40話 新型機と春
明海七年 3月27日 高須賀海軍基地飛行場
この日、単葉単発複座艦上偵察機、試製 祥雲の試験飛行が行われた。
「ふぅ~、これで休める」
「よく言う。本音を言うとずっと開発し続けたいくせに」
「相坂は何でも御見通しだな」
「何年の付き合いだと思ってんだ」
「そりゃそうだな」
「どうせ槌田の爺から休めって言われ無けりゃ、この後も派生機とかを考え出していたんだろ?」
「あー、それはもう既に考えてるな。水上機化案とか」
「えぇ……」
「これから休むんだって!」
「家ではあんまり考え過ぎんなよ」
「考える前提かよ」
「どうせ考えるだろ?」
「勿論」
「そういうことだよ」
「へいへい……お、生機大尉が帰って来たな」
「今日の試験はここまでか?」
「ああ、お疲れ」
「お疲れ。とっとと帰って寝ろよ」
「ほいほい……っと、まあ寝るのは軍の寮の硬い布団だがなぁ……泣けるね」
同日 夜 軍の寮 共同玄関
「ふぅーーーーー。偶には飛行機とかのことを何も考えずに、寝るとするかね」
靴を脱ごうとすると、疲れが溜まっていたのか、足が縺れ、倒れてしまう。
「いったいなぁ……」
簀の子の角に顔をぶつけないだけ良かったが、脛が玄関の段差に打ってしまった。
これは地味に痛い。
「体も休めって言ってんのかねぇ……よいしょっと……?」
全身に力を入れて立ち上がろうと試みるが、上手く力が入らない。
「……?ふんっ!……?」
再び力を入れてみるが、それでも体が起き上がることは無かった。
「こんなときに……眠気が……」
あー、頭が、ぼーっとする。
ねむい。
ほんとうに……ねむい……。
せめて……じしつの……ふとんに……。
「……!……」
最後の力を入れて立ち上がろうとするが、力を入れたところで突然、意識が途絶えた。
??? ?月?日 ???
目が覚めた。
ここは……どこだ……?
自分は……飛行機好きの整備中尉、その名も倉田栄治だな。
それくらいは流石に覚えているな。
そこまでベタな展開にはなってはないが……ここは……病床か?
「あ、起きたか」
「え?えぇ」
そこには医者の様な出で立ちの男が病室の見回りとばかりに部屋に入ってきて、俺に呼び掛けた。
「ここは?」
「……倉田中尉、君は自分の軍の医務室も見覚えが無いのかね?」
「幸い今まで一度も御厄介になることは無かったので……」
「現に今、君は軍の医務室に御厄介になっているんだがね」
「ということは……医務室?」
「そうだ。そして僕は軍医の捷生 淳大尉だ」
「どうも……」
「で、だ。そんな医務室を使用したことが初めての君には悲しいことだが、倒れた理由、病名を伝えなければならない」
「な、なんです?」
あまりに脅かす為、心臓がドキリと飛び上がる。
「実はだな……」
「……」
「ふぅ……」
「……」
そこまで気を張るような病気なのだろうか?
先ほどとの捷生大尉の態度の急変に、思わず心配になってしまう。
「ただの過労だ」
「やっぱり」
本当に脅かしてくれる。
「まあそっちは良いとしてね、倒れるとき……」
「ところで、今は何日なのか聞いていいですか?」
「3月28日、朝の9時だ。倒れて寝ていたのは半日程度だね。で、話を戻して良いか?」
「あ、はい。どうぞ」
「君が倒れた時、若しくは今も、体に違和感はないか?」
「あー、足に痺れが。それに、手にも少し痺れがありますね」
「栄養失調も併発しているかも知れないな。君の上官や同僚からは、向こうに行っている間、碌なものを食べていないと聞いていたからね」
「そうですか……」
「何はともあれ、脚気心の発作で死亡、なんてならなくて良かったな」
「ハハハ……」
「笑いごとじゃないけどな……。まぁ、今日明日は入院して、働かない、まともな飯を食うことの二つが倉田中尉の主な仕事だ」
「分かりました」
まあ、紙と筆記具があれば発想をまとめることはできるから、それでも構わないか。
「あと、紙と筆記具を中尉に渡さない様に皆に伝えてあるから、技術案をまとめようなんて考えなくてもいいんだぞ」
見透かされている……。
どれほど開発馬鹿だと思われているのだろうか……。
まあ違いはしないけど。
昼。
「……微妙だな、米麹入りカレー……、ご馳走様でした……はぁ……」
栄養が必要だということで、脚気に有効であると考えられている、米麹とカレーを混ぜたこの米麹入りカレー、不味くはないが、微妙な味であり、食欲が増すような味ではない。
どちらかと言うと寧ろ食欲が少しずつ減っていくような味だった。
完食できないほどの不味さではないのだが。
「よう倉田」
「ああ、相坂か」
そんな微妙な不味さを誇る米麹入りカレーを完食すると同時に、俺が主な担当である飛行機に搭乗する操縦士、相坂慎太郎が部屋に入って来た。
