64話 帰還後
明海九年 1月22日 大津久海 上空 風切隊
「ハァ……ハァ……」
腕から血が流れ、痛みに堪え乍らも、残った二機で帰還する。
何とか戦線を離脱出来たのには、訳がある。
一つは、向こう側が即座に撤退したこと。
恐らく弾丸の予備が無くなったか、心許なかったか、それとも流石に不利と判断したのか、それは分からないが、残りの一機が撤退したことによる。
そしてもう一つ、こちらの戦力も無くなったということだ。
こちらの弾丸も無くなり、逃げる敵機との追撃戦を行える余力も無くなったということだ。
そして今、現在に至る。
「フゥ……ハァ……生機……大丈夫か……?」
そう、最後、敵機の残る最後の一機に落とされたのは、生機ではなく、生機より比較的被害の少なかった、杉であった。
「……まだ……大丈夫だ……」
そのため、意識を朦朧とする生機大尉に声を掛け、意識を保たせながら飛び続けるしかない。
まだ自分は、痛みで集中力の限界と思えるような状態ではあったが、出血で意識が朦朧とすることは無い。
取り敢えず今は、生きて飛鶴に戻るしかない。
大津久海 航行艦隊 空母飛鶴周辺上空 風切隊
『……こちら航行艦隊空母飛鶴所属、第二〇二偵察飛行中隊、海梟隊。貴機らの所属を答えろ』
無線から声が聞こえる。
まだどこに友軍が居るのかわからないが、祥雲の電探に探知されたのだろう。
ただそれだけで、安堵に包まれた。
「……」
思わず返信さえ忘れてしまう。
『貴機らの返信がない場合、敵機として迎え撃つ』
そう脅され、気を戻した。
「……こちら……空母飛鶴……所属……風切隊……」
『貴機らは二機しかいないが、本当か?』
「風切隊……道中で敵の新型機三機と、遭遇……。……交戦したが……」
『分かった。詳しくは降りてから報告されたし。即座に母艦に帰還せよ』
「風切隊……了解……。しかし、もう一機の……後ろの機の方が……状況は……悪い……そちらからの着艦を頼む……出来れば……支援を……」
『了解した。そちらの後ろの方の機体、こちらが誘導する。こちらに来い』
「……了解……」
力なく生機は返事をした。
同月24日 大津久海 航行艦隊 空母飛鶴 病室
「……」
自分は、病室の天井を、ただ見つめている。
隊員を一日のうちに、二人も失った。
帰還後すぐに捜索隊が派遣されたらしいが、二日経っても報告が無いということは、恐らくそう言うことなのだろう。
暑い時期の熱い場所の海でも体力が奪われ、海から上がれば寒さに身が震えるというのに、この寒い時期の寒い海に二日間も漂い、体力が持つとは思えない。
そして残る一人も、片足を失い、飛行機乗りとして、復帰不可能という判断をされたようだ。
自分は出血量がまだ少なかったため、暫くは、若しくは一生かも知れないが、左手の震えという後遺症程度で済んだ。
しかし生機は、出血量が多く、飛鶴に載せられていた血液だけでは足りないと判断され、壊死を防ぐための処置として、太腿から下を切断せざるを得なくなったという。
飛行機は両手両足が無ければ操ることが出来ない。
自分の判断の過ちで。
自分の責任で。
二人の命を、一人の人生を、失わせてしまった。
自分を責める以外に、何をすれば良いのか、何もわからない。
同月30日
上層部が、風切隊のこれからの処分を決定したという。
といっても今は、自分と生機以外、搭乗員はいないが……。
帰還した生機は操縦士としてはもう……。
そして自分も今すぐ出撃できるという訳でもない。
自分の機も、生機の機も損傷が酷く、飛鶴に乗っている補修材では補修しきれないらしい。
そして、搭乗員の不足。
どうすることもできない、という判断であるらしい。
取り敢えず風切隊は部隊としては活動不能とし、生き残った部隊、つまり自分と生機大尉、そして主たる整備士、倉田たちはこれから航行艦隊が向かう緒穂湊で降ろされ、地上の飛行場の部隊で最も練度が高いとされる部隊が風切隊の代わりに配備されるらしい。
そして風切隊である自分たちは降ろされるまで、待機となる。
「うぅ……はぁ……」
