12話 近海練習航海
明海二年 8月10日 空母飛鶴 飛行甲板
今日から二か月に及ぶ、近海練習航海が始まる。
近海練習航海は入りたての水兵や士官が行うが、何故自分のような、入って数年はしている人間がこのようなことになったのかというと、最近の陸上勤務が殆どだった所為である。
浜唐戦争後、自分たち航行艦隊は臨時の瀬保基地所属艦隊としての任務を数か月全うした後、戦争に参加した航行艦隊の全艦を整備のために所属水兵や士官が一度全て陸上配置になってしまったのである。
普通なら在り得ないが、瀬保海軍基地の人員と兵器の補充が優先され、自分たちは殆ど手持ち無沙汰となっていたのである。
そのために、すこしでも腕が鈍らないように行われたのが、先の飛行機の実技指導である。
一般水兵や士官などは旧式の船を出して演習を辛うじて行えるが、自分たち飛行機乗りはそういったことが出来ない為、この妥協案で手を打ったという感じである。
まあ早風から天風への機種転換もあり、そこまで暇だったわけでもないのだが。
自分もまた、海での生活を殆ど忘れていると言っても過言ではない為、ありがたいと言えばありがたいのだが。あと遠洋練習航海よりもマシではある。
さてここで少しだけ問題となるのが、婚約者のアイナである。
彼女は今日から彼女の父が住む家にしばらく、自分が帰ってくるまで住むらしい。
これで気持ちが醒めて、また普段通りの生活に戻れないものか。
婚約者がいるということで、自分に対する見合い話など一切入ってこないのである。
幼馴染と夫婦漫才をしているあの倉田でさえ、そういった話自体は来ているというのに、だ。
「はぁ……」
思わず溜息が……最近溜息ばかり吐いている気がする。
「どうした浮かない顔して」
飛行機の搬入作業と点検作業が終わった倉田が話しかけてくる。
「お前はいいよな……見合い話とか来て」
「おいおい……お前にはいい婚約者が居るじゃねぇか」
「絶対後で柵が出ると分かってて、飯もそんなにおいしくない相手がか?」
「飯が上手くないのは歳の所為だろ?」
「教える人間も上手くないんだよ……というか成国料理だぞ。生粋の」
「あー……それはなんとも」
「ここだけの話、教えてる人間よりも自分の方が上手い飯を作る自信がある」
「そんなにか」
「そんなにだ」
「戦ってた時の飯と比べるとどっちがマシだ?」
「んー、どっちもどっちだな」
「そりゃすごい」
「他の家事の腕は確かだから、それについては家の方が良いんだが、飯については三食軍の食堂で食べた方が断然いいな」
「待っていると分かってるから軍の食堂で夕食を食べる訳にもいかず……か」
「相手が相手だから、婚約を解消するわけにもいかず、自分から心が離れるのを待つだけ。おかげで見合い話の一つも来やしない」
「ま、今はマシな飯が二か月食えることでも喜んどこうぜ」
「それもそうか」
そんなこんなで、近海練習航海が始まった。
近海練習航海は第一航空戦隊の千鶴、香椎、飛鶴、鹿妻の全四隻で行う。
第二航空戦隊である四隻、白鶴、神取、嶺鶴、神威は航行艦隊として、哨戒などの任に就いている。
8月25日 空母飛鶴上空
高須賀海軍基地から出港して二週間。途中の浦呉も過ぎて、磯の香りも思い出し、そして程度波とそれに慣れてきた。
今までは発着訓練などが主だったが、初めて、自分が新たに配属された、第二二航空群、第二〇五飛行隊としての、「戦闘訓練」が行われる。
今回の訓練、まずは飛行隊の四人が二対二に分かれ、その組で模擬戦闘を行う。
模擬戦闘は実際に機銃を使うことなく、互いの背後をどれだけ取れるかの訓練である。
今回は空母対空母を想定し、最初に自分側が艦隊直掩機、相手側が空母から発艦し、敵の戦闘機を排除、爆撃機を敵の艦隊に攻撃できるように空の優勢を奪う侵攻機を務める。
しかしこれはあくまで設定であり、演習結果はどちらが背後を取れたかで競う。
機銃の代わりに、背後を取ったときに、押しているときだけ時間の進む時計を押して進める。
これではもちろんズルもできるが、そこは正直にしないと自分の成果が分からず、自分の能力に対して誤差が出て実戦でどうなっても自己責任である為、良心に任せる方針である。
一戦で30分、攻防入れ替えて計4回、約二時間の訓練である。
今回の組は、自分側が自分と三番機、生機 董源。相手側が二番機の小川 灯仨九と四番機の杉 三八である。
全員の技量はほぼ同格、どのような結果になっても悔いは無いだろう。
時間は、空母から信号弾が発射されて知らされる。あくまで模擬戦は空母上で行い、重要なのは信号弾が分かるようにしておくことである。開始は赤の信号弾で、終了は白の信号弾である。
因みに無線機というのがあり、船舶に搭載されているが、大型過ぎで飛行機になぞ乗らない為、信号弾が用いられている。
開始の信号弾が放たれると、侵攻機は一度直掩機の見えない位置まで離れ、再度空母に戻る。
戦闘以外は編隊を組みながら空母を周回する。今もそうである。
そして、開始を告げる赤の信号弾が、空母から放たれた。
……。
来た。
小川は悪運が強く、何度も様々な危機に瀕することが多いが、その危機を回避した分頭も回る。
空母や飛行機の安全対策の多くが彼の意見から編み出された者も少なくない。
真後ろ、それも、機体で見えにくい下から来たのである。
