訪問者
「ではナディア、頑張るのですよ」
「はい、お養母様」
お養母様はお養父様と合流して先に謁見の間へと向かうため、ここでお別れだ。私は待合室でメイベルと共に時間まで待機することになるみたい。
この待合室も、普段の挨拶会ならば洗礼式を終えた子供がたくさんいるんだろうけれど、今日は私一人だ。ものすごく広くて綺麗なお部屋に、私とメイベルだけがぽつんと取り残された。
「時間まであとどれくらいかしら、メイベル」
「もう少しかかると思いますよ。迎えが来るはずですから、それまではゆっくりなさってください」
そう言って私をソファーへ導いた。
「メイベルも座ったら?」
「いえ、わたくしはここで」
そう言って笑顔で辞退して私の後ろに立つ。誰もいないんだから座ればいいのに、と思うけれど、メイベルは真面目だよね。
「……!」
「…………」
「?」
外が何やら騒がしい。メイベルと目を見合わせていると、扉がコンコンコンとノックされた。何かあったのかもしれない。
メイベルが向かって行きドアを開けると、そこには背の高い見知らぬ男性と、その人を諌める兵士さんがいた。
彼は確かドアの前に立っていた兵士さんだ。
「困ります、ランドローディ様! ここは謁見者用の待合室で」
「まあまあ、立ち入り禁止なわけではないでしょう? 今日は彼女しかいないんだし、少し話をするだけだから」
彼はどうやら私に用があるみたいだ。
突然の訪問者は身分が高い人なのか、兵士さんはあまり強く出られないようだ。ランドローディと呼ばれた男性はゆっくりと私の元までやって来ると、片膝をついて綺麗な笑顔を浮かべた。
「初めまして、お嬢さん。私はビシャス・ランドローディと申します。いきなりの訪問であなたを困らせてしまうと知りながら、あなたとどうしてもお話をさせて頂きたく、こちらへ参上致しました。どうか一時、あなたの時間を私へくださいませんか?」
彼はとても優雅な仕草で私に手を差し出した。整った顔をしていて、濃い紫の長い髪はよく手入れされているようでとても艶やかだ。服装は立派な服を少し着崩していて、それがとてもよく似合っている。話す言葉もどこか甘く、思わず「いいですよ」と言ってしまいそうになる。
……けれど、なんだか胡散臭いかも?
あまり心が込もっていないというか、こういうことを言い慣れている感じというか、自分の容姿の良さを利用して、こういう風にやればいいと理解してやっている、という感じがする。たぶん。
パン屋で働いていた時によく来ていた人に雰囲気が似ているんだよね。店長曰く『ナンパ野郎』さんに。
彼は私に声をかけてきたことはなかったけれど、綺麗な大人の女性のお客さんによくこんな感じで声をかけていた。そしていつも違う女の人と一緒にお店に来たりしていたのだ。店長には『ああいうのには引っかかるなよ』と教えてもらったんだよね。
それに、丁寧な言葉でこちらへ伺いを立ててはいるけれど、王族へ謁見する前の子供の待合室へいきなりやって来てお話をしようだなんて、言ってしまうとちょっと迷惑な話である。確かに立ち入り禁止なわけではないけれど、配慮が必要だと思うのだ。
こっちは少しでも心を落ち着けたいんですからね!
メイベルが何かを言おうとするのを手で制し、男性に向かってにっこりと微笑みかけた。
「申し訳ございません。わたくし、知らない方とあまりお話をしないよう言いつけられているのです。わたくしと話がしたいならば、グレイスフェル公爵家を通してくださいませ」
実際、あまり話さないように言われている。手荒なことはされないと思われるけれど、私は誰にどのように狙われているかわからないということで、接触する人はとても限られているのだ。ちょっと大げさだなぁとは思うけれど。
拒否されるとは思っていなかったのか、男性は少し驚いたような顔をした。けれど、くすっと面白そうに笑ったと思うと、あっさりと引いてくれた。
「そうですか、それは残念です。またの機会には、是非。いきなりの訪問、大変失礼致しました」
そう言って、笑顔で身を翻して去って行った。
……一体何だったんだろう、あの人。
「申し訳ございません、彼は優秀な魔術師団員なのですが、少し自由主義なところがありまして」
彼を止められなかったドア前の兵士さんが申し訳なさそうに謝ってきた。
へえ、魔術師団の人だったのか。じゃあ、アゾート先生の同僚なのかな?
……アゾート先生とあの人が魔術師団員か。魔術師団の入団基準にはもしかして顔の良さも含まれているんじゃないだろうか。
「いいえ、少し驚きましたけれど、きちんと言えばすぐ帰ってくれましたし、問題はありません」
にこりと笑ってそう言えば、彼は安心したように戻っていった。
「ナディア様、素晴らしい対応でした!」
メイベルが嬉しそうに笑ってそう言ってくれた。
……やったあ、メイベルに褒められたよ!
──その頃、廊下で。
「うーん、焦りすぎたか……。ポーッとした子だって話だったからいけるかと思ったんだけど、警戒されちゃったかな。今度からはもう少し慎重に攻めてみないとなァ……」
ビシャス・ランドローディは謁見の間へ続く廊下を歩きながら、どうすれば魔法使いの少女と親しくなれるかと考えを巡らせていた。
けれど、こちらを見ながら頬を染めるメイドたちに笑顔で手を振って愛嬌を振り撒くことも忘れない。
彼が魔法使いの少女を探していたのは、その少女自身に興味があったからというわけではなかった。
彼女に付随するであろうあるものに、彼はとても興味があったのだ。
だが、朝の会議での話を踏まえると少女自身にも十分価値がありそうだ。
事前呪文の短縮化……。
会議後、練習場で少し試してみたが、問題なく魔術は発動した。自分としては少し効果が低くなったような気がしたが、まだ検証は十分ではない。とにかく発動はしたのだから、十分使える範囲の呪文であるとは言えるだろう。
そんな呪文の開発をあっさりとやってのけるのだから、これから学園に通い学んで行く上でさらに色々なことをしでかすだろうことは簡単に予想できる。利用価値など計り知れない。
けれど、それ以上に彼女が魔術を発展させるのを近くで見るのは楽しそうだ。親しくならない手はない。
そして親しくなったあと、本来の目的が達成できれば御の字である。
「ん~、どうしようかな。彼女には色仕掛けは通じないっぽかったしな~。残念……。まぁまだ半成人もしてない子供だし仕方ないか。けど、素直そうではあったし、目的の方は案外正直に言えば聞いてくれそうな感じだったかな? まずは信頼を得てから、正面からお願いするのが良いかもしれないね」
──彼は目的を達成するための算段をつけて、ニヤリと笑った。




