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閑話 魔術師団会議(sideドルーグ)

 私はドルーグ・クレイオス。王城で魔術師をやっている、三十六歳の男盛りだ。


 愛する妻と可愛い息子と娘を持つ父親でもある。妻は怒ると怖いところもあるが関係はいたって良好だし、子供たちは生意気になってきたが、元気なことはいいことだと思っている。


 緑の魔術師団師団長なんて職に就いてはいるが、これは名前だけだ。実質お偉い爺さん方の使い走りのようなものだし、魔術の実力は中の上。頭もそんなに良くはない自覚はある。なのになぜ私が師団長などというポストにいるのかというと、全てはこの男のせいなのである。


「いやー、こんな朝からいきなり幹部召集会議なんてかったるいですよね~」


 ……頭をかきながらあくびまでしているこの不真面目な男は、緑の魔術師団副師団長のビシャス・ランドローディ。私に師団長を押し付けた男だ。


 フェリアエーデンには魔術師団が四つある。

 黒の魔術師団、赤の魔術師団、白の魔術師団、そして、私の所属する緑の魔術師団。


 緑は調査や研究が主な仕事で、他の魔術師団から嘗められつつ雑用を押し付けられたりすることもしばしばある。

 実力があってめっぽう強いこいつがなぜ緑の魔術師団にいるのか、私にはさっぱりわからない。

 まあこいつには他の魔術師団の連中も一目置いているようなのだが。


 魔術学園を卒業すると同時に緑の魔術師団を希望して入団、めきめきと頭角を現したこの男は本当に底が知れない。


 学生時代にもいくつか効果的な魔法陣を作り出していたらしいが、緑の魔術師団に入って研究の環境が整ってからは数年でいくつもの有用な魔術具を開発しやがった。

 今ではこいつの開発した魔法陣を組み込んだ飛空盤が学生たちの中で大人気になっている。


 おまけに魔術師団による魔術戦闘訓練では常にトップクラスの順位をキープしているし、緑の中ではぶっちぎりの一位だ。


 性格は悪いが魔術の腕は抜群で、濃い紫の長い髪は雑に結んであるがなぜかそれがキマっていて、顔も二枚目なので嫌みったらしいくらい女にもてる。


 まだ二十八歳と若いが、魔術師団とは実力のみが重視される組織であり、体力も重要だ。前師団長が引退することになった時、こいつが次期師団長筆頭候補だったのだ。


 私もこいつも爵位は持っていないが、魔術の実力も実家の家格も人を惹き付けるカリスマもこの男の方が上、私が上なのは年齢くらいのものであり、本来なら間違いなくこの男が師団長になるはずだった。


 それなのに、こいつが「今の俺があるのはドルーグさんのおかげだから、彼の下で働きたいんです」なんて心にもないことを上に言ったものだから、私は分不相応にこんな役職に就いているのだ。


 おかげで私は日々胃を痛めながら師団長という激務に励む日々だ。つい先日まで、スターリン公爵令嬢の呪い事件で私は寝る暇もなかった。

 ……結局、大して役には立てなかったが。


 妻は私を師団長に推したコイツに感謝しているが、普段の態度からしてこの男は絶対に私を尊敬などしていないし、師団長という立場が面倒で私を生け贄に差し出しただけなのだ!


 ああ、この男が入団したばかりの頃、あんなに世話を焼いてやるのではなかった。今となっては後悔しかない。あの日々でこの男は私を『面倒事を押し付けられる存在』だと認識したに違いないのだ。


 私は少し恨めしい視線を一瞬だけビシャスへと向け、またすぐに前へ戻した。


「……あの『天才』アゾート・ウォルグレイの召集らしいぞ。一体何があったのだろうな」


 アゾート・ウォルグレイ、あの男もまだ魔術学園を卒業して三年だというのに、上に見込まれてすでに赤の魔術師団第三席という地位に就いている。幹部召集権まで持っているのだから、戦ったことはないがあの男も私などよりよほど実力があるのかもしれない。

 ……まあ、緑は調査・研究が主な仕事だからな。うん。


「へー、それは期待できますね! 緊急招集なんて面倒だと思ってたけど、少し楽しみになってきたなあ」


 ……なぜそうなるのだ。


 先ほどの様子と打って変わって足取りも軽く会議室へ向かうビシャスを見て、この男の考えは私にはいつまでたっても理解できそうにないとため息を吐いた。




「……これは、どういうことだ?」


 目の前の紙には分かりやすく書かれた精霊語の呪文。そしてこれは、新しく考案された事前呪文だ、と書かれている。多少の実験結果と考察と共に。


 意味が理解できなくて、つい言葉が零れた。

 アゾート・ウォルグレイは私の言葉を拾って、説明を始めた。


「ですから、ここに書いてある通りでございます。この事前呪文で、私は問題なく魔術を発動させることができました。これが全魔術師に通用するものなのか、結呪文によっては発動しないものもあるのかの検証が必要です。その後全ての魔術が使用可能だと判明したのなら、現在の事前呪文よりもこちらを主流として後世に残すよう動いていくべきかと」


 ……これが事前呪文?

