第一話 しがないゾンビです
俺は岡田翔平、35歳。
職業は、しがないサラリーマン。
趣味は映画鑑賞。
特に好きなのは――ゾンビ映画だ。
『ワールド〇〇Z』だの、『バイオ〇〇』だの、『ウォーキング〇〇』だの。
ゾンビと名の付く作品なら、とりあえず観る。
そんな俺が――
「…………」
なぜか今、ゾンビになっている。
身体中は腐っている。
皮膚はボロボロ。
腕を見れば、なんか肉がちょっと見えている。
正直、キモい。
動こうとしても、
「ゔ……ゔゔ……」
ノロノロ。
(動き遅っ!!)
(いや、待て待て。俺、ゾンビになったのか?)
(なんで?)
(ていうか仕事どうすんだよ!?)
(いや、そもそもここどこだよ!? 会社は!?)
翔平は辺りを見渡した。
見渡す限り――
木。
木。
木。
(木しかねぇし!!)
(文明のかけらもねぇし!!)
(ここどこだよ!!)
その時だった。
木々の奥から、何かが聞こえた。
「ゔゔ……ゔゔう……」
(ん?)
翔平は音の方向を見る。
木々の間から現れたのは――
ゾンビだった。
「…………」
(ゾンビだぁぁぁぁ!!)
(初めて見た!!)
(本物!?)
(すげぇ!!)
(……いや待て)
(俺もゾンビだよ)
(何でテンション上がってんだ俺)
翔平はとりあえず、ゾンビに近づいた。
そして――
「ウヴァヴヴヴ」
(こんにちは)
(…………)
(返事ねぇし!!)
(いや、俺も何言ってるか分かんねぇけど!!)
その瞬間。
――バンッ!!
翔平の動きが止まった。
(…………)
(今の音)
(銃声だよな?)
(銃声だよな!?)
(人間いるの!?)
翔平の足が勝手に動き始める。
(いやいやいやいや!!)
(待て待て待て!!)
(何でそっち行くんだよ!!)
(俺ゾンビ!!)
(相手、人間!!)
(しかも銃持ってる!!)
(ダメだろ!!)
(撃たれるの怖すぎる!!)
(ストップ!!)
翔平は必死に念じた。
すると――
歩く速度が少し遅くなった。
(……お?)
(止まって……)
(ないな)
(全然止まってないな!?)
しばらく歩くと、木々の向こうに人影が見えた。
複数の人間。
そして、その周囲を――大量のゾンビが取り囲んでいる。
(おお……)
(映画みたいだ)
「銃なんて使うからこんなに寄って来ちゃったじゃない! どうすんのこれ!」
そう叫びながら、女がナタを振り回す。
ズバッ!
ゾンビの頭が吹き飛ぶ。
「すまん! 咄嗟だったんだ! 今夜の缶詰一つやるから許してくれ!」
男は斧を振り下ろした。
ドゴッ!
また一体。
「全く! ちゃんと周囲の確認を怠るなと言っているだろう!」
別の男は弓を構える。
シュッ!
ゾンビの頭に命中。
「全くだ!」
さらに別の男も淡々とゾンビを片付けていく。
(…………)
(強っ)
(何これ)
(めちゃくちゃ強くね!?)
(リアルなゾンビ世界の生存者って、こんなに場慣れするの!?)
(ゾンビの強みって、数じゃないの!?)
(めちゃくちゃ数いるよ!?)
(なのに全然ものともしないんだけど!?)
翔平はそんなことを考えている間にも、人間たちへどんどん近づいていく。
(いや、ていうかマズい!!)
(このままだと俺まで殺される!!)
(止まれぇぇぇぇぇぇ!!)
ピタッ。
翔平の足が止まった。
(……止まった)
(やった!!)
(俺、動きを制御できるじゃん!!)
(これ、あれだ)
(ゲームのオートモード中にスティックをちょっと動かした時と同じだ)
少し気が緩む。
一歩。
また一歩。
(…………)
(動いてるじゃねぇか!!)
(集中しろ俺!!)
翔平は必死に身体を制御した。
そして――
(よし)
(要領は掴んだ)
(逃げよう!!!!)
翔平は身体を反転させる。
そして全力で逃げた。
もちろん、ゾンビなので全力でも遅い。
(いやー……)
(びびった)
(めっちゃびびった)
(心臓止まるかと思った)
(…………)
(もう止まってるけどね!?)
一人でツッコみながら、翔平は森の奥へ消えていった。
⸻
(あの人間たち……)
(あれって、この世界でずっと生きてきて、めちゃくちゃ強くなったパターンだよな)
(映画でもいるんだよなぁ)
(こういう「生存者として完成されてる奴ら」)
(そして、こういう奴らはだいたい仲間割れする)
(仲間割れして――)
(「お前は信用できない!」とか言い出して――)
(その隙にゾンビに襲われて――)
(死ぬ)
(……)
(じゃあ、仲間割れさせるか?)