腕はまだ痛み、鎮痛剤のせいで頭も痛いが、歩くことはできる為、少しでも復帰に近づけるように、ただ、歩く。
すれ違う人々は蔑んだ目で見てくるが、自分には、今、歩くことしか出来ない為、ただ歩く。
それに、今は鎮痛剤の所為で、頭が痛い。
その痛みが判断力を低下させているのか、今は気にはならない。
それ以前に自分には、仲間を死なせてしまったという罪悪感に勝る苦しさは無い。
「あ……」
「よ、よう……」
歩いていると、目の前には倉田が居た。
こんなことが起こらなければ、特に何もなく、会釈などをして、すれ違っていただろう。
しかし、今回の自分の失態は、倉田の仕事を奪ったと言ってもいいだろう。
こういう時に、何を言えば良いのか分からない。
倉田の方は、一応軽い挨拶の様な声を出したが……。
「……」
「……」
何とも形容し難い空気が流れる。
「じゃ、じゃあ……」
気まずそうにそれだけ言い、倉田はすれ違い、歩いて行った。
……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
腕の痛みと頭痛と疲労で息を切らし、部屋に戻る。
病室
充てられた寝台に倒れ、掛け布団を被る。
2月1日 緒穂湊海軍基地 陸海軍緒穂湊大学病院
今日、自分と生機の身は海軍基地の所有地の内部に建てられた軍病院に移された。
そして、多くの整備士は、高須賀海軍基地に送られる輸送船に乗って戻るらしい。
倉田については再配備の予定などではなく、暫く浜綴航空技術研究所で研究に行くためであると、倉田本人から説明された。
だがそれは、自分を気遣ってそう言っただけかもしれない。
兎も角、復帰できるかどうかは分からないが、普通の生活に戻るために、ただ治療を受けるだけである。
「で、その初日だが……痛みはあるか?」
「いえ……殆どありません。確かに、偶に手先が震えることは有りますし、かなり激しく動かしても、痛みが出るのは殆どありません……。自分は右利きですし、茶碗も、手の甲を机に当てれば問題は……」
「そうか……じゃ、痛み止めが……この量で良いか……」
陸軍医である、渡辺 鼎少佐が処方箋を書き、自分に渡した。
“かなえ”と、女の様な読みだが、男の軍医である。
「まあ大体この塗り薬が無くなるまで一日に一回から、痛みが出たときに腕に塗れば良い。もう診察には来なくていいぞ」
「えぇと……もう良いのですか?」
「君が診てもらうべきはここじゃなくて癲狂院……精神科だろうな」
「精神科?」
「君は、私には一見そう重大な悩みを抱えているようには見えないが……、まあその、戦いでの話は一部、聞いている。君自身、症状はないだろうが、まあ私も専門でないから詳しくは分からないが、何かしらの影響はあるだろう。というか、それで君は入院になっていたはずだぞ」
「え?」
「船上医からの報告書に、精神科医による診断要と書かれているぞ」
「……」
「……まあ、外科医にはもう掛からなくて良いと、前向きに考えたらどうだ?私は精神科医ではないが……」
「はぁ……有難うございます」
「あぁと……精神科はここを出て、奥から二番目だ。ここの精神科の診察室は一つしかないから、迷わないとは思うが……」
「どうも、有難うございました」
「お、おう。気を付けて」
この後、精神科からは、少しの話をした後に漢方薬を処方されたのみで終わった。
こうして自分は、主に精神の安定のために暫く入院することとなるのであった。
2月4日 バストーシナヤ・ジミリア陸軍飛行場基地
「ふぅ……」
今日の任務が終わり、息を吐くロザノフ。
「ロザノフ、今日もやってくれたな?」
そしてそのロザノフに、話しかける僚機を担当する一人。
「ああ、敵機を全て撃退。俺たちが居れば、この基地は安泰だな」
「そうじゃねぇ!」
「じゃあ何だ?」
「俺を途中で見捨てただろうが!」
「見捨ててはいない。最初から見てないだけだ」
「もっと酷いな!そのせいで俺は被弾して、また落ちるところだったんだぞ!」
「お前の腕とその機体があれば、落ちることはないだろうよ」
「そうは言うが、一々冷や冷やするんだよ!」
