番外編義妹と幼馴染の2人焼肉
ある日、美玖は裕子に誘われて、二人で近所の高級焼肉店を訪れていた。
美玖は怪訝な表情で席に座ると、裕子は満面の笑みでメニュー表を開いた。
「肉は私が注文するから飲み物だけ選んでくれる?」
「ちょっとどういうことなんですか?このお店、かなり高いじゃないですか。悪いけど、私、あんまりお金持ってませんよ。この前、ありたっけのお小遣いでウエハースチョコを大人買いしてしまったので。」
「大丈夫よ。私の奢りだから」
「はあ?どうして裕子さんが私に高級焼肉をご馳走するんですか?」
「美玖ちゃんって驚いた顔が一番可愛いよね。お人形さんみたい。」
「私の質問に答えてくださいよ。」
しかし、裕子はメニュー表を指差していった。
「まあ。まあ。まずは注文しちゃお。つもる話は、お肉が来てからってことで。」
裕子はそう言うと呼び出し音を押した。
「店員さん。まず飲み物だけど、私は烏龍茶で。」
裕子に促され美玖は焦った様子で言った。
「私は、オレンジジュースでお願いします。」
「こう言う時、お酒が飲めたらいいのにねー。」
「そうですかね。私はあんまりそうは思いませんけど。」
裕子は美玖の怪訝な表情も気にした様子がなくメニュー表を開いて注文を始めた。
「お肉なんですけど、特上カルビ2人前と牛タン塩が1人前、後、ホルモン4種盛り合わせをお願いします。あとサイドメニューで角キムチをお願いします。」
美玖は裕子のあまりに手慣れた様子に内心で恐れ慄いたが、それを悟らせまいと堂々とした態度で言った。
「あと韓国海苔をください。」
そして、二人の前に飲み物が揃うと、裕子は語り始めた。
「このお店ね。お父さんやお母さんとよく来るの。でも今回は特別よ。なにしろ、私がアルバイトして貯めたお金なんだから。」
「裕子さんがアルバイトしたんですか?」
「ええ。勿論、お父さんやお母さんには内緒でね。だから今日は遠慮しないで食べて。全部、私のおごりだから。」
「何で、アルバイトしてまで、私に奢るんですか?」
「何となくわかるんじゃない?」
「分りますけど、口頭での説明を求めます。というよりも説明すべきだと思われませんか。」
「それもそうね。はっきり言うとこれはけじめよ。」
「けじめですか?」
「ええ。私が昔あなたにしたことは明らかに誤りだった。それは認めるわ。あなたが私の電話に応じて戻ってきてくれたから今の薫は元気そう。それも認める。でも、私は薫のことが好きなの。あなたに負けない位にね。」
「そうですか」
「そう。だからこれは謝罪とともに、宣戦布告でもあるの。もうあんなズルはしないわ。自分の気持ちからも逃げない。正々堂々勝負してあなたに勝ってみせる。どうかしら?」
美玖は裕子の話を静かに聞いていた。
「裕子さん。」
「何かしら。」
「裕子さんの気持ちはよく分りました。今度は私の気持ちを言ってもいいですか。」
「もちろん。この際よ。あなたの想いも聞かせてほしいわ。」
「そうですか。じゃあ言わせてもらいますけど。」
そう言うと美玖は、人形の様な見た目だからこそ絶妙な腹が立つ様なドヤ顔で言った。
「そういうところですよ。」
「んっ?」
裕子は思いがけない反応に一瞬戸惑った。
「まず、今回は私への謝罪な訳ですよね。」
「そうだけど。」
「じゃあ、何で事前にお店を聞かないんですか?」
「えっ。それはこの焼肉屋さんが思い出のお店だから。」
「それは分かってます。でも隣におしゃれなお寿司屋さんが出来たの知ってますか?」
「知ってはいるけど。」
「老舗ではないので歴史はないんです。だけど妙に高い。」
「そうね。」
「自分のお金で行くには恐ろしすぎるんですよ。もしあれで不味かったら目も当てられません。」
「それはそうね。」
「ですから裕子さんが奢ってくれるならそっちに行きたかったんです。あのお店は人のお金で行くべき店なんですよ。」
「いや。それは趣旨が変わっちゃうでしょ。」
「あと、さっき私が飲み物選ぶの急かしましたよね。」
「えっそうだっけ?」
「そうです。このお店は色々な種類のお茶がありました。私はどのお茶にするか悩んでいたんですよ。それを裕子さんが常連感出しながら急かすせいでオレンジジュースになってしまったんです。」