翔平は少し考えた。
(いや、俺しゃべれねぇわ)
(無理だ)
(じゃあ別の方法だ)
翔平は立ち上がった。
(映画を見てて一度は思ったことがある)
(「俺だったらこうするのになぁ」って)
(それを――)
(実際にやってみよう)
⸻
まずは――仲間集めだ。
翔平はそこら辺に落ちていた鉄パイプを拾った。
そして、
カン。
カン。
カン。
カン。
(ゾンビは音に寄ってくる)
(映画で散々見た)
しばらくすると、森の奥からゾロゾロとゾンビが集まってきた。
(おお……)
(ゾンビABC……Z!!)
(そのくらいいれば、まぁいいか!)
翔平は大量のゾンビを引き連れ、先ほどの人間たちを探し始めた。
⸻
そして、見つけた。
そこには――
巨大なバリケードに囲まれた街があった。
(あー……)
(これはあれだ)
(バリケードの弱いところを探して――)
(物量で一気に押す!!)
(これに限る!!)
翔平はバリケードの一部に、わずかな隙間を見つけた。
さらにゾンビを集める。
そして――
(行け!!)
(子分ABC!!)
(その他大勢!!)
大量のゾンビが一斉にバリケードへ押し寄せた。
上から人間たちが攻撃してくる。
「来るぞ!!」
「押し返せ!!」
「絶対に中へ入れるな!!」
ゾンビが次々と倒れていく。
(子分Aがやられた!?)
(なんて奴らだ!!)
(人でなし!!)
(…………)
(人じゃないのは俺か)
(はははははは)
笑えない。
しかし――
ゾンビの死体が積み重なっていく。
そしてついに。
その死体の山を足場にして、何体ものゾンビがバリケードを越えた。
(どうだ!!)
(夜な夜な集めた俺のゾンビ軍団は!!)
(さて……)
(俺もそろそろ入るか)
翔平も死体の山を登り、街へ侵入した。
そこは――
まさに地獄だった。
無数のゾンビ。
逃げ惑う人々。
崩壊する街。
そして――
先ほどの人間たちもいた。
「くそっ!! 数が多すぎる!!」
「まだ来るぞ!!」
(おお……)
(やっぱゾンビは集団だよなぁ!!)
(こうでなくちゃ!!)
翔平は満足そうに街の奥へ進んでいった。
⸻
しばらくすると、噛まれて倒れている女性を見つけた。
(…………)
(これ……)
(あれだ)
(ゾンビの本能だ)
(噛みたい)
(めっちゃ噛みたい)
翔平は女性に近づく。
(決して綺麗な女性だからとか、そういう理由じゃない)
(男の本能じゃない)
(ゾンビの本能だ)
誰にも聞こえないのに、必死に弁解する。
(では……いただきます)
翔平は口を開く。
――ガブッ。
(…………)
(無味)
(そりゃそうか)
(舌も腐ってるもんな)
翔平はふと女性を見る。
そして――
噛むのをやめた。
(……やっぱ、やめとこ)
(俺、元人間だし)
(ゾンビになったからって、人間までやめる必要ないよな)
⸻
翔平は街を後にした。
(さて)
(次は何を試そうかな)
しばらく一人で徘徊していると――
木材で窓を塞いだ、一軒の家を見つけた。
(おお!!)
(ゾンビの世界といったら、こういう家だよな!!)
(絶対誰かいるだろ!!)
翔平が窓から中を覗く。
生活の跡がある。
(いる!!)
(これ絶対いる!!)
翔平は再びゾンビを集めた。
(新子分ABC!!)
(行くぞ!!)
翔平は腐った手でドアノブを掴む。
ガチャ。
――開いた。
(開いた!?)
(そりゃそうか)
(人間もまさかゾンビがドア開けるとは思わんよな)
(さて、人間はどこかなぁ~)
その時。
二階から物音がした。
続いて――
「いやぁぁぁぁ!!」
(女の子!?)
翔平は階段を上がる。
そこには、部屋のドアを必死に押さえている少女がいた。
(…………)
(可愛い!!!!!!)
(ぜひゾン友になってください!!)
ゾンビたちがドアに殺到する。
少女の力では耐えられない。
バンッ!!
ドアが開いた。
ゾンビたちが少女に群がる。
(よし!!)
(可愛いゾンビ、ゲットだぜ!!)
その瞬間――
カタン。
床に置かれていたロウソクが倒れた。
火がカーテンに燃え移る。
(…………)
(え?)
火は瞬く間に広がっていく。
(ちょっ)
(待って)
(燃えてる!!)
(逃げろぉぉぉぉ!!)
翔平は慌てて家の外へ飛び出した。
その直後。
家の中から、ゾンビたちが次々と飛び出してくる。
(あー……)
(せっかくの美少女ゾンビがぁぁぁぁ!!)
さらに――
燃え盛る家から聞こえる音に引き寄せられたのか、周囲のゾンビたちが次々と炎の中へ突っ込んでいく。
(えー……)
(ゾンビって……)
(音がすれば火にまで突っ込むのかよ)
翔平は燃え盛る家を見つめる。
(…………)
(まぁ)
(ゾンビだしな)
こうして――
ゾンビ映画オタク、岡田翔平の、
ゾンビライフ?
は始まった。




