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凪の中の突風  作者: NBCG
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14話 “帰宅”と休暇一日目

明海二年 10月2日 高須賀海軍基地 空母飛鶴 飛行甲板


「では諸君らには、今日の今からを含め二日の休暇が与えられる。寮住まいの者は問題を起こさなければ街に出てもいいし、寮で自主練に精を出すのもいいし、実家に帰っても良い。家暮らしの者も、家族との時間を過ごしてくれても良い。だが両者とも、体が鈍らない様にそれなりの自主練は怠らないようにな。三日後の朝0900、空母飛鶴の飛行甲板に集合だ。では二か月の近海練習航海の終了をここに宣言する。貴重品は持ち帰れよ。では、皆頑張ったな。解散!」


艦長からの話も終わり、皆船を下り、家路につく。


自分もまた、その中の一人であった。


二か月もあれば多少はあの料理も上手くなっているのだろうか。


そのような期待を持ち、あの家に帰った。


新 相坂家


「……」


自分は数十分前の自分を恥じ、目を閉じ、そして天井を望んだ。


魚が目を白くし、身の半分を焼いた小麦粉に埋めながら、彼らもまた天井を望んでいた。


「アノ……大丈夫デスカ?」


「いや、あの……大丈夫です……はい……」


二か月ぶりのアイナが作ったんだ。それに幼い。そのために、強く言えない。


内心全然大丈夫ではないが。


「あー、明日は自分が作ってもいいかな?」


「ソレには及びマセン!旦那サマの手ヲワズワラセル訳にハ……」


「わ・ず・ら・わ・せ・る、だよ」


「えと、スイマセン……」


「あーっと、そっちは別に大丈夫なんだけど……怒ってる訳じゃないし」


「ホッ……ソウデスカ……」


「明日の飯の話なんだけど……軍では自分で飯を作ることもあるから、料理の手が鈍らない様にしたいんだよ」


別に陸の生存訓練や特別な料理の訓練、または調理係でもなければ行われないが、それは言わないことにした。


「ㇵァ……」


今一納得していないか。


「あと、自分の作った料理の味も確かめて欲しいし。士気に関わるから、あまりにも不味い料理を軍で出すわけにもいかないし」


「ナルホド!ワカリマシタ!」


「それにしても、結構浜綴語が上手になったね」


「イツカアナタノ旦那サマにナッタトキの為に、私、ガンバリマシタ!」


その気持ちはなかなかに重いな。どうにか成人までに自分を諦めて貰えるだろうか。


「ソレニ……」


「それに?」


「今からデモ、アナタトオ話シタカッタノデ……」


アイナが頬を少し染め、俯き伝えてくる。


「……」


正直、この後に続かせる言葉が考えられなかった。


ここまで冷や汗を掻いた昼食は、恐らく戦場でもない限り、これからもないだろう。


およそ同時刻 海軍技術廠


昼食を食べ終え、俺は海軍技術廠という、帝國海軍の全ての技術の中枢に向かう。


「おう倉田、早いな」


親方は昼食時もまだ中盤だというのに、既にここにいた。


「親方こそ早いですね?ちゃんと昼飯食ったんスか?」


「ま、硬い事言うなや」


「それはいいんスが……何か他に良い解決案は見つかりましたか?」


ここで言う解決案とは、もちろんのことながら、先の演習での桐山発火事故から、全ての航空機に消火装置を取り付けるという案である。


水を使うのは錆びやすくなるので論外として、今現在出された案とは、炭酸瓦斯を使うという案である。


しかしこの瓦斯、なかなかに高額なのである。


流石に航空機に載せるだけだと、家ほどには高くもないのだが、それが数十機となると、かなりの予算が要求されることになる。


せめてよりよい生産方法、量産方法が確立されたのであれば、躊躇うことなく採用もできるのだが。


「そういや倉田、もう一つの案件はどうなった?」


もう一つの案件と言うのは、模擬戦闘演習が安全に行えるような案である。


「いや、まだっス。一応そっちの案の一つとして、演習用の弾として、ゴムを使うのが良いんじゃないかっていう話は出てきているんスけどね」


「ゴムか……そっちも高いよなぁ……」


「ですよねぇ~……」


何故こうも今回の、あの事故に関わる案件達は高い金が求められるものなのであろうか。チクショウ、全く、本当に技術屋泣かせだ。


「お、親方に倉田まで」


「親方もお前も早いよな~」


そうこう言っているうちに、他の整備士や開発部の人間がここに集まってくる。


結局、それらの案件の解決案が新たに示されることは無く、消火装置には炭酸瓦斯が、模擬演習弾にはゴム弾が用いられることとなったのだが、それらの決定はその日中に下されることは無く、その日の会議検討は夜まで続いたのであった。


夜 相坂家


ハモンドさんは帰って、夜の帳も降り、後は湯浴みをし、寝るだけである。夕食もまた、昼食と変わらず、アレであった。


昼過ぎに明日用の飯の材料もしっかりと買ったし、また不安もない。これ以上に心が安定して風呂に入れる日もないだろう。


風呂の脱衣所が一つだが風呂場自体が二つあるのは、これも便所同様、洋式と和式が分けられているためである。


自分たち浜綴人は浴槽に湯を溜めて体を温めるが、浜綴人以外の人々は湯を浴びるだけで浴槽には入らないらしい。


そのため、アイナとその家族用・関係者の風呂と自分と自分の家族用とで分けられている。


「さ~て、久しぶりに陸の風呂~」


この家には瓦斯と水道が通っているため、温泉ほどではないが、快適な風呂が楽しめる。


実家のように薪で沸かす手間もなく、船のように断水に怯えて節水の風呂に入らなくても済むのは、本当に家に休みに来たという点では良かったのだろう。心が休まる。


因みに都市計画の関係でいつかは通るはずらしいのだが、電気は未だ通ってはいない。


ガララと引き戸を引いて風呂に入る。


「お~冷た」


仲秋となる今は、昼は気持ちの良い温度湿度と言ったものだが、夜になると少し肌寒く、風呂場の床瓦は冷たくなっている。これは冬には氷のようにひどく冷たくなるのか。冬になったら風呂に入る前に床を浴槽の湯で温めてから入るべきだろうか。


