65話 陰鬱な心
明海九年 2月14日 緒穂湊海軍基地 陸海軍緒穂湊大学病院 中庭
今日は晴れているので、中庭に置かれた、野外の長椅子に座り、冬の寒さに刺されながら、日光の温かさを感じている。
凪なのか、風も少なく、冬の北の寒い土地ではあるが、本当に暖かい。
空は晴れているが、自分の心は未だ晴れない。
生機は何を思ったのか、彼の意思で一週間ほど前に高須賀に戻ったという。
理由は……いうまでもないのかもしれないが。
つまり、空母を降りる前からの知り合いというのは、此処には一人もいない。
ここの精神科医とは息が合わず、最初に遭った外科が専門であるらしい軍医、渡辺中佐と話すことの方が多い。
寒く、知り合いもいないので、自分も高須賀に帰りたいと上に言ったのだが、精神状態によっては最前線に再び出せる可能性の高い自分は、前線に近い、最も大きな病院に“閉じ込められている”。
院内の新聞を見たが、戦況は悪いらしい。
風切隊が撤退したあの戦いの後、海軍航空隊も陸軍航空隊も、敵の新型戦闘機との遭遇戦が多発し、撤退や作戦中止、場合によっては落された機もあるという。
一度、強行作戦を決行し、陸海合同の陸上進攻上陸同時作戦を行ったが、戦闘機の三分の一が落ち、爆撃機に至っては、約半数が落とされたという。
基本的に敵と遭遇したら確認次第引き返す偵察機でさえ、喪失機が出ているという。
これにより、帝国軍部は侵攻作戦と防衛作戦を交互に行い、長期戦に対応する構えを見せるが、これが煤羅射に対して有効かどうかは未だわからない。
精神科医からは、「たまたま君たちが初めて海軍で敵の新型機と戦ってしまったというだけで、君が悪いわけではない」とは言うが、それは部隊を壊滅させた言い訳にはならない。
新型機を侮らず、撤退していれば、部隊を失わずに済んだだろう。
しかし自分は敵の戦闘能力を侮り、部隊を失った。
これが覆ることは無い。
「……寒……」
院内の中庭を眺めていると、いつの間にか太陽は雲に遮られ、風も吹いて来た。
自分は再び、自分の病室へと戻るのであった。
陸海軍緒穂湊大学病院 病室
「……」
自分は何も言わず、病床机の上の紙をただめくり、部屋には紙の擦る音が響いている。
ここは四人部屋ではあるが、精神病棟に居るのは自分一人だけである為、かなり広い。
精神病棟は自分の居る軽度区画と重度区画に分かれており、軽度区画は全て四人部屋であり、重度区画は全て一人部屋であるらしい。
といっても、そうそう使うことも少ないと考えられているため、病棟自体、それほど大きくはないが。
することもないので、新聞や、戦闘詳報などを見るか、鍛錬の出来る区画で鍛錬などをする。
今は今日発行された戦闘詳報を見ている。
今日もまた、戦況が変わることなく、前線の兵士たちは煤羅射に対して苦戦を強いられているらしい。
また、次の艦隊計画、六八艦隊計画の戦艦と巡洋艦、そして空母が一部数程度進水し、命名されたらしいということが書かれていた。
しかしこれらを見ても、再び戦場に赴こうという気持ちが一切出ることはない。
「……」
何も言わずに詳報を閉じ、読み終える。
それと同時に、部屋の扉を叩く音。
「何でしょう?」
「相坂少佐に面会の方が」
こんな辺鄙なところに面会とは、いったい誰だろうか。
軍関係者なら左遷ついでか嫌がらせをされたかのどちらかだろうな。
と、そのようなことを考えていたが、予想にしていない人物がそこにはいた。
「慎太郎サン!大丈夫デシタカ!?」
その少々片言の大声で言ったのは、自分の婚約者である、アイナであった。
「あ……、あぁ……」
いるとは思わなかった人がいるという衝撃で、言葉が上手く出てこない。
次の瞬間、自分はいつの間にか、アイナに抱締められていた。
今日、アイナがここに来ていたのは、輸送任務で、軍属のその操縦士として、今日は偶々、ここの近くの飛行場に降りたためであった。