裕子は内心いらっとしたが謝罪の場なので仕方がなく愛想笑いを浮かべた。
「そっか。ごめんね。じゃあ次に頼んだらどうかな?何なら私も頼んで二人で分ける?」
「はー。何にも分かってないですね」
「どうして?」
「私は最初にオレンジジュースを頼んだんですよ。次に急に、こったお茶なんか頼んだら、こいつさっきは焦って頼んだってバレるじゃないですか。」
「はあ。」
「何ですか。その不満そうな表情は。私は裕子さんのためを思って注意してるんですよ。」
裕子は思い出していた。
最近は疎遠になっていたので忘れていたが、美玖というのは何とも面倒くさいタイプなのである。
小さい頃から興味のないドラマを宣伝されたり、薫のために作ってきたおにぎりをお茶漬けに入れられたり色々と酷い目にあわされてきたのである。
ついこの前も薫のために作ってきた弁当をなぜかどや顔でカレーにつけて食べられている。
しかし、美玖よりも大人な裕子は、今回の目的が謝罪にあることを必死に自分に言い聞かせて、その場を堪えた。
「そっか。それはありがとう。」
裕子のしおらしい様子に気をよくしたのか美玖はさらに語り始めた。
「あと、お肉の注文も問題ですよ」
「えー。どういうことかな。」
「何でホルモンの4種盛り合わせとか頼むんですか?」
「えっ。美味しいじゃん。私、ホルモンが一番好きなんだけど。」
「そこですよ。」
「えっ。何?」
「裕子さんは顔が可愛いだけで、中身がおっさんなんですよ。」
「急に何?そんなわけないじゃん。」
「うら若き乙女がホルモンに角キムチなんて頼みますか?何ですかあの、ちょっと最初に高級なカルビで肉を楽しんで、あとはホルモンと牛タンと角キムチをつまみにお酒を飲む。みたいな感じの注文は?」
「えっ。そうかな?まあでも私、昔から居酒屋とか好きなんだよね。お父さんに連れられていっておつまみ食べてた。」
「裕子さんって絶対将来、酒豪になりますよね。」
「うーん。そうかもね。お父さんもお母さんもかなり飲むし全く酔わないから体質的には強いと思うし。」
「私、大人になってもお酒は絶対に飲まないって決めてるんです。」
「何でよ?もったいないじゃない」
「あんなもの、お金を払って迷惑を買う様なものじゃないですか。」
「えー。そうかなー」
美玖はそう言うと裕子が焼いていたカルビ3枚を全てかっさらい、タレをつけて食べ始めた。
裕子は度重なる失礼な態度に怒りが爆発しそうだったがなんとかこらえた。
「色々言いましたけど、私としては別に兄さんのことなんか好きじゃありませんし、裕子さんが好きなら勝手にすれば良いんじゃないのって感じですね。まあでも裕子さんは雨女だしなー。」
寛容な裕子の心もついに限界を迎えた。ずっと一貫して無視してきたが執拗な雨女いじりは裕子にとって耐え難いものだったのである。
「へー。そういえば薫に勉強教えてもらわないの?」
裕子の言葉に美玖は怪訝な表情で答えた。
「何ですか。急に?」
「いやー。やっぱり成績いい人に習うのが一番だと思うけどなー。毎回ぎりぎりだけど、このまま行くとついに補習になるかもしれないわよ。」
裕子の言葉に美玖は目を見開いた。
「どこでそれを?」
「えー。内緒。でも美玖ちゃんも頑張ってるよね。本当は馬鹿なのに、風紀委員とかやって薫の前では、頭いい感じだしてるんだもんね。この前なんて机に突っ伏して爆睡してたのに薫が来た途端、慌てて教科書出して勉強してる感じだしてたじゃない。」
「そんな・・・。私の完璧なイメージ戦略を見破るなんて」
「そんなにまでして薫によく見られたいなんて美玖ちゃんは可愛いわねー。(私は兄さんと違って試験は得意じゃないので)なんていじらしいことまで言って。でもおかしいなあ。授業でも美玖ちゃんができた記憶なんてないけどなあ。」
裕子の反撃に押され気味の美玖だったがふいに笑みを浮かべていった。
「それって私と兄さんの教室での会話ですよね。どこで聞いてたんですか?」
「えっ。それは」
「さてはうちのクラスにも裕子さんの味方がいるんですね。」
「味方なんておおげさな。」
「どうせお得意のアレでしょ。家庭の事情で内緒にしてるけど本当は私と薫は婚約してるのっていうしょうもない嘘を言ったのでしょう。」
