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22/22

~同世界リドゥ·オーバーアゲイン~

オアフ島ワイパフの住宅街に、パームツリーに囲まれた広いテラスに緑と黄色のカラフルなオーニングを張り出し、その下に手入れされた大きなデッキチェアとテーブルが置かれている赤い屋根の家がある。


パイナップル果汁の甘い匂いが漂うその庭で、絞りたてのジュースを飲みながら日焼けした住人3人がヤシの木柄にスワロフスキーデコレーションされたラップトップを覗き込んでいた。


海が見えないこの辺りには日本人観光客はまったく来ないが、住民にとってはすぐ近くに小さなショッピングモールや銀行もあり静かで暮らしやすい便利な地区といえる。


ハワイには日系アメリカ人や日本人が多いので本土のようにアジアン差別を受けることはないし、大都会で追い詰められるように働いて疲れきってしまった生活をリセットしようとするアメリカ人達もハワイタイムのハングルーズでのんびりと過ごしていて、ここでは誰もが明るい陽射しと潮風に癒されている。


~~~~~~~~~~~~~~~~


キキョウは日本で古来から貧しい環境に産まれた子どもの生涯が社会と親や大人によって踏みにじられてしまうことが我慢ならなくて、解決策や逃げる方法がないものかとあれこれ調べてはアプリで擬似体験の夢を見るというのを繰り返していたが、それらは学校カリキュラムの歴史授業では教えられない弱者の社会事情ばかりだった。


最近の夢ではあえて売られる少女を何度も体験して、キキョウは自分のことのように悔しさや怒りと嘆き諦めと、そしてその先にある恐怖までも実感していた。


室町時代では戦に負けて捕らえられた者たちの多くは九州地方に奴隷として送られていたようで、しかも倭寇の構成員は日本人だけでなく中国人なども含まれていたことから人身売買は東アジア的な大きな規模で行われていたことだったのもわかった。


キキョウが図書館で見たある朝鮮人が編集した史料にも日本の女と子どもの売買の実態や絵が記されていて、

遊女屋を経営する富裕者が貧しい女子を買い入れて食を与えてわざわざ着飾らせたのは遊女にして売春させるためで驚いた、

と書かれていたが、キキョウはもうこの手のことでは驚くこともなくなってきていた。


日本では古来から子ども達が戦に負けたり親の金銭代わりに奴隷に売られたりすると召し使いや農業従事だけでなく奴隷や売春要員にもされて死ぬまで決して逃げられなかったことが、一部は現代にも似た環境で残っているとキキョウには確信するものがあった。


ユージのこともあって、

現代はあらゆる差別や不平等と不遇をきっぱり消して生きるチャンスを誰もが持てる社会を造ろうと大人たちに発言していくことが自分の使命なのだ、

と思うようになったキキョウだったが、なぜか近頃はどうしても1日のうち12時間ほどしか起きていられないので、看護師の母親の薦めで心療内科に通院させられて何種類もの常備薬を服用するようになっていた。


実はキキョウ自身にも起きている時間がこれからも減ったままで戻らないような実感があって、起きている間は少しの時間も無駄にしないように動くようにして、高校の指定校推薦大学合格が決まった後はミドリが持ってくる地道なモデルの仕事をお座なりにせずにきちんと続けていた。


‘キキョウ、次の仕事は撮影が夜みたいだから体調よろしくね’

’分かりました‘

‘あと半年、とにかく3月1日卒業式が終わるまでこのペースよ…、いいわね’

’はい‘

‘今は目立たないキレイな仕事を、まあ半年もあれば流れも変わるからさ’

’はい…あの‘

‘ん?’

’社長は…‘

‘ずっとハワイ事務所よ、とにかくキキョウは半年待ちなさい’

’はい…‘

‘常に体調を整えて’

’分かりました…‘

‘キキョウ、心配ないよ、近頃ますます綺麗だって評判よ、最近のアンニュイな表情、けっこう好評なんだから’

’すみません…‘

‘肌荒れ禁止よ、それと顎に肉が付かないように’

’はい、わかってマス…‘


何とか12時間ギリギリは続けて起きていられる自分の身体の状態をいつの間にか慣れて受け入れているキキョウは、

夜撮影の仕事の朝は一度目覚めてから昼御飯を食べて、また夕方まで寝る、というように撮影の仕事に備ええるようにしていた。

アプリで絵の人物を夢体験する度に自分の起きていられる時間を減らしているのではないか?と気がついてからはアプリを使う頻度をかなり減らしているのに、

キキョウはとうとう起きて10時間目くらいで集中できなくなりアクビが連発し始めて涙が出るようになってしまった。

撮影や記事インタビューなどの仕事は8時間程度で終わるように気を付ければ問題なく、ミドリには薬の影響だと告げて時間最優先の協力をしてもらっていた。


キキョウの事務所では元モデルの社長が、仕事が成功すればするほど人目を気にして発言や態度を閉じてストレスフルに暮らさなければならなくなるモデルの心と健康を守るために事務所が人気最優先の詰め込み業務でなく、休暇も考慮したそれなりの仕事量の中で管理するというルールを作っている。

がむしゃらに働いて短期間で有名になりたい者たちは頼りなく感じて事務所を辞めていくが、ミドリは社長に賛同して今でも丁寧な仕事を管理下のモデルに振り分けている。


ユージは幼い頃に両親が同日に事故死して親類の家をたらい回しにされて14歳で家出してから公園で寝起きしているところを男に見いだされ、20歳になるまで親類から失踪届けも出されなかったことで、裕福な男の持ち物のようになっていった。

男の棲む業界で子役から俳優として安定的に伸びて稼いでいたユージだが、実際は男の性的嗜好の対象でもありつつ大金を稼ぐ商品として芸能オフィス内でも特別に扱われてきていた。

ユージ自身いつも心の中で自分を否定し続けていても、仕事では美しい顔立ちとしぐさから創られる爽やかで知的なイメージを守るためにクールなふりを装っていたが、本当は心に受けてきた傷が大きく深く、人に相談するなどといった生易しいレベルのものではなかった。


ユージが自殺未遂を繰り返したのもかつてのゴッホと同じように向精神薬からくる幻影や鬱からのものではないかと感じたキキョウの事務所は社長は、

ユージの恩人の位置に居すわってきた男に未成年への性的虐待や過重労働を突き付けて粘り強く交渉し、ユージの自分の事務所への移籍を取り付けて薬づけで瀕死のまま引き取ってしまった。

体調不良のために急にたくさんの仕事を降りたユージだが、今でも多くの制作スタッフたちに人気があるし世間にはまだまだ顔が売れている。

社長は数学や論理思考を知らなくてあまり多くの字を読めないユージをオアフ島にあるホノルル事務所の家に住まわせて週5回プロの日本人家庭教師を付けて高卒認定試験の勉強をさせながら、心の回復を丁寧に支援した。


キキョウは、半年後に卒業式を終えてホノルルに入り、ユージと共に新しい生活や仕事を進めていくことを楽しみに今を生きている。

ただ、身体のためにこれ以上アプリを使うのは止めなければならないとわかっているのだが、

気になる人物の絵を見つけてしまうと興味に負けてアプリを使いそうになってしまう自分と闘うこともある。


海の向こうのワイパフの家では、

勤務医を辞めてしまった社長と、

家庭教師として雇われた、ハワイでアメリカ人と結婚している元東京都立高校教諭のノリコのために、

体重も人並みに増え日焼けして健康そうなユージが何個もパイナップルとオレンジを絞ってジュースにしていた。





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