ここに来られるほど今日時間があったのは、集中力を養うための休養と整備の為で、明後日の昼まで自由時間であるらしい。
以前に聞いていた自分の話で心配になり、来たとのことである。
「ワタシ……、前線デ航空部隊が拮抗状態ダト聞いテ……、軍部ニ問い合わせテモ何も言われナクテ、ズット……、ズット心配で……」
異国からの、それもなぜかこの国の軍属をしている少女に泣きながら抱締められる。
案内したらしい看護婦が変な顔をしているのも無理はない。
「あの……看護婦さんが見てるから……」
「ア……スミマセン……」
兎に角、アイナを離し、改めて話を聞いた。
手紙に書いていた内容の細かな話、その先の話。
そしてこちらからも話を、いつの間にかしていた。
自分の所為で、自分の部隊を壊滅させたこと。
自分は、もう飛行機に乗りたくはないということ。
この先どうすればいいのか不安であること。
別に自分の話をするつもりはなかったのだが、アイナを見ているといつの間にか口からそのようなことが出ていた。
そして自分が、改めて、この先のことをどう考えていたのかを自覚する。
「……」
「……」
一通り話した後、二人とも無言になる。
「ソノ……」
「何かな……?」
「慎太郎サンは、本当にもう、飛行機ニ乗りたくないのデスカ……?」
「……はぁ……。どうなんだろうね……」
「ト……イウト?」
「本当はまた乗りたいのかもしれない。だけど、乗ろうという考えを持とうとしても、杉や生機、小川のことが頭に浮かんで離れないんだ。この考えのまま乗っても、自分は飛行機乗りとしての仕事は出来ないと思うんだ」
「……」
「失望した……?した……よな……」
「イエ!失望ナンテしていまセン!」
「え……?」
「私ハ!慎太郎サンがどんな生き方をしていてモ、アナタノ傍に居マス!」
「えぇと……」
「私が好きになったのハ、『飛行機乗り』じゃナクテ、慎太郎サンデス!確かニ、飛行機ニ乗っていた慎太郎サンハ、トテモ格好良かっタト思いマスガ、例え飛行機に乗らなくてモ、慎太郎サンはトテモ格好良いデス!」
「は、はぁ……」
「ダカラ!飛行機に乗れなくてモ、気にナンテしないで下サイ。……モシ乗りタクなって、それデモ乗るコトに抵抗がアルナラ、私が操縦スル飛行機にお載せシマス」
「……ありがとう」
自分がそう言うと、アイナが再び、今度はそっと、自分を抱き締めた。
「私ハ、慎太郎サンが幸せナラ、それで良いデスから……」
暫く互いに抱き締め合っていると、時間も時間だからか、それとも自分の内を曝け出すことが出来て安心したのか、いつの間にか眠りに落ちていたのであった。
翌 15日 病室 朝
起きると、左手を繋いだまま、二人とも寝てしまっていたらしい。
アイナは両手で自分の左手を掴んでいる。
息が掛かってしまっていたのか、左手に若干湿り気を感じた。
「アイナ、大丈夫か?」
座りながら、無理な体勢で寝ていたようなので、起こしてみる。
「ア……慎太郎サン……オハヨウゴザイマス……」
寝ぼけ眼でアイナは欠伸を抑えながら起きた。
「何か左手が湿っているけど……」
何気なく言う……と、
「エ!?アァト……ソレハ……デスネ……」
何やらアイナは狼狽え始めた。
「な、何かあったのか?」
「アーエェト……」
自分が尋ねると、目を泳がせながら暫くして……。
「ナ、何もアリマセン……」
「そ、そうか……」
そこまで息が手に掛かっていたことが恥ずかしかったのだろうか、顔を多少赤らめて、何も無いということになった。
まあここで追及するのも野暮というものだろう。
「あのさ、アイナ」
「何でショウ!?」
本当に今日のアイナは挙動不審だ。
「昨日の今日で、急だと思うんだけど……」
「ハ、ハイ!」
「アイナの操縦する飛行機に、乗ってもいいかな?」
「へ?」
良ければ是非ともご評価・ご感想を頂ければと思います!
ブックマークもお願いします!
書く気力に繋がります!