 今使っているものの半分くらいしかないぞ?


 これが事前呪文として成立するのだとしたら、今までのものは何だったのかと叫んで走り回りたい。

 集まった幹部たちからも「信じられない」などという声がざわざわとあちこちから聞こえる。


「へぇ~! これはすごいですね! これ、アゾートくんが考えたんですか?」


 心底楽しそうにビシャスが言った。


 なぜこいつはこんなに順応性が高いのだ。事前呪文がこんなに短くできるといきなり言われて、へえそうですかとなぜすぐ切り替えられるのだ!?


「いえ、私ではございません。これは、フェリアエーデン初代女王の生まれ変わりであらせられる、ナディア・グレイスフェル公爵令嬢の発案でございます!」


 それを聞いて、ビシャスの目が一瞬で鋭いものに変わった。


 ……そういえば、そのナディア嬢が公爵家に入る前、こいつは噂になっていた魔法使いの少女を探していたんだったな。その魔法使いであったナディア嬢は、グレイスフェル公爵の養女となり会うことは難しくなったのだろうが。


 ……確か、今日の午後に個別で挨拶会があるんじゃなかったか?


「……へえ、そうなんですか。それは是非とも検証してみないといけませんね? アゾートくん、この事前呪文を使用した感じはどうでした? 必要魔力量が増えたり、威力が落ちたりのデメリットはないのでしょうか?」

「私もこの呪文を教えて頂いたのは昨日のことですのでまだ十分な検証はできておりませんが、私としてはそれほどいつもと差異があるようには感じませんでした」


「ふぅん……」


 ビシャスの薄ら笑いを見て、私はため息を吐いた。こいつがこうやって笑う時はろくなことがないんだ。


 再び用紙に視線を落とすと、遠くから嫌な奴の声が聞こえてきた。


「この呪文の開発者である彼女に、ここに来てもらうことはできないのだろうか?」


 ……マティス・ブロード、黒の魔術師団の師団長だ。

 俺はこいつのことが、色んな意味で苦手だ。


「彼女は呪文の開発者ではありますが、今はただの公爵令嬢です。呪文はすでにこうして書面に起こしてありますし、私にも説明できます。規則を無視して魔術師団会議に呼ぶ必要性は全く感じませんね」

「……」


 アゾートがにこやかに笑いながら意見を退けると、ちっ、と舌打ちが聞こえてきそうな態度で、奴はドカッと椅子に座り直した。

 ……一体なんなんだ、どいつもこいつも、ただの一人の幼い少女なんかに会いたがって。生まれ変わりだかなんだか知らんが、そいつはそいつだろう?


「いや、これが本当ならば素晴らしい大発見だ」

「早急に全魔術師団員での検証と様々な状況を想定した実験を行い、有用ならばできるだけ早く実用化に動かねばならないでしょう」

「魔術師団のスケジュールに大幅な変更が必要ですね。陛下にも報告し指示を仰がねば」


 次々と意見が出され、とりあえずは要検証ということで会議は終了した。



「師団長~」


 気の抜ける声はビシャスからだ。


「なんだ」

「俺、今日はもう帰ってもいいですか?」


 私の額には、今ピキリと青筋が入ったことだろう。


「どうしてそうなる!? 明らかに仕事が山積みだろうが! ただでさえ呪い事件で通常の業務が滞っているのにこれから団員のスケジュールも編成し直さなければならないし、連絡もせねばならん! 会議の報告書も作成して」

「え~でも俺どうしてもやらなくちゃいけないことができて……あぁ、そういえばお腹も痛くなってきたかも……」


「……」


 下手な演技はバレバレではあるが、こうなればこの男はもう使い物にならない。無理に留まらせれば後日さらに面倒なことになるだろう。


「……明日から、一週間はみっちり残業させてやるからな」

「は~い!」


 パッと演技を止めて笑顔になったビシャスは、足取りも軽く去って行った。


 ……あぁ、全く、私の胃痛が治まる日はしばらく来そうにない。

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