「うっ」
「さすが、お子ちゃまレベルの恋愛観で兄さんの手すら握れない癖に、人の邪魔ばっかり得意な女は考えることが違いますねー。」
「別に。大体、私にびびって逃げる様な女の子は薫に相応しくないし。」
「うわー。裕子さんの嫌なところ出ましたね。大体、裕子さんって目が据わってて怖いんですよ。皆と仲良しみたいな顔をする癖に誰にも心を開いてなくて、唯一信頼するのは大好きなパパとママだけですもんね。」
「そんなことないわよ。」
「そうですか?大方、周りを見下してるんじゃないんですか?まあ運動部でもないのに昼休みにバレーボールするくらいですもんね。あと雨女ですし。」
「うるさい。」
「えっ。何か言いました?」
「隠キャがうるさいって言ってるのよ。」
「隠キャ⁉︎」
美玖は予想外の言葉に目を見開いた。
「言っておくけど、あなたは顔が人形みたいで超可愛いだけで、言動はド隠キャなのよ。成績悪くて友達も少ないのにあんなに人生楽しそうな辺り、筋金入りよね。」
「何てこというんですか?」
「あと、見下してるかって話よね。そりゃ見下してるわよ。私はね。努力してるの。人間関係も美容も、勉強も運動も全部好きじゃないし、得意ではないわ。でも、努力してここまで来たの。私は教室でへらへらしてる様なやつらとは格が違うのよ。」
「うわー。痛々しい自意識ですね。厨二病じゃないですか。」
「そうよ。どうせ私は、厨二病で誰も信用しない痛々しい女よ。でも薫は別。私が初めて頭の良さでは敵わないって思ったのも薫だし。だってあんなに趣味や食事の好みがあって、考え方も近いし、お父さん、お母さんからも信頼されているのよ。どう考えても私の運命の相手じゃない。」
「運命ですか。大きく出ますね。」
「ちなみに姓名判断も相性最高なの。真野薫は仕事運がすごくて出世するらしいわ。」
「あっ。婿に取るんですね。」
「当然でしょ。私は一人娘だもの」
「急にお嬢様感出さないでくださいよ。」
「別に出してないわよ。それよりもホルモン食べなさいよ。ホルモン焼き出した途端に急に箸を伸ばさなくなってるんじゃないわよ。」
「いやー。見た目が気持ち悪いので。」
「そういう人は多いけど、大体食わず嫌いなのよ。食べてみなさい。絶対美味しいわよ。」
そういうと裕子は、ホルモンを美玖の皿の上に載せた。
「しょうがないですねえ。」
美玖は、そういうとホルモンを食べ始めた。
「ねっ。食べてみると美味しいでしょ。」
その様子を見て美玖はため息をついた。
「結局お人好しなんですよね。」
「何よ。なんか問題ある?」
その言葉に美玖は笑みを浮かべた。
「これが残念なことにないんですよね。」
「あれだけ散々文句言っておいてないの?」
「世の中残酷ですよね。裕子さんがいたら私に勝ち目なんかあるわけないじゃないですか。」
「どういう意味よ?」
「私思うんです。一体何人の人間が裕子さんと同じ立場になった時に私に電話できるんだろうって。きっとあれができるのが本当の愛なんでしょうね。」
「あれは私が身勝手だっただけでしょ。」
美玖は席を立ち上がった。
「ちょうど食べ終わりましたし、お会計はお願いしますね。あと、謝罪はもう十分です。言いたいことは言えましたし、裕子さんの本音も聞けました。少しだけで良いです。兄さんにももっと本音を見せると良いと思いますよ。さすがの兄さんだって裕子さんの本音を知ればギャップにやられるに違いありませんから。私、もし誰かに兄さんを取られるとしたら裕子さんが良いです。裕子さんが相手ならきっと兄さんを諦められます。」
そういうと美玖は去っていったのだった。
☆☆☆
全く。勝手だ。
美玖ちゃんは昔からそうだ。勝手に自分で文句を言って、勝手に自分で納得していなくなる。
私が薫を好きになったのは、小学6年生の時だ。
それまで私にとっての薫はただの幼馴染にすぎなかった。だから美玖ちゃんに出会って薫が家に迎えに来なくなっても別に何も感じなかった。
でも小学6年生の時、美玖ちゃんと歩く薫を見て、急に胸が苦しくなった。そう。私は失って初めて自分の恋心に気づいたのだ。
「はあ。美玖ちゃんも勝手だな。私はただ綺麗に振られたいだけなのに。」
誰にいうでもなくそう呟いたのだった。




