未来を信じる
私は病院にいた。
まったく動かなかった体も少しずつ動くようになってきた。
私は学校の階段から落ちて頭を打ったのだと言う。
そのまま病院に運ばれて意識不明のまま管に繋がれたそうだ。
私は一向に目を覚まさず、脳の活動が停止している状態、いわゆる脳死状態だったという。
臓器提供の話もされ、あとはご家族の判断ですと言われ約1年ほどそのままこうして寝ていたのだという。
家族は判断を迫られるたびに「うちの子は生きてます!」「お姉ちゃんは死んでいない!」と言ったそうだ。
お父さんは私の状態を察していたが何も言わなかったそうだ。
奇跡を信じ続けて私の元に通ってくれたそうだが『1年』という期限を決めたんだと言う。
それがあの日だった。
私は奇跡的に”管を外して呼吸を止める”前に意識を取り戻すことができた。
誰よりも医者が驚いていて私の家族たちに謝っていた。
「医学的にはありえない話」だと強調していた。
家族は病院を訴えたりせずに単純に私の回復を喜んでくれた。
私は少しずつリハビリを始めた。
寝ている間も家族は私の腕や足を曲げ伸ばしケアをしていてくれたらしい。
それも良かったのだろう。
私はみるみるうちに回復していった。
食欲も旺盛で流動食では足りないとおかわりをせがんだ。
(もらえなかったけど)
家族はそんな些細なことで笑った。
私が話すたびに笑った。
私はリハビリがしんどかったけど、満たされた幸せな気持ちになった。
早く家に帰りたいと思った。
私は事故を起こす前の記憶が曖昧だった。
高校三年生だったと言うがその記憶はほとんどない。
中学生くらいからの記憶がほとんど思い出せないでいた。
医者は頭を強く打ったせいで、記憶が戻るか戻らないかまではわからないと言われた。
高校は退学になっていた。
両親は私が起きることを信じていたが、同級生たちが卒業するタイミングで退学を決めたらしい。
私には高校へ通った記憶がなかったのでそんなことを言われても悲しくもなんともなかった。
生活をした記憶はないが学校で得た知識は残っていた。
難しい数式や英語のスペルなど覚えていた。
(人間の脳って不思議だな)
────
私は数々の検査をクリアして退院することができた。
医者は「奇跡だ」を連発していた。
まだまだ筋力が衰えたままなのでリハビリに通うことは必要だが、家での生活には支障ないと言われた。
私は両親と相談して高卒認定を取ることにした。
時間はかかるかもしれないけれど大学への進学を目標に頑張ろうと思う。
両親は私がやりたいことを話すたびに嬉しそうに聞いてくれた。
妹も「今の高校生は〜」とか助言をしてくれる。
退院して3日目にお父さんがケーキを買ってきた。
誰の誕生日でもない普通の日だった。
夕食時にお父さんがテーブルに出したケーキには、
『幸 18歳 お誕生日おめでとう!』
というプレートがついていた。
イチゴがたくさんのった生クリームのケーキだ。
(私の好きなやつだけど…)
「私の誕生日は8月だけど?」
私は誕生日を忘れられたのかと思った。
「みんなで相談して誕生日をやり直すことにしたんだ。」
お父さんはニコニコしていた。
「さっちゃんの好きな唐揚げもあるわよ。」
お母さんもニコニコしていた。
「私からはコスメのプレゼントだよ!安物だけどね。」
妹もニコニコしていた。
みんなで誕生日の歌を歌ってくれた。
『ハッピバースデートゥーユー』
(この歌…誰かのために歌った気がする…)
両親からも新しい服のプレゼントをもらい、ごちそうをたくさん食べて楽しい夕食になった。
「お姉ちゃん、前よりも話しやすくなったね。」
片付けをしながら妹が言った。
「え?そう?変かな??」
私が聞くと、
「ううん。今のお姉ちゃんが好き。」
そう言って妹はエヘヘと笑った。
私もエヘヘと笑った。
────
私はずっと何かを忘れている気がしている。
何か大事なことがあったような気がしている。
それはとても幸せな何かで、大切な何かだ。
しかしなかなか思い出せない。
思い出せそうになるけど思い出せない。
医者は思い出すときは突然くるかもしれないと言っていた。
(焦らずにその時を待つか)
私はもう少しで死ぬところだった。
事故に遭う前に何を考えていたのか覚えていない。
しかしそれは思い出さなくてもいいような気がしていた。
リハビリは大変だけど、今の私には目標がある。
やりたいこともたくさんある。
素敵な家族がそこにいる。
私には未来がある。
どんな未来になるかはわからないけど。
これはチャンスかもしれない。
記憶がないけど、それはゼロからの再出発という神様がくれたチャンスかもしれない。
毎日を大事にしようと思う。
人生、いつ何があるかわからない。
後悔しないように生きよう。
人に優しく生きよう。
人を愛そう。
人から愛される人になろう。
私には未来がある。
輝かしい未来なのかはわからないけど、私には選択することができる。
どんな未来になるかは自分次第だ。
私は何かに守られている気がする。
温かな何かに。
『きっと大丈夫』
私は桜並木を歩いた。
心がキュンとした。
──── 完 ────