石鹸を泡立て、髪に塗る。


船の風呂では取り切れない汐や汚れを取るように髪に泡を当てていく。


そうしていると、誰かが扉を開け、入って来た。


「誰だ?」


家にいるのはアイナだけだが、不審者も有り得るので問いかける。


「アイナデス!オセナカ流シにキマシタ!」


泡が目に入らない様に目を閉じていたので、やはりアイナだったことに少し安堵しながら、アイナが入ってきたことに惑う。


「……何故?」


「ヒンテイには、『裸の付き合い』トイウ言葉がアリマスガ……」


「それは同性での話で……」


「私タチ、ドウセイしてマスヨ?」


「いや、その同棲ではなくて……」


「……ソレニ、二ヶ月モアッてナカッタデス。今日クライは……イケマセンカ?」


石鹸を恐れてゆっくりと瞼を上げると、アイナがそう涙目で問いかけてきた姿があった。


因みにアイナは湯上り用の大きな手拭い……向こうの言葉で言うバスタオルを身に纏っていた。


「……」


「……」


二人、息を飲み、刹那の静寂。


前例は作ってはならない。が、正直ここで泣かれても、場合によっては近所の人々が寄ってきて、幼女暴行未遂とかなんとかで捕まってしまうかもしれないという考えが頭を過る。


「今日だけですよ」


そしてあと石鹸がついた髪をすぐに流したいというのもあり、了承してしまった。


7歳以下、7歳以下だからと自分の中の罪悪感か良心か何かにそう意識を押し付け、これを良しと内心に納得させた。


髪についた石鹸を流し、体の自分で洗える部分は自分で洗い、その部分を洗っている間にアイナに背中を石鹸で洗わせた。


そして洗い終え、体を流す。


「さて、これで終わりだから自分はもうでるよ」


「お湯にツカラナイのデスカ?」


「いや~今日は良いかなって」


「デモ、サッキ『久しぶりの風呂に浸かりたい』ッテ」


「少し気分が……ね?」


「ワタシト入るノハ嫌デスカ?」


「いや、別に嫌って訳じゃ……」


「ジャ、良いデスネ?」


「いやそれは……」


「……」


再び涙目になられる。もしかして分かってやられているような気が……。


「グスッ……」


しかしわざとだとしても、捕まる可能性を拭いきれる訳ではない。


「わ、わかりましたよ……」


またしても折れてしまった。


本当に、諦められてもらうまで気を張らねばならない気がする。


「頭でも洗おうか?良い?」


で、一人で湯船に浸かり、少女が洗っているのを見るだけと言うのもなんなので、頭くらいは洗おうかと提示する。


「ハイ!オネガイシマス!」


この年代の子は親離れというか、家族離れと言うか、人に洗ってもらわず、自分で洗いたいという年頃だと思ったのだが、アイナは違ったらしい。


ワシャワシャワシャ、ザパー……ザパー……


髪を洗い、濯ぎ、そして流す。


「体は自分でできるか?」


「ヨロシケレバ、ワタシノセナカも、オネガイシマス」


アイナがバスタオルを放し、風呂椅子に座った。


……やはり子供とは言え、嫁入り前の女の裸を見るのもどうなのか。


いや、取り敢えずアイナの背中を洗う。


「流すのはいいか?」


「ハイ、アリガトウゴザイマス。ダイジョーブ、デス」


そういうことなので、自分は一回軽く自分の体を流し、そして湯船に浸かった。


数か月ぶりの湯船である。この2か月湯船に入れなかった分と、その近海練習航海の疲れがどっと抜ける。……それ以外の疲れもあるのかも知れないが。


「シンタローサン、ワタシモハイってイイデスカ?」


「え、入るの?」


「ワタシがハイってはイケマセンカ?」


「んや、いいけど……」


「ソレデハ、シツレイシマス……」


西洋人は湯船に浸からないと聞いていたので、少しほど驚いた。


「アイナの国では湯船に入らないって聞いたけど」


「私モイママデ入ッタコトはアリマセンデシたガ、アウのがヒサシぶりデシタノデ、イッショに入りタカッタデス……。Seaanではソーユーシューカンが無かッタノデ、少シフシギデシタガ、入ッテミルと、トテモ気持ちイイデス」


「それは良かった」


一緒に入っている時点で色々と良くはないのだが。


暫くして、二人で上がり、寝間着に着替え、そして寝る。


性別は違うが、実家に居た時の弟を見る様な感じであるような気がする。


布団の中でそんなことを考えていると、アイナがこちらをただ微笑んで見て、何も言わずに袖を掴んできた。


ここで拒否しても、先ほどのように泣顔をされるかもしれないので、そうするのは止めた。


アイナはまだ子供だし、それに、二ヶ月も婚約者と離れているのは辛かったのかもしれない。……家族は良いのだろうか?その重要度が本当で、それを父親のエリック准将が知ったら泣かれる……というか最悪自分の身が危ぶまれるな。


掴まれた方の腕を動かさないように、また目にアイナを映しながら、静かに自分の瞼を閉じたのであった。

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