警戒はしていたが、下から来たため若干発見が遅れた。戦場ではこのような若干の遅れが命取りになる。
速度の優勢から後ろの上から来ると決めつけていた自分の裏をまんまと掛かれた。
「くっ……!」
すぐさま離脱、旋回し、相手の背後を取ろうとする。
しかし、機体性能が全く同じである為、そう簡単にはなかなかいかない。
緩やかな上昇と下降を入れ、さらに狙いを時折変えたりして、攪乱させる。
しかし相手の背後は取れない。
小川達も最初の接敵時以外は背後を取れない。
ただただ時間だけが過ぎていく。
すると空母から白い信号弾が放たれた。
空母飛鶴 飛行甲板
この空で、相坂たちが飛行機で舞っている。
一見すると、機体が陽を眩く反射させ、鳥のように旋回するそれらは美しくも感じる。
しかしそれらは、殺し合いの訓練であるということが少し、自分の心の中を哀愁が走る。
「でも、飛行機は乗るより外から見る方が格好いいよなー」
なんだかそんなことを考えているのがだんだんと恥ずかしくなり、適当なことを言う。
「おい倉田」
「はいなんでしょう?」
「次の模擬戦闘の開始の信号弾、お前だろ」
「すいません、撃ちます」
「応」
空に向けて信号弾を放つ。
しかしこれ、音は必要ないはずなのに物凄く五月蠅い。
空母飛鶴上空
今度は自分らが仕掛ける。
自分たちも後方から攻めるが、自分たちは上から、そして真後ろではなく斜めから攻める。
これは攻撃する時間、命中率が低下するが、攻撃後の回避、離脱、再攻撃にある程度重きを置いた攻撃方法である。実際の戦闘でどれくらいの効果があるか分からないが、模擬戦闘である程度どのように立ち回るかなどを考えるくらいはいいだろう。
直掩機役である彼らの右の上の背後から、その後に左へ逃れるために、やや左に旋回して降下するように入る。
彼らは右に旋回し回避する。
互いに背を向け、再び旋回し、攻撃に移ろうとする。
彼らも同じことを考えたらしく彼らはそのまま右旋回で上から、自分たちは最初に降下してしまった分、左旋回したのちに下から彼らを迎え撃つ姿勢になった。これでは若干不利か。
これは更なる考察が必要だな。
すれ違った後に、自分たちは重力使って、機体を下に抉るように右急旋回を行う。
彼らはどうやらゆっくりと右旋回を行った様だ。
彼らの背後をとる。
そして彼らもすぐさま回避、右に旋回。
彼らの癖はいつも右に回避しようとすることか。
自分たちは左に旋回する。
今度は水面近くをゆっくりと回る。
彼らは比較的水平に、そして普通に旋回したため、自分の左上に彼らの機体が見える。
互いに上下で交差し、自分たちはそのままゆっくりとした左旋回を続け、彼らは自分たちの背後をとりたいのか、交差した直後に左旋回をしてくる。
まんまと彼らに背後を取られる筋合いもないので、ゆっくりと右旋回をしながら上昇する。
彼らは水面に突っ込むことを恐れて低空で比較的遅い速度域で飛行している。
そこで、ゆっくりとした旋回から急な旋回に切り替え、彼らを目の前に再び捉えた時に左急旋回に更に切り替える。
彼らは低空にいるため急な動作を起こしたがらず、そのまま左旋回を続ける。
そしてそこを突き、背後を取る。
暫くこのように入り乱れた背後の取り合いを行った末、終了の合図を告げる信号弾が上がっているのが見えた。
今回は比較的に背後をとれた気がする。
しかし、今回の戦術が上手くいったのか、それとも侵攻機側の方が有利なのかは分からない。
この後も二回の模擬戦闘が行われたが、どのような戦術が良いのか、漠然とすらも分からなかった。
空母飛鶴 会議室
「今回の模擬戦闘ではあまりいい戦術情報は得られなかったな」
「ま、これから一か月弱戦闘訓練を行うので取り敢えずしっかりと情報を集めましょう」
「話終わっちゃいましたね……」
「じゃ、今回の感想か、改善案かを一人ずつ出したらどうだ?」
「あー、良いですね。では二〇五飛行隊から行けます?」
「分かりました。第二〇五飛行隊隊長の相坂です。今回から見えた課題をいくつか挙げさせて頂くと、まず、機銃が当たったかどうか分からないこと、次にもっと状況設定が足りないこと」
「状況設定?」
「今回は空母対空母の戦闘を想定していましたが、より詳しい設定が足りないと思います」
「と、言いますと?」
「馬鹿正直に戦闘機同士が接敵して、艦隊上空で戦闘と言うのは、偵察機との遭遇や天候の影響から、そこまで実直な場合が認められないと思われます。確かに、最初はその程度の状況設定でも構わないと思われますが、より詳細で実戦的な設定も訓練に於いては必要かと」
「成程、ありがとう」
「そして最後に、私たちは四機で一飛行隊ですが、これでは飛行隊同士での戦闘は考えられておらず、あまりこれも実戦的な状況とは言えないかと」
「そうか、なにか他に欲しい物とかはあったか?」
「んー……ただのおねだりの様なものなのですが……」
「別に言うのはだけはタダだぞ」
「飛行機に無線機が欲しいですね。飛んでいるときは詳しく話すことが出来ないので……」
「それは開発部に言っておこう。じゃあ次は小川か?」
「はい、俺は……」
こうして、練習航海の一日は過ぎて行く。
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