に思う民もいるだろう。功績があるからと言って、危険人物を完全に野放しにするわけにはいかない。彼を縛る何らかの契約魔術を行ってもらうことになると思う」


フィルが厳しい目でメノウを見るけれど、メノウは涼しい顔でさらりと驚くべき発言をした。


「私を縛る枷ならすでにある」

「!?」


私を含め、みんなの視線がメノウに集まる。

メノウはいつも自由に姿を消したり現れたりしていたと思うけれど、どんな枷があったというのだろうか。


「ナディア」


メノウが表情を緩めて私を見た。

この雰囲気だけを見ると、本当に、とても危険人物だとは思えない。


「ナディアと私はすでに契約状態にある。ナディアを主とした、主従の契約だ」

「「!?」」


はい!? 聞いてないですけど!?


この場にいる全員が驚いて言葉を失っている。


私も目を見開いてメノウを見ていると、メノウはイタズラが成功した子供のようにクックッと笑った。


「何の契約かは言っていなかったな。初めて会った夜に交わしたのは、主従の契約だ。ナディアの居場所や状態を知ることができて、あのような簡単なやりとりで結べるのは己を従とするあの契約しかなかったのだ」


えええ!?

ということは、会ってほんの少し言葉を交わしただけのあの時に、メノウは私を主とする契約をしてしまったということ?


……ええと、でもそれって、結局どういう契約なの? メノウはいつも普通にしていたと思うけれど。


「その契約がメノウの枷になるの?」

「そうだ。主従の契約を結ぶと、基本的に主には逆らえない。ナディアが私を縛る意志を持って私に命令すれば、私はそれに逆らえない」


私はあんぐりと口を開けた。


「な、なんで、あの一瞬でそんな契約を結んじゃうの!? もし私がそれを利用しようと思ってたらどうするの!?」


もしメノウを利用して悪いことをしようと考える人とそんな契約を結んでしまったら大変なことになるのは、私でもわかる。


私が怒ってみせると、メノウは面白そうに笑った。


「そんなわけはないとあの数分のやりとりでもわかっていたが、もしそうだったなら、契約のことは言わずに二度と会わなければよかっただけだ。会わなければ何を命令されることもない」


う。確かにそうなのかもしれないけど。


「ちょっと待て」


フィルが理解しがたいというように顔をしかめながら話を遮った。


「『主従の契約』だなんて聞いたことがない。そんな奴隷制度を助長させるような魔術の開発は禁止されている。それもお前が作り出した魔術なのか?」


嫌悪感たっぷりにフィルがメノウを見据える。


フェリアエーデンでは奴隷制度は禁止されている。けれど、裏では密かに存在しているという噂もあるのだ。確かにこの魔術があれば、隠れて奴隷制度が加速してしまう可能性がある。


「そうではない。これはお前らもよく知っている魔術だ」

「何……?」


フィルが訝しげな視線をメノウに向けた。

メイベルや護衛の二人も、顔を見合わせて首を傾げている。


「別に珍しくもない。お前らの中にもいるのではないか? 契約魔術によって魔獣を従えている者が」

「「!?」」


魔獣!?


全員が目を見開いていて、全く驚きを隠せない状態だ。

私はその魔術についてよく知らないけれど、つまり、私は通常魔獣と交わすような契約をメノウと結んだってこと!?


「……魔獣を従える魔術は確かにあるが、それはもちろん人には使えない」

「私はお前らとは種族が違う上、少し特殊でな。魔獣とは動物に悪魔が入り込んで変異した存在。貴様等に詳しく事情を話してやる気はないが、事実は教えてやる。私は魔獣と同様に悪魔と同化しているから、所謂(いわゆる)『従魔の契約』を従として結ぶことができるのだ」

「……無茶苦茶だな」


はぁ、とフィルがため息を吐いた。


「しかし、そんなことを公表すれば、お前はもう人としては扱われなくなるかもしれないぞ」

「今までもまともに扱われた覚えはない。大して不都合もないだろう。この契約を公表することでナディアといられるようになるというのならば、私はその方が大事なのだ」


私はメノウの言葉にぎゅっと胸が締め付けられた。

そんな風に言うメノウが今までどんな扱いを受けていたのか想像するだけで悲しくなる。


「メノウは友達なのに、私はそんな契約嫌だよ。解除できるなら解除して、また別の契約をするとか……」

「できなくもないが、しない。私が好きで、ほぼ勝手に結んだ契約だぞ? そんな心配そうな顔をするな」


メノウは可笑しそうにそう言うけれど、それならば私は、メノウを大切に思っているんだってことをこれからたくさん伝えていかなければならないよね。


「メノウ、もちろん、私もメノウと一緒にいたいと思ってるからね」


そう言うと、メノウは嬉しそうに破顔した。


「先ほどのやりとりから、それは伝わっている。大丈夫だ」


メノウがそう言って私の頭を撫でたので、私は少しホッとした。


次の瞬間、ビュッと私の頭上を風を切るようにフィルの手が通りすぎた。

メノウがサッと手を引いたのでそれはただ空を切っただけだったけれど、メノウが避けていなければ結構痛かったんじゃないだろうか。


「フィ、フィル?」

「俺の婚約者に軽々しく触れるな」


フィルがまたどす黒いオーラを放ち出してしまった。


「なんだ、余裕がないな小僧。頭を撫でたくらいで取り乱すとは」

「こっ……!?」


また二人がバチバチと火花を散らし始めた。


……ええと、どうしてこうなるんだろう? もしかして、フィルは私がメノウに何かされると思って心配してくれてるのかな。


「フィル」


私はフィルの服を引っ張って呼び掛けた。


「大丈夫だよ、メノウは私に危害を加えたりしないから。落ち着いて」

「ナディア、そうじゃないよ……」


フィルが盛大にため息を吐いてしまった。

メノウは面白いものを見るようにニヤニヤしている。


フィルはなぜか不満そうにしながら、私の頭を撫でてきた。


「どうしたの?」

「……なんでもない」


そう言うフィルのふてくされた顔は全然「なんでもない」と思っていなさそうだけれど、追及しても教えてくれないんだろうな、と思い、私は大人しく口をつぐんだ。



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