「どうだ、飯は?街の病院よりは軍の医務室の飯は幾分かマシだと聞いたけど」
「街の病院の飯を知らないから分からないけど、ここの飯も十分美味しくないな」
「ま、そうだよな。そう思って見舞いの果物だ」
「林檎だけかよ」
「多くても食べきるくらいの入院日数じゃないだろ。いつ出るんだ?」
「明日の昼」
「これで十分だろ」
「考えたら、林檎三個でも充分だな。今喰っていいか?」
「良いぞ。皮剥くか?」
「いや、このまま喰うよ」
相坂が持ってきた林檎を一つ取り、齧り付く。
「……酸っぱいな」
「旬とは言え、こんなもんだろ」
「林檎なんて久しぶりに食ったからなぁ……、こんなもんだったかなぁ……」
「蜜が多少甘く感じるだけで、そんなに甘くはなかっただろうさ」
「そう言われればそんな気もするな」
「もう時間だし、行くな」
「応。補佐整備士のあいつらはどうだ?」
「今日はまだ乗ってないから分からんな」
「そうか」
「静かにしてろよ」
「流石にこんな所で騒ぐ気はねぇよ」
「そうじゃなくって、変に仕事を持ち込んだりな」
「ここの軍医に紙も筆記具も俺に渡されない様に言令が敷かれているようだから、その心配も無いはずだな」
「分かったよ。じゃ、今度は本当にな」
「応、また明後日位に」
そして相坂が去り、再び暇な医務室の空間の空気が流れ始めた。
夕方。
窓から見える夕日とその光に照らされる雲を眺めていると、自分の休んでいる場所に、とある女が入って来た。
「栄治!」
「うわっ!……って、紅葉?」
入って来た女とは、俺の幼馴染である、日野紅葉という女だった。
因みに生まれは厚島県で現在21歳、3歳年下の女だ。
「あんたんとこのおばちゃんが、あんたが仕事中に倒れたって!」
こいつ、倒れたとなったら流石にいつも口が悪くとも、心配ぐらいはしてくれるか。
というか……
「落ち着け、落ち着けって!」
「だって!だってぇ……」
こんな性格してたっけ……?
「取り敢えず苦しいから離れろって!」
「あ……ごめん」
こんな女でも胸は十分な大きさがあるので、少し意識してしまう。
「落ち着いて考えてみろ?俺がそんなに重大なもので倒れたら、あんなに薄情な俺の母親だって、一度くらいは看に来るだろうが!」
「そ、そやけど……」
「お前は昔から変な所で鈍臭いな」
「……」
「なんだよ、急に黙って」
すると、紅葉が急に、そして再び、抱き着いて来た。
「ほんまに、心配なんか掛けんといてよ……」
紅葉の顔を見ようとすると、顔の全ては見えないが、頬に涙が伝うのが見えた。
「おいおい、無く程のことでもないだろうが……」
暫く泣くのを宥めながら見守った。
「もういいか?」
「うん……」
紅葉が泣き止んだことを確認し、離れることをはっきりとは言わずに促す。
「あのさ……抱き着かれているとこっちも苦しいんだけど……。それに、もう晩飯を看護婦さんとかが運んでくるかもしれないしさ……」
「……」
しかし紅葉は俺を抱きしめたままである。
「おーい」
声を再び掛けると、紅葉は俺の体から突然離れ、俺の肩を掴み、目を見てはっきりと言った。
「ウチと、……私と、結婚をして下さい!」
同月 31日 高須賀海軍基地飛行場格納庫
「やっとか……まぁ自分も言えた立場じゃないかもしれんが」
機体の調整を二人でしながら、相坂が言った。
「それはアイナちゃんと結婚を見据えてのことか、倉田?」
その言葉に、軽口で返す。
「一応違うとは言っておく」
相坂の中で葛藤があるのだろうか、「一応」という言葉が付けられている。
「というか、やっとって何だ、やっとって。まるでお前が前からアイツが俺のこと……ああ思ってるってのを知ってたみたいに」
「『知ってたみたい』、じゃなくて、知ってたんだよ」
「本当にお前は何でも御見通しだな」
「二人を見れば言われずとも分かるがな」
「そんなにだったか?」
「言われないと分からないのはよっぽど鈍い奴なんだろうな?」
「何気に俺のこと、貶してないか?」
「いや、まああの態度をずっと取られていたなら、当人なら気づかなくても、多少鈍いくらい、じゃないか?」
「やっぱり鈍いってことじゃねぇか」
「人それぞれって範囲の内でな。自分だってあの態度を取られていたなら、分からなかったと思うし」
「相坂と同じ程鈍いか……辛いな……」
「お前なぁ……はぁ……。まあ、お前に春が来たことだし、婚姻の儀が終わるまでは祝っといてやるよ」
「そりゃどうも」
「どうにもこうにも、紅葉さんを幸せにしてやれよ」
「そりゃお前が乗る戦闘機にも掛かっているかもなぁ?」
「お前は本当に調子の良い奴だな」
その後、五月に俺と紅葉の婚姻の儀が執り行われ、紅葉の苗字が日野から倉田へと変わるのであった。
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