「別に、二週間前の初戦で機体が火を噴いて、それで滑空して帰ってこられたんだから、お前らが早々死ぬことはないだろ?そこまで技術を身に付けたんだから、俺が親みたいに見てやる必要はもうないだろ」
「ぐぐぐ……」
「……」
「……ぐぐ……ぐ……フ……フフフ」
「フフッ……」
「「ハーハッハッハァーーー!」」
二人は突然笑い出す。
「確かに、俺たちが早々落ちることは無いか!」
「そうだ。お前はいつも気にしすぎなんだよ」
「お前は気にしなさすぎると思うがな」
そのような話をしていると、研究員が近づいて来る。
「二人とも、少し話があるが……良いか?」
「ああ」
「別に良いぞ」
「朗報だ。Pp-3が、量産されることになったぞ!」
「「フーン……」」
「興味ないのか……」
「そんなにな」
「今の俺たちには、これで十分だからな」
「まぁ、そうではあるとは思うが……兎に角、Pp-3が量産されるにあたってお前たちの機体もそちらに移ってもらう」
「正直言って、量産機となると、生産し易いように、この機より性能が下がるんじゃないか?性能が上がるのは嫌だぞ」
「いや、ほぼほぼ下がることは無いぞ」
「本当か?今一信用できないが……」
「ああ、本当だ。大体、機体自体の性能なら、少し前までのPp-3の試験機の方が良いんだぞ?」
「あれ?ならなんで、俺たちは機体ごとに性能が上がっていると思っていたんだ?」
「それはだな、主にエンジンが理由だろう」
「エンジン?」
「そうだ。エンジンを作り上げるにあたって、我々の生産のし易さを確保しながら今まで以上の馬力や、出力の安定性を出すことが出来るようになったからだ。そのおかげで、機体の性能が上がっていると思ったんだろうな。確かに、エンジンに関しては性能が上がっているからな」
「成程な。で、俺たちはいつからそれに乗ればいいんだ?」
「明日からだ」
「……早くないか?」
「もうすでに作っていたからな。初期の生産型として、3機4編隊を組めるように12機と、その予備機と、陸上整備の訓練機として2機の、計14機が生産されたからな。それにさっき言ったのが『量産機』で、お前らが明日から乗るのは正確には量産機ではないぞ」
「どういうことだ?」
「量産を視野に入れた、量産と同性能で生産された、所謂“手作り”の飛行機だ」
「そういう訳か。分かった」
「これで、空の優位性は我々のものとなる。今までじりじりと後退を迫られていたが、反撃し、敵を攻め入ることも出来るぞ!それに、お前らも一個編隊だけでこの基地を守らなくてもよくなるし、良いこと尽くめだ」
「まぁ……確かに」
「……」
「なんだ?これで何か不満があるのか?」
「いや、良いことだとは分かっているんだが、なぁ?」
「あぁ……だよなぁ……」
「どういうことだ?」
「俺たちは今まで、俺たち“だけ”でこの基地を、ひいては国を守ってきたわけだ。それを誰かに奪われる気がしてな……」
「お前らなぁ……。確かにお前らはこの国をたった三人で守って来たとも言えるが、お前らは全部を守れたわけじゃない。“守り切ってはいない”んだぞ?そう奢るな」
「……まぁな」
「はいはい」
「あぁ、そうだ」
話を切り替えるように、ロザノフが話す。
「なんだ?」
「この機体の色合い、気に入っているから次の機体に使っていいか?」
「黄色と黒か?」
「そうだ。印象的で、格好良いからな」
「この色は試験機にのみ使われるものだ。駄目だ」
「尾翼だけってのは?」
「はぁ……分かりましたよ。尾翼だけは認めます」
「よっしゃ!」
ロザノフはガッツポーズをした。
この日から、さらに煤羅射の新型機が表れ、空の形勢を五分と五分にし、地の利がある煤羅射帝国陸軍が大浜綴帝国陸軍を押し返すこととなる。
徹底的な防戦に移行した煤羅射に、海軍の支援を以ってしても、制空権を奪い尽くすことが出来なくなってしまったため、消耗戦となってしまい、軍は陸海共に疲弊していくこととなった。
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